069 ツユデレ
「とりあえず皆、無事か?」
ツユが皆に問いかける。
「私は大丈夫だよ」
「俺も」
「大…………丈、夫……ウ゛エッホォッ……!」
俺は言いかけて、咽せた。
「お主は大丈夫じゃ無さそうだな。少しここで休むか」
ツユはそう言うと、地面に腰掛ける。
それに従って、皆地面に座った。
どうやら俺の呼吸が安定するまで待っていてくれるらしい。
「で、お主ら、何があったのだ。あんなもの連れてきて」
「いやさ、俺も良く分かんねぇんだよ。後ろからあの犬どもに追いかけられてるカゲトが猛スピードで来たもんで」
カゲトの言葉に、皆の視線が俺に向けられる。
俺は深呼吸をすると。
「皆のこと追いかけてたら、急に後ろから追ってきて……。ごめん。俺の不注意だった」
冒険者として、常に周囲の警戒を怠ってはならない。
ツユから教わった冒険者の常識だ。
自分の失態を謝罪をする。
「いや、私達も競走などと、少し気が緩んでいたかもな」
ツユがそう言った時、背後からブクブクと水の音が聞こえてくる。
「ミツル! 後ろ!」
リメアが叫んだ。
俺は咄嗟の事に反応できず、両手を体の後ろにつけて"それ"を見上げた。
それは水面から上半身を出し、こちらの様子を伺っている。
大蛇……いや、竜というべきか。
そいつは動かずに、じっと俺の事を見つめている。
しばらく睨み合ったあと、ツユが一言呟いた。
「大丈夫、か…………」
ツユがワンドを収めるのを見て、リメアとカゲトも同じように武器を収める。
「あの蛇みてぇな奴、なんなんだ?」
「レイクサーペントだ。大丈夫、奴らは知能が高いし、特に理由が無ければ襲ってくることはない」
俺はそれを聞いて、恐る恐る立ち上がる。
レイクサーペントは、俺から目を離さない。
俺を目で追っている。
目ぇ……合わせない方が良いのかな……?
猫とか、見つめたら威嚇って捉えられちゃうとかいうし……。
でも、ここで目を逸らした瞬間に襲われたりとか、無いよな?
俺は少しずつ距離をとる。
レイクサーペントは、俺にお辞儀のような仕草を見せた。
すると、みるみる内に疲れが取れ、息切れも治ってゆく。
「これは……」
俺は声を漏らした。
「レイクサーペントの魔法だ……。疲れを取り、癒しを与える魔法」
ツユが、ゆっくりと告げる。
「君の魔法、なの?」
俺はレイクサーペントに尋ねた。
「フンスッ……クルルル」
レイクサーペントは、返事をするかのように鼻を鳴らした。
俺はゆっくりと近づいて、レイクサーペントに触れた。
冷たくて、気持ちいい。
「何あの子! めっちゃ可愛いんですけど! ねぇツユちゃん、私も触ってみたい!」
背後でリメアがはしゃいでいるのが聞こえる。
「良いのでは無いか? ゆっくりと近づいて、レイクサーペントに是非を問うてからだぞ」
「わーい! やったー!」
リメアが俺の元にやってくる。
「なぁなぁ! 俺も!」
続けてカゲトも来た。
「よーしよしよしよしょしょ。良い子だねぇぇぇぇぇぇ」
「くぁぁぁぁ癒されるぅぅぅぅ!!」
リメアとカゲトにわしゃわしゃと撫でられているが、満更でも無さそうだ。
「クルルルル」
喉を鳴らして顔を二人に寄せている。
「しかし、温厚とはいえレイクサーペントの方からこちらに来るとはな……。道行く冒険者が餌付けでもしているのだろうか」
ツユが顎に手を当てて呟いている。
「フンスッ! クルクル」
そんなツユに、レイクサーペントは顔を上げて水魔法を放った。
水鉄砲のようにツユの頭部めがけて飛んでいき、びしょびしょになる。
「ブフッ! …………やったなぁ? このぉ!」
ツユもお返しに、水魔法を嬉々としてぶっかけた。
「なんだぁ? 悪い子めぇ!」
レイクサーペントの元に駆けてゆき、頭をわしゃわしゃと撫でている。
…………デレッデレだな。
あんなツユ、見たことないぞ。
「ツユお前……そーいう顔するんだな」
カゲトがツユを見て、ニヤニヤしながら言う。
「ツユちゃんもわしゃわしゃしたくなってきた」
リメアがカゲトに便乗して、ニヤニヤしながら続けた。
「う、うるさい。私は別に……」
ツユは慌ててレイクサーペントから手を離す。
「クゥ〜ン……」
「あぁ! 違う、違うぞ! その、だな。別に嫌いだとかそう言うわけでは……!」
