077 ドキドキワクワク
俺達四人は、ラーに連れられ町を歩く。
日はもうすっかり落ちていて、空では月が輝いている。
「ここは夜でも明るいんだな」
カゲトが呟く。
アドベルンと違って街灯の灯りがちらほらと光り、僅かだが人影もあった。
「そうだね。アドベルンは夜、真っ暗だったからね」
俺の言葉に、ラーさんが答える。
「ここはこの国唯一の町ですからな。国の名を冠するここディテクと、東の端、丘のふもとにあるアドゥア村だけの、小さな国ですゆえ」
確か地図で見たこの国の大きさは、ベルンの三分の一程だったよな。
「夜でも道が明るいのは凄くありがたいですね。アドベルンでは建物内で無いと暗くて、歩けるものではありませんでしたよ」
あちらでは夜に歩く機会なんてほとんど無かった。
だけど今リメアが言った通り、アドベルンで夜歩こうとしたら、ツユのファイア必須だろう。
暗視スキルも持ってないし、真っ暗で歩けたもんじゃない。
俺は辺りをほんのりと照らす街灯を観察する。
街灯の知識なんてゼロに等しいが、少なくとも光源が電球って訳では無さそうだ。
何やら揺らめいているので、火だろうか。
魔法の類いかな?
「あの街灯は、やはり魔法で光っているのですか?」
「ええ。火属性の魔鉱石が組み込まれているのですぞ」
「なるほど」
「定期的に、国で働く魔法職の者が魔力を込めるのです」
定期的に魔力を充電してくれる訳か。
電気じゃ無いから正確には"充電"ではないけど。
木造の建造物は周りには無いし、火移りの心配も無いのだろう。
しばらく歩くと、やがて大きなレンガの建物前に到着した。
「でけぇなぁ……」
カゲトが感嘆の声を漏らす。
「アドベルンの宿なんか、五つしか部屋無かったのに……」
俺も続けて言った。
そもそもアドベルンの宿は、ギルドに併設されていた。
だけどこっちは、宿単体で大きな建物だ。
窓は縦に四つ。
横には五つ並んでいる。
正面には、観音開きの大きなドアが鎮座していた。
ラーさんがドアノブに手を掛け、両手でそのドアを開ける。
「さあようこそ、我が国の宿へ」
開かれた先に見えた景色は……。
「うおおっ! ホテルだ! ホテルだぜ!」
「この世界に来てから、一番豪華なのは間違いないねこれは……」
「おおおっ! 期待して良いよね! 私、これ期待して良いよね!」
「我らがこんな宿、泊まっても良いのか……?」
各々の反応を見て、嬉しそうに頷いたラーさん。
カウンターまで歩くと。
「えぇ、"客人"ですからな」
そう言って、ニコッと笑った。
「では、頼むぞ」
ラーさんの言葉に、カウンターのお姉さんがコクリと頷く。
それを見たラーさんは俺達を一瞥すると、宿を後にした。
「皆様ようこそ、お越しくださいました」
とても愛想の良い言葉が発せられる。
「部屋はご用意しております。鍵はこちらです。何かございましたら、カウンターまでお越しください」
ツユはお姉さんから鍵を受け取った。
「部屋番号は……305だな。三階へ行こう」
ツユの先導で、俺達は階段を登る。
道中の壁にかけられた絵画や、魔法で灯るランプを眺める。
「アドベルンの簡素な感じとは、また違った良さがあるよね」
俺は誰に言うでもなく呟いた。
アドベルンの宿は小さく、床は木材でできていた。
しかしこちらは…………何で出来ているのかは知らないが、少なくとも木では無い。
塗り壁? で正しいだろうか。
「ここって国営なのかな」
「そうなんじゃないかな、審査長のラーさんが紹介したわけだし、何よりギルドの宿より豪華だしね」
リメアがウキウキで答えた。
「ベッドも四人分あるよな、きっと!」
そうだよ、ベッドの事考えてなかった。
