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006 右手の指先がテカテカしてますよ

 お父さんって、つまりどういうことだってばよ。

 その名のとおり、お父さん? 女神様の、お父さん? え、もしかしてめっちゃ偉い人?

 俺が突然のことに混乱していると、声の主はやがて暗闇から姿を現した。

 長身で、白い髭を蓄えていて、そしてムキムキである。

 なんと表現したら良いか……イケおじって感じだ。

 ムキムキのイケおじ……ムキおじである。


「やはりミツル君か。天界まで自力で来られるほどの魔法持久力を持ち合わせているのは、君が初めてだからね」


 ムキおじは俺を見つめると、そう言って笑った。


「リメア様、この方は一体……」


 俺は混乱してリメア様にそう問いかける。

 さっきお父さんって言ったよな、絶対。

 でも神様に親子関係とかあるのか……?


「これは私の父、水を司る神オケノスです」

「おいリメア、これ呼ばわりとか酷くないか?」


 やはり親子のようだ。


「えっと、初めまして、鈴木光と申します。えっと、リメア様のお父様ですね、ええ、それで、えっと、どのようなご用件でしょうか……?」


 なにを言っているんだ俺は。

 テンパって『えっと』を連発してしまった。

 てか俺に用があるとは限らないのに『どのようなご用件でしょうか』ってなんだよ!


「ハッハッ、そんなにテンパらなくても取って食べたりしないよ」


 気を使わせてしまった。

 というか結構ラフに話す方なんだなぁ。

 こちらとしても話しやすそうでありがたい。


「それでリメア、ミツル君。君達に話があると言ったよな?」


 そういえばそうだった。


「だがその前に……」


 オケノス…そう呼ばれた神様は、リメア様の足元に置いてあるポテトチップスとSwitoh2、コーラのボトルを指さして告げた。


「リメア、しまって来なさい」


 リメア様は何を言ってるんだこいつとでも言わんばかりに、オケノス様を怪訝な顔で一瞥した。

 そしてオケノス様の指の指す先に視線を落として……!


「……!!」


 どうやらこの女神は、自分がついさっきまでダラダラしていたことを忘れていたらしい。

 オケノス様のその言葉に顔を真っ赤にしながら、俺にステータスカードを返し、ポテチの袋とSwitoh2とコーラのボトルを抱えて、奥の暗闇へそそくさと行ってしまった。

 俺はなんと反応すれば良いのか分からず、オケノス様の方へ顔を向ける。

 オケノス様は俺を見ると、困ったように笑った。

 ……神様って威厳がある感じだと思ってたけど、想像以上に人間味があるな。

 少しして、リメア様が何事も無かったかのように戻って来た。


「それでお父さん、話っていうのは?」


 リメア様はおそらくさっきのダラダラしてた件については触れて欲しく無いのだろう。

 額にいくらか汗を浮かべている。

 だが、いくら相手が神様であろうと……いや、神様だからこそ、気付いたことは言わねばならない!


「リメア様、右手の指先がテカテカしてますよ」

「………!!!」


 リメア様は自分の右手の指先が油ギットギトな事に気づき、再び顔を真っ赤にして暗闇へと消えて行った。

 なんか面白いな。

 赤くなったり戻ったり、まるで信号機だ。

 ……しばらくして、手の湿ったリメア様が帰って来た。

 というか、さっきから暗闇を行ったり来たりしてるけど、あの向こう側には何があるのだろうか。


「それでお父さん、話っていうのは?」


 さっきも聞いたセリフを口にするリメア様。

 オケノス様はそれを見て失笑している。

 俺もリメア様のことをジーっと見ていると。


「……分かった、分かりました! ごめんなさい! さっきは仕事中にダラダラしててごめんなさい!」


 再び真っ赤になったリメア様が、ヤケクソになって謝ってきた。

 うん、この女神様、面白い神様だな。



 ***



「……それで、お父さん、話っていうのは?」


 本日三度目のセリフである。

 オケノス様は、軽い咳払いをして話し始めた。


「ではリメア、ミツル君、心して聞いてくれ」


 さっきとは打って変わって真剣な面持ちになったオケノス様。

 ただならぬ雰囲気に、一滴の汗が頬を伝う。


「ミツル君。君の死は、本来は起こり得ない事象によって引き起こされたものみたいなんだ」

「「………え?」」


 何を言ってるんだこの方は。

 と、思ったのはリメア様も同じなようだ。

 真剣な顔のまま首を傾げている。

 てか、待てよ。

『君の死は、本来は起こり得ない事象によって引き起こされた』…?

