108 パニック
シルルは困惑していた。
自身を背後から付き纏う気配。
昨日は例の冒険者パーティーと、彼らを"客人"として追う公国の監視部隊の二つ。
しかし今日は数が多い。監視の人員を増員する事は聞いていたが、どう考えても異常だ。
監視員一人が部隊と称して三人に増えた。
そして客人冒険者パーティーの構成は四人。
これで計七人。だが背後に感じる気配は。
──五人、多い。
神聖力を扱えるシルルは、それを応用してリメアよりも遥かに高度な気配察知能力を会得していた。
自身の感覚に間違いは無い。
そう自信があるだけに、この状況に困惑と焦りを覚えずにはいられない。
──だが、やらなければならない。
本来であれば、証拠が残らぬよう準備を済ませた上で、タイミングを見極める。
実際にシルルは、二度の集団転移とも証拠を残さずやってのけている。
しかし今、シルルには時間が無かった。
──今やろうがやらまいが、いずれ正体は隠しきれなくなる。
……だから。
シルルは自分の胸に手を当て、自分自身の意志を確かめるように深呼吸をした。
***
「…………なかなか始めないわね」
いやいや、まだ騎士団長さんが犯人だって決まったわけじゃ無いんだから。
「疲れるな……早く尻尾だして欲しいぜ」
いやいやカゲトまで。
良く無いって先入観。
俺らが勝手に疑って勝手に後つけてるだけなんだから。
……でもまぁ疲れたのはよく分かる。
「ミツル、魔法持久力の方は持ちそうか?」
ツユに問われる。
「うん、それは全然大丈夫だよ。この魔法、魔力消費低めみたい。だからまだあと半日くらいはいけるんじゃないかな」
「そうか、良かった」
そんなことよりも俺は持久力……つまり体力の方が心配である。
確かにこの一ヵ月、体は鍛えた。
だけど、未だパーティー内最弱の身体能力な事に変わりは無い。
あのシルルっていう騎士団長、突然方向を変えたりするもんだから、その度俺達は物陰に屈んで隠れたりする。
ヒヤヒヤして心臓の鼓動が速まるのは勿論の事、屈んだり立ったりをしょっちゅう繰り返すのが中々にキツい。
我ながらおっさんみたいな事考えてるなとは思う。
思うのだが、事実なのだから仕方がない。
……だって、運動なんか碌にしてこなかったんだもん。
でもこれでまだ良くなった方だ。
一ヵ月前の俺だったら息切れすらしていたかもしれない。
騎士団長が再び急に向きを変える。
俺達は慌てて物陰に隠れた。
ハイド・ザ・マジックを使用しているとて、相手がそれを看破するスキルを持っていないとも限らない。
だからいちいち隠れるのだが、これがキツい。
「……っぶねぇ!」
カゲトが声を漏らす。
「今のは俺もビビった……」
本当に急だったからな。
「あちらの方角は……」
ツユが騎士団長の向かった方角を見ながら。
「確か現在地が北東貴族住宅街。で、あっちがここを抜ける方角。住宅街の端っこだね」
俺は答えた。
「もう住宅街を抜けてしまうのか」
「そうだね。犯行を起こすとしたらここだと思ったんだけど……」
リメアが何やら残念そうに肩を落とす。
「いやいや、まだあの人が犯人って決まった訳じゃ無いんだから」
「甘いよミツル! ここまで証拠が出てたら、ほぼ確定でしょ!」
そこまで確定的な証拠なんてあったっけ?
「やめんかお主ら」
「おい、死角に入っちまうぜ。行こう!」
カゲトに急かされ、騎士団長が見える位置まで移動する。
そして──それは始まった。
騎士団長シルルの歩いた地面に、無数の魔法陣が出現する。
「なんだ……?」
カゲトが一言、声を漏らす。
「あれは──!?」
真っ先にその正体に気付いたのは、ツユだった。
「召喚の魔法陣だ!!!」
ツユが声を上げた直後、それぞれの魔法陣からアンデッドが顕現する。
「きゃああ!!!」
「なんだ、あれ……!?」
「ア……アンデッドだ……!!」
目撃した人々が、悲鳴を上げる。
すぐにパニックは、伝染した。
逃げ惑う人々と、尚も歩みを続ける騎士団長。
こちらに背を向け、騎士団長に追従する形で歩むアンデッド達。
スケルトンが六体、ゾンビが九体、それに半透明の幽霊のような存在が五体。
すると突然、騎士団長が剣を抜く。
そして俺達に向き直ると、剣先を向けてきた。
「掛かれ──」
「「「「「「キシャァァァアアアアア!!!」」」」」」
まるで騎士団長シルルの命令を聞き受けたかのように、アンデッド達がこちらに向けて走ってくる。
「マジか!! あいつ気づいてたのかよ!!」
カゲトは言いながらロングソードを抜き、構える。
「でもなんでアンデッドなんか……!!」
俺は疑問を口にしながら、全員に腕力、脚力増強の支援魔法を展開する。
「分からん。そもそもアンデッドの召喚魔法など……それも町中で使用するとは……!!」
ツユがプロテクトを展開した。
俺達四人の前に、大きな魔力の膜が形成される。
アンデッドの軍団は俺達を目掛けて、駆けてきた。
「「「「「「グアァァァアアア!!!」」」」」」
俺は杖を向けると狙いをさだめ、迫り来るアンデッドを迎撃する。
その傍ら、シルルが再び動くのが見えた。
剣を高く空に掲げ、何かを発動する。
大きな魔法陣が展開され、辺りを包むように地面に広がってゆく。
「あれって……」
白い光を纏った、聖なる魔法陣。
あの魔法には、見覚えがある。
「オール……テレポート……!!」
リメアがゆっくりと告げた。
疑心が確信に、変わった。
「ギシャァァァァアアア!!!」
リメアに向かって、先頭を走る一体のスケルトンが剣を振り上げ、威嚇をするように吼える。
「やっぱり、彼女が……」
リメアの声が低く響く。
そこには、沸々と込み上げる感情が滲んでいた。
リメアは右手をスケルトンに向けると。
「マジック、ボール!!!」
放った魔法が、胴体に直撃する。
「グギャ!?」
大きく吹き飛ばされたスケルトンは、やがて煙と化し、消滅した。
その場にはドロップした剣のみが残る。
「ヴゥゥヴヴ……」
アンデッドは、尚も歩みを止めず迫ってくる。
カゲトは目の前に迫る二体のゾンビに駆けてゆくと、横に大きく振りかぶった。
「スラァァァァッシュ──!!」
ロングソードが淡い輝きを帯びる。
大きく横に薙いだロングソードは、ぐちょりと嫌な音を立て、二体のゾンビを上下真っ二つに切り捨てた。
耳から煙を吐き出すと、寄生元の死体を残して動かなくなる。
「マジックボール!!」
───キュルキュルキュル!!
