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116 公王の苦悩④

「──報告は、以上になります」


 宰相ローイルが、震える声でそう告げた。

 公王の執務室は、僅かの間静寂に包まれる。

 公王ライファルは、自身の机に置かれた資料を、パラパラとめくった。

 コップを手に取り一口、ゴクリと飲み込む。


 ──コトッ。


 コップを机に置いた音だけが、部屋に響いた。


「……ハクワイトの行方は?」


 ディテク公国騎士団団長、シルル・ハクワイト。

 公王ライファルは、宰相ローイルと並び彼女にも多大なる信頼を置いていた。


「……不明です」


 ローイルが、静かに告げた。


 ──ゴンッ!


 公王ライファルは、勢いよく机を叩きつける。

 困惑や怒り、その他様々な感情が入り混じっていた。

 叩きつけたのが拳ではなく、平手であっただけ理性を保てていたといえよう。

 それほどまでに、公王ライファルは取り乱していた。


「わからん……! 何が……何が起こっていると言うのか!」


 三度目の転移、監視部隊と騎士団長の失踪。

 残存魔力も一切検知されず、目撃者は極少数……。

 三度目だというのに、明確な証拠は何一つ見つかっていない。

 そして、ハクワイトと戦闘したというのは、果たして本当なのだろうか。

 監視部隊も行方不明である今、それを確かめる方法は無い。


 ──ドンドンドン!


 突然、ドアが強くノックされる。


「失礼します!!」


 返事を待たずに部屋に飛び込んできたのは、ディテク公国騎士団副団長、グレイだった。


「返事を待たずに入室するとは……!! 貴様、公王殿下の御前であると──」

「緊急の連絡であります! 無礼を承知の上、副騎士団長グレイ、参上いたしました!!」


 副騎士団長グレイは勢いよく膝をつくと、口早に話し出す。


「ゾンビ化していた遺体の調査、結果が出ました!! 九名全員が、この街で失踪した貴族だと判明しました!!」

「なんだと!!」


 公王ライファルは立ち上がる。

 しかし宰相ローイルは、あくまで冷静であった。


「それだけか、グレイ。確かに身元がわかったのは大きな進歩だ。だが、それがわかったとてすぐに動く事ができるのか? 犯人の居場所がわかるのか?」


 ローイルの言葉に、グレイは手に持つ薄い資料を乱雑にめくる。


「帝国憲法並びに公国憲法に則り、家主の死去が確認されたため家宅の所有権が国に移ります。我々は九名の貴族の屋敷を、家宅捜索いたしました!」


 それを聞いたローイルは、顔を顰める。


「独断での指揮を行ったのか? 私や公王殿下へその報告がなされていないというのは一体どういう事だ!」


 それに対し副団長グレイは、異議を唱える。


「恐れながら、団長不在の今、騎士団の全権は副団長である私にあります」

「私は公有地となった貴族邸宅への不法侵入を──」

「やめないかローイル。それに関しては後だ。グレイ、続けてくれ」


 公王ライファルは、グレイに続きを促す。

 とにかく今は、手掛かりが欲しかった。

 それが最優先だと踏んでいた。


「ありがとうございます! では──」


 副団長グレイは、調査の結果を話し始める。

 宰相ローイルの額には、一筋の汗が伝う。


「九名全ての屋敷から、経路不明の金銭が出てきました。公王殿下! 貴族内での賄賂などの疑いがあるかと思われます!」


 勢いよく言い放つグレイに、ローイルは僅かな焦りを覚える。


「……それが、転移事件と何の関係があると言うのだ。まさかそれだけの報告の為に、わざわざこの執務室に飛び込んで来たとは言わぬだろうな」

「うっ、そ、それは……」


 グレイは、反論できなかった。


「殿下。たかがそれだけの理由で裏金などとは余りにも早計です。それに、今最優先すべきは転移事件。どうか、賢明なご判断を」

「うむ……」


 一連の流れを見ていた公王は、思考する。

 この件は、転移事件との関連性は無いだろう。

 おそらくは偶然。しかし、だからといって見過ごすわけにはいかない。


「騎士団副団長、グレイよ」

「は、はい!」


 突然の指名に、少し体をビクつかせながらも返答をするグレイ。


「報告ありがとう。確かに転移事件との関係は不明だ。だが、こちらも新たな問題と言えよう。どちらもこの国にとって重大だ」


 公王ライファルは静かに続ける。


「私は新たな問題の解決に向けて、少し貴族への探りを入れてみるとしようか。ローイル、転移事件については、引き続き委任する」


 ──事が大きくなってしまった以上、これらはグロードア皇帝陛下にもご報告せねばならない。


「私は陛下への謁見に向かおうと思う。ローイル、グレイ、何かわかったら、すぐに連絡してくれ」

「……承知致しました、殿下」

「はい! わかりました!」


 ローイルは深々と頭を下げる。

 皇帝陛下からのめいである、ディテク公爵の監視。

 勘付かれてしまった以上、ローイルは失敗した事になる。

 床を見つめる顔は、苦虫を噛み潰したように歪んでいた。

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