カゲトの発言、フラグにならなきゃ良いけど……。
「よし、ここだな」
ツユが305番の部屋のドアノブに手を掛ける。
「ドキドキ」
「ワクワク」
リメアとカゲトが期待を口にするなか、ドアが開かれる。
入った先の景色は──。
「うぉぉぉぉ! ダブルベッドが二つもあるぞ!」
「みてみて! このソファ! ふっかふかだよ!」
広々とした空間が広がっていた。
「ほれ、リメアもカゲトも、騒ぐでないぞ」
ツユがバックパックを地面に下ろし、部屋の奥へ向かって行く。
俺はツユのバックパックの隣に荷物を置き、マントをソファに投げた。
そしてダブルベッドの一つにダイブする。
「うっっっっっあぁぁぁぁぁ! ふかふかぁぁぁぁぁ!」
俺はバウンドして、ベッドに沈み込んだ。
「ミツルまではしゃぐのか」
ツユが呆れたように肩をすくめ、ソファに腰掛けた。
「だって疲れたんだもん。そう言うツユだって、そこで溶けてるじゃないか」
ツユはソファに体を沈めて、大の字で上を向いている。
「はぁぁぁぁ……しょうがないではないか。だって、疲れたんだもん」
ツユの普段聞き慣れない口調に、軽い笑いが起こる。
「ともあれ、なんとか無事に辿り着いたね」
リメアが立ち上がって、言った。
「そうだねぇ……俺もうこのまま寝れるよ……」
「俺もだぜぇ……」
俺とカゲトは、ダブルベッドを一人ずつ占拠した。
「おい野郎ども、我らも寝るのだ、片方は今すぐ退け」
腰に手を置いて咎めるツユ。
「やーだね。ここは俺達が頂くことになったんだ。な! ミツル!」
「そうだそうだ。ここで俺達は気持ちよく英気を養わせて頂くから、貴方がたは床にでも寝ていればよろしくってよ?」
カゲトの発言に乗って、リメアとツユを煽ってやる。
「アンタ達仲良く意見揃えちゃって、私の意見は絶対なんだからね!」
リメアは肩に掛けていた鞄をソファに放り投げたかと思うと……。
「ダーーーイブ!」
「ええっ、ちょっ! リメアぁぁぁ!!」
「うおっ! 危ねぇ!!」
俺とカゲトの間にできた僅かな隙間にダイブしてきた。
間一髪。
俺達はそれぞれ反対方向に体を反らせ、リメア爆弾を回避する。
「うーん! ソファよりふかふかだぁ……」
ボフンっとベッドが波打って、体が上下に揺られた。
当のリメアは、とろけ顔で枕に顔を埋めている。
全く、この女神様は。
俺はリメアを一瞥した後、頭を再び天井に戻す。
すると……。
「ダーーーイブ!!」
今度はツユが、俺とリメアの間に降ってきた。
「ちょっ!?!?!?」
「ツユちゃん爆弾だぁぁ!! あははは!」
再びベッドが波打ち、全員の体がバウンドした。
「ははは、良いな、これは」
さっきまで平静を装っていたツユが、吹っ切れたように笑っている。
「このまま寝れちゃうわねぇ……」
リメアがツユに抱きつく。
「そうだな……」
そのまま二人は、目を閉じてしまった。
「なぁミツル! 俺も抱きついて良いか!?」
すっかり距離が離れてしまったカゲトの声が聞こえてきた。
「なんでだよ気持ち悪い! てか、この距離じゃ無理でしょ!」
「んじゃ、俺がお前の所に行けば良いんだな」
カゲトは立ち上がると、俺の前に移動して……。
「ダァァァァイブゥゥゥゥ!!!」
「待っ! おい! やめっ……」
「リ、リメア起きろ! そっち行ってくれ! 私が避けられない!」
──ギシッ! ギコ……ギコ…………。
おい、今ベッドが軋む音が聞こえたぞ。
割とはっきりと。
「お、おおぉ……危ねぇ……」
流石にカゲトもヒヤヒヤしたらしい。
「下に響くからやめた方が良いかもね……」
「ああ、そうだな……」
四人全員で、仰向けのまま笑う。
そしてそのまま全員、鍵も掛けずに夢の中へと旅立ったのだった。