俺はマジックボールでの狙撃を続ける。
撃破できた数は二体。いずれもスケルトン。
残りの敵の数は、スケルトンが三、ゾンビが七、そして。
「ヒャアア……グギャ……」
なぜか魔法の当たらない、半透明の魔物が五体。
俺の放った魔法は胴体を通り抜け、背後の地面に着弾する。
その幽霊の一体が、目と鼻の先まで迫っていた。
「ヒャァァァアア!!!!!」
眼前にいるそいつが、大きく振りかぶった。
最早なす術の無い俺は、その場から必死に逃げようと──!!
「……ツユ!?」
俺と幽霊の間に、ツユが割り込んだ。
ツユはそいつに手を"触れる"と……。
「ファイア!!!」
火の魔法が内部から発生し、半透明の体を燃やし尽くす。
「キャァァァァア!!!!」
半透明の魔物は、悲鳴に近い咆哮を上げ、消滅した。
「大丈夫か!?」
「うん、というか、一体どうやって……!?」
俺の攻撃は全てが透かされたと言うのに。
「霊体接触。フィールドスキルだ。これならゴーストにも有効打を与えられる」
流石探検家だ。頼りになる。
「ありがとう、助かった」
「あぁ、奴らの相手は任せて欲しい」
ツユの頼もしい言葉に、俺は頷き応える。
だがそうしている間にも、アンデッドの猛攻は止まらない。
「ミツル! ツユ! 前だ!!!」
カゲトが声を張り上げる。
俺達は咄嗟に、視線を前方に向けた。
目前には、三体のゾンビ。
「ヴヴヴヴヴアァアァァ」
それぞれが不規則に手を振り上げる。
俺もツユも回避しようとするが、間に合わない。
伸ばされた腕が振り下ろされ、プロテクトに触れた、その時。
「滅っ殺、闘・拳!!!!!」
「「「グギャアア!?」」」
右端のゾンビの頬に、膨大な魔力のこもった拳が直撃する。
吹き飛ばされた一体は、残りの二体を巻き添えに、左側の屋敷の塀に叩きつけられる。
三体のゾンビは煙を噴出すると、抜け殻を残して動かなくなった。
「危なかったわね」
攻撃を繰り出した人物が、姿を現す。
「「オネエさん!?」」
俺とツユの驚き声の声に。
「あらぁ♡私とロイ君も居るわよぉ」
「よっ」
メロエ師匠にロイまで!!
「お主ら、何故ここに……」
「話は後よ。よく分からないけれど、騎士団長さん、随分と暴れてるみたいじゃない」
オネエさんは腰に手を当て、シルルを見やる。
転移の魔法陣はシルルを中心に、膨張を続けていた。
「ギャァ……アアアァアアァア」
前方から、さらに一体のゴーストが攻撃を仕掛けてくる。
「ヒール!!」
「ギャアアアア!?!?」
ロイがゴーストに対し、回復魔法を発動した。
アンデッドは、回復魔法によってダメージを受ける。
クレリックであるロイの放った魔法は、ゴーストの存在を葬った。
──これでこちらの戦力は七人。
対してあちらは現在、スケルトンが三、ゾンビが四、ゴーストが三、そして団長シルルが一人。
相手は確実に数を減らしている。
前方では、リメアとカゲト、オネエさん。
後方では、俺とツユ、師匠にロイ。
──勝機はある。
大将であるシルルを叩く事が出来れば、戦局を大きく変えることができる筈。
俺は、迫り来る三体のゴーストを左右に躱し、先頭に躍り出た。
杖に魔力を込め、シルルに狙いを定める。
マジックボールは杖の先で生成されると、練った魔力に応じて密度を上げる。
「…………今っ!!」
俺は渾身の一撃を、放った。
マジックボールはシルル目掛けて、豪速球で向かってゆく。
やがてそれは、シルルの目前まで迫ると──。
「──遅い」
剣をひと振りして、受け流された。
軌道を逸らされたそれは、大きく曲がって右側にある屋敷の屋根に命中する。
「弾かれるか……」
俺は横から迫るゾンビの攻撃を、杖に魔力を込めスラッシュで受け止め、後退する。
「一撃でも与えられれば……」
俺の呟きに。
「私が、やる」
そう答えたのは、リメアだった。