ツユさんったら慌てちゃって。
「ツユさんも、可愛いところあるじゃないですか」
俺もニッコニコで言ってやると。
「お、お主ら、覚えておけよ……!」
真っ赤なお顔のツユさんに、すごい形相で睨まれる。
「クルルル! クルルル!」
レイクサーペントだけが、無邪気に鼻を鳴らしていた。
***
それから俺達は、川に沿って丘を下っていた。
…………レイクサーペントと一緒に。
「ガルルル……クルルル……」
「レイさーん、良い子ですねぇ」
「レイさん?」
「うん、名前。レイクサーペントってフルじゃあ呼びにくいでしょ?」
まぁ、確かに。
「ツユは良いのか? レイクサーペントと一緒に居なくて」
「良い! しつこいぞカゲト!」
前を行くツユとカゲトの会話が聞こえてくる。
「ツユちゃんったら、遠慮しなくて良いのに。ねぇ、レイさん」
「クルルル……」
リメアの奴、すっかり仲良くなってやがる。
「夕焼けだねぇ」
俺は空を見上げながら呟いた。
オレンジに染まった空は、俺達の旅路を鮮やかに染めている。
「綺麗だねぇ」
「クゥ〜ン」
リメアとレイさんが、穏やかに返事をした。
それから三十分ほど。
辺りが薄暗くなり始める。
「小屋が見えて来たぞ!」
ツユが後ろを向いて言った。
「おっ! 遂に屋根のある寝床!」
「これで今日はぐっすり寝れるね!」
俺とリメアはお互いに微笑む。
見えて来た小屋は、コテージのように小綺麗な木造建築だった。
隣には小さな池があり、周囲に結界のようなものが張られている。
半径が小屋から川岸までの、円形で薄い結界である。
池の水は、道を横切って川から引かれていた。
その水路と道には、小さな橋が掛かっている。
「クルクル……フンスッ」
結界の前まで来ると、レイさんが鼻を鳴らした。
どうやら結界内部には入ってくることが出来ないようだ。
リメアは、そんなレイさんの顔をわしゃわしゃと撫でる。
「ここまでありがとね、レイさん」
「クルクル」
レイさんは嬉しそうに喉を鳴らすと、水魔法をツユにふっかける。
「フガッ! …………」
頭から水を被ったツユを見て、レイさんはキャッキャキャッキャと喜んでいる。
「こらぁ! 許さんぞぉ」
ツユが優しくレイさんを叱りつけた。
しかしレイさんは動揺する様子もなく、やはりキャッキャキャッキャと喜んでいる。
「お前、やっぱりレイさんにデレデレじゃねぇか」
「そ、そんなことはない!」
カゲトに言われ、ツユはそっぽを向いてしまった。
「ほら、小屋に入るぞ」
ドアに向かってズンズンと進む。
全く、ツユはいつも変なところで頑固だよなぁ。
リメアとカゲトも同じように思ったようで、俺達は顔を合わせて肩をすくめる。
「フゥ! フゥ!」
レイさんがもう一度俺達を呼んだ。
するとバシャバシャと川に潜り、飛び出す。
大きな水飛沫と共に、魚が四匹打ち上げられた。
俺は打ち上げられた魚を見る。
「これって……もしかして、バフフィッシュ?」
食堂で食べたムニエルを思い出した。
レイさんは首を傾げる。
どうやら何の魚かまではわからないらしい。
「ありがとぉぉレイさぁん! よぉしよし」
「クルクル」
リメアがまたまた頭を撫でた。
最後にレイさんはフンスッと鼻息を吐くと、潜って再び上流の湖へと戻っていった。
「あぁ…………」
ツユがレイさんが行った方向に手を伸ばして声を漏らす。
……別れが寂しいのかな? そうかそうか、よし、ちょっと揶揄ってやろう。
「ツユさん? もしかして、レイさんとのお別れが寂しくって?」
「ち、違っ!」
おぉ、ツユが珍しく慌ててるぞ?
「違うのか?」
カゲトが俺に便乗して、ニヤニヤしながら揶揄い出す。
「いやっ、その、違うというか……」
ここまで焦ってるツユ、本当に珍しいな。
「ツユちゃんは〜ツンデレぇ〜」
リメアが急に変な歌を歌い出した。
「ツンツンツンデレぇ〜ツユデレぇ〜」
「やめろ! なんだか知らんがその歌をやめろ!」
ツユがリメアを止めにかかるが、それをひらりと躱して歌い続ける。
「ちょこまかとっ!」
「ツンデレツユちゃぁ〜ん」
小屋の前で、イチャつくリメアとツユを見て、俺はカゲトと顔を見合わせ、笑うのであった。