 つまり、どういうことだ?

 本来起こり得ない現象。

 本来あり得ないこと。

 あり得ない死に方?

 俺が死んでるのがおかしいってこと?

 ダメだ、理解が追いつかない。


「つまり、どういうこと?」


 俺が訊くよりも先に、リメア様がツッコむ。


「もっと分かりやすく」

「ミツル君が死んだ理由……。あの現象が起こらなければ、ミツル君は死ななかったはずなんだ。そしてその現象は、地球じゃ起こり得ないはずなのだが……」


 え、俺トラックに跳ねられたんだぞ。

 死因としては珍しく無いのでは。


「お父さん、まわりくどい。早く教えて」


 リメア様が、今まで俺には見せなかったような膨れた頬をオケノス様に向けている。

 なんだこの女神様は。

 小動物か。かわいい。


「うむ……言うよりも見てもらう方が早いな」


 オケノス様はそう言って、ポケットから丸い鉄で出来た機械を取り出す。


「これはな、今まで亡くなってしまった人達の、亡くなる瞬間のデータが保存されている機械だ」


 えっ、何それ。

 怖っ。

 いやさ、ここって言ってしまえば死後の世界だから、そういうのがあってもおかしくは無いけども。


「映像として、はっきりと保存されている」


 オケノス様、追い討ち掛けないでくれ。

 物騒だぞ、怖いぞその機械。


「リメアは……まぁ大丈夫だろうが、今から君がトラックに吹っ飛ばされる瞬間の映像を流そうと思う。先に聞いておくが、グロいと思うぞ。大丈夫かい?」


 オケノス様は俺の方を見て問うてきた。


「グロい……ですか」


 グロいのは結構苦手だけど、正直自分の目で見る必要があると思う。


「大丈夫……かは分からないけれど、見ます。自分がどうやって死んだのか向き合って、次に繋げられればと」

「ミツル君は立派だねぇ。どうだい? 君も神にならないか?」


 おいおい急だな。


「なります」

「なれません!」


 俺が即答すると、リメア様に全力で否定された。


「お父さん! 冗談キツいよ! 人間が神になるなんて、よっぽど大層なことしたか、死ぬほど辛い修行しないとじゃん!」


 説明口調助かる。

 なんだ、神になるのってそんなに大変なのか。


「リメア、鋭いツッコミありがとう」


 オケノス様はハハと笑うと、再び表情を引き締めた。


「じゃあ、気を取り直して、再生するよ」


 俺とリメア様は頷く。

 それを見たオケノス様は、頷き、鉄の玉を持っていた手を離した。

 すると鉄の機械は空中に浮かび、水滴を一滴垂らす。

 水滴は床に落ちると、やがて円形に広がり。

 やがて、俺の下校中の姿が映し出された。


「良いか、この後だ。トラックと激突する瞬間をよーく見てみろ」


 映像は俺の死へと少しずつ進んでゆく。

 交差点にもうすぐ差し掛かりそうだ。

 するとトラックは、あろうことか交差点手前で急加速をし始めた。


「このトラックの車内を見てほしい」


 オケノス様がそう言うと同時、映像が車内にズームする。

 中には居眠り運転をするおじさん……ではなく、焦ってハンドルを左に切るおじさんの姿がうつっていた。


「この人、居眠りをしているわけじゃない……」


 リメア様が声を上げる。


「そう、この男、アクセルペダルから足を離しているんだ」


 やがてトラックは、俺を吹っ飛ばし急停車した。


「今度はこれを見てほしい」


 オケノス様は再び鉄の玉の機械をカチャカチャと動かす。

 するとまた同じ映像が、今度は白黒で投影された。


「これは魔力計を使って見たさっきと同じ映像だ。魔力を感知していない場合はものの輪郭は白黒で表される。だから本来地球の映像なら常に白黒で投影されるはずだ。だが……」


 今度は白黒の俺とトラックが映し出される。するとトラックが信号無視をするあたりで淡く紫色に変色し。

 事故の瞬間。

 映像が衝突した場所を中心に、強い紫色に映ったのだ。

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