012 うわ、なんか始まった
ツユはダンジョン入口の前で足を止めると、両手を入口に向ける。
両手からは魔力の波動が放たれ、遺跡内部へと広がっていった。
「今のは?」
「空間把握というスキルだ。周囲の壁や魔物の位置を、ある程度把握できる」
おぉ、それは凄い! 流石魔法。
超万能である。
次にツユは、背負っていたバックパックから、ランタン型の懐中電灯を取り出す。
……って、懐中電灯!? この世界にも存在するのか!?
「それって」
「ん? 懐中電灯だが?」
うん、それは知っているのだけれども。
「いや、そうなんだけどさ……」
そうだけどそうじゃない。
そんな科学技術が必要そうなものがバッグパックから出てきた事に驚いているんだぞ。
この世界の技術力は、地球と大きく異なっている。
一般的にイメージするファンタジー世界の例に漏れず、この世界で自動車や飛行機、バイクは今のところ見たことが無い。
しかし反対に、魔法という存在のおかげで、地球では見たことの無いような高度な技術もある。
例えばステータスカード。
自分の能力を数値化してくれるアレだ。
地球より発達しているものと、未発達のもの。
あべこべと言うか何と言うか、違う歴史を辿っているから、当たり前っちゃ当たり前なんだけどさ。
どうもしっくりこないというか、こんな感じの違和感を感じるとき、自分が異世界にいることを再確認させられたりする。
「これはな、私が通っていた学校の初代校長が発明したものなのだよ」
うーん、めっちゃドヤ顔。
「へーそうなんだ」
とりあえず相槌を打っておく。
「えーっとツユちゃん、なんでドヤってるの?」
リメアはツユに、そんな疑問を問うた。
「まさか、知らんのか? ルキノフェンディを」
るきのふぇんでぃ……さん?
日本語でもこの世界の言葉でも無いようなイントネーションの名前である。
知りまへんでそのような方は。
何せ俺、この世界に降り立って一週間しか経ってないんだもの。
まぁ説明が面倒だから、そんなことツユには言わないけど。
「二人して頭にハテナを浮かべよって。……まぁ良い。ではこれから、我が母校の初代校長、ルキノ・フェンディの功績を語ってやろう」
え、なんかツユが急に得意げなんだが。
これもしかして、話長くなる系のやつ?
「えっと、別にあんまり興味は──」
「今から約九十年ほど前の話だ」
うわ、なんか始まった。
絶対長くなるやつだぁ。
俺達は他の冒険者の邪魔にならないように、端に移動する。
「町に、顔中煤だらけの青年がやってくる」
今から九十年くらい前。
この世界が地球と同じ時間の進み方ならば、戦時だろうか。
「その青年は町に辿り着くと、倒れてしまう。そして警備隊に保護されたんだ」
ここでリメアが耳打ちをしてきた。
「天界の規定だと、転生させる時に最低限度の命の保障ができる状態で送らなければならないの。違う世界の人間を町の外に送るなんて、もってのほかだよ」
ってことはそのフェンディって人は、この世界に来る時、天界を経由してないって事……?
「じゃあもしかして、リメアが前に言ってた……」
「うん、神隠し。転移してきた人だと思う」
ツユは続ける。
「保護された男は目を覚ますと、聞き覚えの無い言語で話し始めたそうだ」
聞き覚えの無い言語。
これは転移者で間違いなさそうだ。
「どうにか意思疎通を図ろうと、紙とペンをその青年に渡したそうだ。すると青年は、存在しない文字を書いたのち、こう名乗ったという」
ツユが自分の胸に手を当てる仕草をする。
「ルキノ・フェンディ、と……」
ルキノ・フェンディ。
国に詳しい訳じゃないからわからないけれど、発音的にはフランス語とかイタリア語っぽい。
とにかく、この世界の言語……少なくとも、アドベルン周辺の言語ではないな。
「別の世界に転生させる時には、転移の神聖術に必ず言語習得の神聖術を重ねがけするって言ったの、覚えてる?」
「うん」
神聖術に神聖術を重ねがけする。
そういえばそんな話、してたな。
「だから、言葉が通じないってのもおかしい」
「じゃあやっぱり、神隠し?」
「確定だね」
ツユは俺達のヒソヒソ話すのを気にも留めず、続ける。
「彼は言葉こそ通じなかったものの、様々な発明をする。その一つがこの懐中電灯という訳だ」
そう言いながら、二つの小さな金属板を取り出し、懐中電灯に挿入する。
「それは?」
「この二つの金属を填めると使えるんだ」
中三の時、授業でやった気がするようなしないような……。
ボルタ電池だかダニエル電池だか。
発明した人ってどこの国の人だっけ?
あー……ダメだ、思い出せん。
「よし、点いた。お主ら、これは一つしか無いから、二人で使ってくれ」
そう言って俺の方に懐中電灯を投げる。
っと、危ない。
落とすところだった。
受け取った懐中電灯はリメアに握ってもらった。
「ありがとう。でもツユちゃんは無くて大丈夫なの?」
確かに。
リメアの疑問に俺も賛同だ。
「あぁ、私は暗視のスキルを持っているからな。本来それは魔力切れを起こした時のための予備だ」
暗視ってつまり、暗闇でも目が見えるってことだよな。
すげぇ。
「まぁ、フェンディ冒険者養成学校ダンジョン攻略科を二位の成績で卒業した私はそんなヘマしないがな!」
わざわざ強調しなくても、凄いのは分かった。
この際、首席じゃないんだねとか野暮な事は決して言わない。
だって、仮に俺がその学校に通っていたとしても、学年二位とか絶対無理だし。
兎にも角にも新米冒険者の身としては、頼りになりそうで助かる。
いや、新米冒険者っていうか、そもそも冒険者続けるつもりなんて無いけど。
「というかだな、ダンジョンに潜るのならば灯りは最低一つ持っておくのが常識だぞ」
「「す、すいません……」」
そりゃそうだよね。
何も考えずにここまで来ちゃったんだもん。
主に俺の隣で軽く頭を下げてる女神が。
というか俺達、灯りどころか武器すら持ってない。
…………そうじゃん! 武器持ってないじゃん!
やっべぇ今更気づいてどーすんだ俺!?
「では諸君。魔物を討伐した時、奴らが何を落としてくれるかわからない。だからなるべく深くまで潜りたい。そういうものも売れば利益になるからな。まぁクエストのついでだ。二人とも、前衛は任せたぞ」
えっえっ、もう行っちゃうの?
「おーー!!」
リメアもウキウキで返事してる。
「お、おー……」
こうして俺は、流されるがままにダンジョンへと足を踏み入れてしまったのだった。




