119 皇帝②
帝都 グロウディアス 宮殿内部
「陛下。ご報告に御座います」
皇帝の間、その中央に聳える玉座の前に跪くは、帝国の大宰相カンザ。
「面をあげよ」
皇帝の言葉に、カンザは立ち上がる。
右手には資料が抱えられていた。
「何があった」
皇帝は玉座に構え、悠然と口を開く。
「帝国東方、ディテク公国の宰相ローイルからの報告に御座います。彼の者に与えられていた任務。不手際により、失態を犯した、と」
任務。宰相ローイルに課した任務は、ディテク公爵の監視、並びに情報の統制だ。
「こちらがその詳細になります」
資料は、ローイルから送られてきた報告書や、今までの成果。自身の失態とそれに対する謝罪、そして──。
「転移事件……」
「はい。一月ほど前から報告が為されている、ディテク公国内、ディテクの街に置いて発生した事件です」
大宰相カンザは、皇帝に詳細を説明した。
この件に関しては、皇帝の耳にも入っていた。
その上で、解決は公国側に任せていた。
カネに関して何も知らない貴族を遠ざける事は、建国理由の一つだ。
だが、表向きに公表している国防の為の分割も、嘘ではない。
戦闘に関して、かなり優秀な人材が揃っていた筈だ。
「……解決には、至っていないのだな」
「はい。残念ながら、そのように……」
やはり、公王という重要な役職に馬鹿を配置したのは間違いだったか。
皇帝は、少しの後悔と今後についての思案をする。
「陛下。ローイルの報告書に、ディテク公爵が謁見を望んでいる、と記載されております」
謁見。
皇帝は、報告書を見る。
ディテク公爵……公王は、転移事件に関しての事でこの謁見を望んでいるようだ。
公国騎士団団長の裏切り……か。
監視部隊の消息の不明など、公国はかなりの損害を被っているようだ。
援軍の要請、だろうか。
「謁見に関しては許可を出す」
「はい。手配しておきます」
返答の後、カンザはさらに資料を取り出す。
「さらに二つ、ご報告が御座います。すみません、先に全て渡しておくべきでした。お詫び申し上げます」
「いや、いい」
皇帝は、さらに二つの束となった資料を受け取る。
「一つは、サウシーリア公国内にある、ブロンティナ伯爵領、ブロンティナ伯爵からの謁見の申し出です」
皇帝はまたか、と思った。
「うむ……して、内容は?」
「それが……無礼な事に、詳細が書かれておらず……」
カンザの表情から、僅かな怒りが見て取れる。
「そうか。こちらは保留としておこう」
皇帝は、先にもう一つの報告を片付けようと考えた。
「最後の報告はなんだ」
「はい。我が帝国北西の連合王国で、何やら技術革新が起きているそうで……」
連合王国。
帝国北西、三つの島と、そのそれぞれに位置する三つの王国からなる、連合国である。
「ほう。革新、か」
「製品の生産能力の向上、そしてそれに伴う急速な軍備の拡大。それらがもたらす我が国への影響を懸念する声が、元老院議会にて挙がりました」
軍備の拡大は、確かに気になる。
しかし、隣国とは言え小さな三つの島々にある小国家が、我々の脅威になり得るだろうか。
……いや、何事にも『万が一』は伴う。
楽観視はできない。
皇帝はそう、考える。
「連合王国に対する国防の件につきまして、北のノーゼス公王からも謁見の申し出がございます」
「ディテク、サウシーリアのブロンティナ、そしてノーゼス、か」
一度に三人の貴族からの謁見の申し出。
こんな事は、滅多に無い。
そしてディテク、ノーゼスはいいとして、ブロンティナ伯爵はどうしたものか……。
皇帝はしばらく思考したのち。
「……よし」
一つの決断を下す。
「ノーゼス、そしてブロンティナの謁見も許可しよう。ただし、ディテクの謁見も含め一度に、だ」
三者が一度に集まり、同時に謁見を行えば、一者が謀反を起こしたとしても、残りの二者で対応ができる。
帝国直属の騎士団も優秀なものばかり。特に、皇帝の盾となる近衛兵は信用にたる人材のみで構成されている。
これなら、仮に反乱を起こしたりしようとも、対応がきく。
「謁見の手配だ。近衛兵は全員を配備。公王や伯爵とて、信用してはならん」
「承知致しました。それでは」
大宰相カンザは、一礼ののち皇帝の間を後にする。
***
宮殿内部 廊下
皇帝の息子、帝位継承権第一位であるホーティスは、現在の帝国政治に不信感を募らせていた。
そんな時、大宰相カンザと鉢合わせる。
「おや、皇子。こんにちは。私は急ぎの用事が御座いますのでこれで……」
「待て、カンザ!」
ホーティスは、カンザを呼び止めた。
「……なんで御座いましょうか」
「父上……皇帝陛下は、何をなさろうとお考えか」
「謁見ですよ、それが何か」
カンザの突き放すような冷たい発言に、ホーティスは若干の怒りを覚える。
「私にも、その詳細を……」
「なりません」
第一皇子ホーティスの要求に、大宰相カンザは断固として拒否する。
「何度も申し上げますが、貴方様はまだ政治に介入する権利はない。何をお気になさっているのかは存じ上げませんが、皇帝陛下のご判断に迷いは無いのですよ」
ホーティスは、カンザに更なる不信感を募らせる。
しかし、第一皇子という立場を持ってしても、大宰相には、届かない。
「では、私はこれで」
カンザはホーティスに背を向け、歩き出す。
このままではいけない。そう思っていながらも、皇子に何かをなす術は無かった。




