117 探偵と助手④
「ぐー……すぴー……」
アイラ様が机に突っ伏して、静かに寝息を立てる。
「アイラさん。寝るならベッドで寝ましょう?」
「んんっ……まだ、調べるぅ……すぅ……」
調べるといいつつ、もう一度眠りにつく主。
「全く。ほら、持ち上げますよ」
「ん」
私はそんなアイラ様を抱き抱える寝室まで連れて行った。
「んん……ありがと……おやすみ……」
「はい、おやすみなさい」
私はゆっくりと扉を閉める。
そして軽く、体を伸ばした。
「ふぅ……さて」
先程までほぼアイラ様と二人で作業をしていた机へと向かう。
次に転移事件が起こるであろう場所を特定しようとしていた。
「アイラ様は頑張り屋、ですからね」
アイラ様がまとめていた資料に目を通し、そう呟きが漏れた。
──先程拾った、手記。
そこに書かれていた言葉。
『不当な搾取に苦しむ民は、この手で必ず救い出す』
これは、合言葉だ。
グロードアの帝政は、揺らいでいる。
「アイラ様……すみません。少しの間、留守にします」
オーヴィムは一言告げると、事務所を出た。
***
サウシーリア公国 ブロンティナ伯爵領
ディテク公国から南。
サウシーリア公国の最北端に位置する、ブロンティナ伯爵の領地に建てられた伯爵邸の内部。
「オーヴィムか。良くぞ戻って来た」
美しい金色の髪に碧眼を有した、美男が姿を現す。
「遅くなって申し訳ありません。ブロンティナ様」
オーヴィムは、穏やかな口調で応答した。
「なぁに、問題は無いさ。どうだ? 娘の調子は」
ルイス=グロードア=ブロンティナ伯爵。
三十五歳という異例の若さで伯爵になった、とても聡明な人物である。
「元気ですよ、とても。アイラ様はお父上に似て聡明な方ですから、探偵の仕事もきっちりとこなしていらっしゃいます」
ブロンティナ伯爵は元々、貧民街出身の孤児だった。
しかし、戦いへの才能とその容姿を買われ、兵として帝国軍に加わった。
そこで争い事に対する類稀なる才能を開花させ、爵位を賜るに至った。
そんなお方だった。
「そうか、アイラは上手くやっているのか……。良かった、良かった」
ブロンティナ伯爵は、顎を撫でながらうんうんと頷く。
「それで、今日は何の報告かな? オーヴィム」
促されたオーヴィムは、懐から一冊の手記を取り出す。
「これを見て頂きたいのです」
ブロンティナはその手記を受け取ると、ページを開く。
「これは……」
そして、真っ先に目に飛び込んできた言葉に、目を見開いた。
「閣下、"同志"は行動を始めたようです」
「そうか……」
ブロンティナ伯爵は、一人の男を思い出す。
第一皇子ホーティスの教育係だった男。
「ストライトの名の下に……」
ブロンティナ伯爵は、手記を閉じると拳を握った。
「オーヴィム、私は明日、私兵を率いてグロウディアスに向かう。名目上は"皇帝への謁見"だ」
伯爵はオーヴィムの肩に優しく手を置く。
「オーヴィム。その間、娘の……アイラの事を頼む」
サウシーリア公国の第一王子と、アイラの政略結婚。
自身が持ち掛けた縁談ではあるものの、伯爵とて娘を縛り付け、無理に結婚を強いる事は本意では無かった。
罪悪感故の言葉でも、あったのかもしれない。
「はい。もちろんでございます。このオーヴィム、命に換えてもアイラ様をお守りすると約束致します」
オーヴィムはそう応えると、深くお辞儀をする。
「頼もしいな……よろしく、頼んだぞ」
伯爵はオーヴィムの肩に手を置き、握った。
「私は、幾つも罪を犯してしまった」
娘への縁談の強制や、スパイ行為。
自分のした行いを、伯爵は顧みる。
「成功すれば、すべて報われる。そうすれば、アイラとも、また……」
ブロンティナ伯爵……アイラの父、ルイスとしての独り言。
オーヴィムは静かに、伯爵邸を後にした──。




