106 異彩な瞳に映るもの②
ディテク公国騎士団団長シルル・ハクワイト。
彼女は、自身の巡回警備の交代時間に、今日の任を終えた。
部下と交代する際、一言告げられる。
「日の入り、客、四つ、一五」
その意味はそれぞれ、方向、人物、数、距離を示している。
──勘づいてはいた。背後から近づく気配に。
客人、四人となると、その正体は絞られる。
約一か月前にベルンからやってきた四人組の冒険者だろう。
彼らの存在は、シルルから見て不可解に思えた。
魔力以外の力。自身の得た力と似たような何かを、時おり感じるのだ。
しかしそれが何か、シルルは図りかねている。
警備を部下と交代したところで、四人組の気配が消えた。
私が目的ではないのか、尾行の対象を変更したのか。
シルルは人目につかない路地へと入る。
「神聖術階位二・オールテレポート」
唱えると同時、シルルの身体は神聖力に包まれ、そして消えた──。
***
シルルが再び目を開けると、眼前には大きな建物が聳えている。
扉の前に手を当て神聖力を注ぐと、ゆっくりと開いた。
歩みを進めると、やがて円柱形の水槽が幾つも見えてくる。
その中央に鎮座する機械の前に立つは、醜き一人の男。
「来ましたか」
その男はシルルの方を振り返ると、ニヤリと笑う。
シルルは男の笑みに嫌悪感を抱く。
「……」
返答はしない。
「……どうだ」
ただ淡々と、用件を訊いた。
「勿論、抜け殻はしっかりと眷属に致しましたよ」
男は言うと、魔法を発動する。
シルルと男を囲うように幾つも魔法陣が展開され、アンデッドが召喚された。
「今回は二十人のうち、九人はゾンビパウデスに寄生させてゾンビに。筋肉があったので、有用かと思いまして」
ゾンビパウデス。動物の死体に寄生する魔物。
男が嬉々として語るが、シルルにはそれが理解できなかった。
「六人はスケルトン。こちらは肉の需要が無かったので」
そこまで説明して、男の口角がさらに上がる。
「最後に、あの真っ当な貴族の方々はゴーストとして、私の眷属にさせて頂きました」
シルルは剣の柄を握りしめる。
「せっかく誠実に生きた方々ですし、せめて目に見える形はキレイなままにして差し上げるのが良いかなと。まぁ、実体は有りませんがねぇ」
「っ……」
シルルの周囲、神聖力を帯びた威圧が辺りを満たす。
「おやおや、どうか落ち着いて下さい。神聖な気が漏れているではありませんか。私、消えてしまいますよ。半分アンデッドなので」
消えるはずが無い。
この男も神聖術は扱えるのだ。
シルルは沸々と湧き上がる怒りを押し込める。
「良い加減、力の扱いに慣れて頂かないと困りますよ。……あぁ、そうそう。困ると言えば」
あっけらかんとした態度に再び怒りを覚えながらも、シルルは黙って男の話を聞く。
「貴方の国のダンジョンに配置していた魔法陣が、何者かによって破壊されたのですよ」
男が濁った瞳をシルルに合わせる。
ぶるりと一瞬、不規則に目玉が動いた。
「それがどうした。私の目的とは関係無い。貴様の事などどうでも良い」
男はゆっくりと歩み寄ってくる。
「関係ないわけでも無さそうですが?」
「それ以上近づくな。切り捨てるぞ」
シルルが剣の柄を握ると、それと同時、周囲のアンデッドが剣先や爪先をシルルに向けた。
「喧嘩はよしましょう。私とて貴方と戦う気は無いのです」
今動いたら、自らが危険なのは明白だった。渋々、男の質問に応えることにする。
「何か、心当たりは?」
心当たり。
「……時おり、魔力とは違う力の流れを感じる事があった」
それこそ、神聖術のような──。
「そうですか、そうですか」
男はニコリと笑ったかと思うと、突然形相を変えて至近距離に迫ってくる。
咄嗟に剣を抜くが、横からきたゾンビの振り払いに、弾かれてしまう。
剣先は地面についたまま、醜き男と密着状態になる。
反撃は、できない。囲まれている。
「なんで言わなかったんだテメェはよぉ」
口調が、変わった。
「……微弱な流れだった。錯覚の可能性も大いにあった」
──だから、報告の必要は無いと判断した。
そもそも、この男とは極力関わらないのがシルルの方針だった。
男はそれを聞くと、再びニコリと笑った。
「そうですか、そうですか」
その右手で、シルルの顎を撫でる。
シルルは強烈な嫌悪感を抱くが、抵抗する事はしない。
「貴方はこの力の扱いがまだ未熟でしたね。判断を誤ってしまっても致し方ない。取り乱してしまって、申し訳ありませんでした」
男がシルルから離れる。
周囲のアンデッドも一歩離れ、武装を解除した。
シルルは剣を鞘に収めない。
ただ、剣先は地面に向けたままだった。
「して、その力はどこからのものだか、わかりますか?」
「……分からない。ただ一つ、ベルンから四人組の冒険者が来てから、何かがおかしい……そんな気がしている」
男はそれを聞くと、右の爪を仕切りに噛みだす。
「転生者のガキと、神界のアマのパーティーか……」
男はシルルに向き合う。
「まぁどちらにせよ、貴方に残された時間には限りがありそうだ」
シルルの存在が奴らにバレるのも時間の問題。男はそう考えていた。
この女の利用価値は、最早無いに等しい。
男はそう結論に至る。
「シルルさん。私の眷属を使役する権利、貴方に差し上げましょう」
男は一言告げる。
先程まで敵意を向けていたかに思われたアンデッド達が、膝をつき、シルルに頭を垂れた。
「そしてこれも、貴方に差し上げます」
男はシルルに、一つの魔石を差し出す。
「この魔石の現時点魔力保有率は八十。貴方が次に最低でも十五人、攫う事が出来れば、百にできます。本来ならば満タンになってから差し上げようと思っていたのですが……」
シルルの伸ばした手に、男の手から魔石が渡った。
「貴方では彼らにやられてしまうかもしれない。貴方の計画の成功にはその魔石に込めた魔力が必須ですが……。護身の為に使用する事も検討した方が良いかと」
シルルは魔石を眺める。
魔力を吸い上げるスキル。本来使う事の叶わないスキルを、神聖術は最も簡単にこなせるようにした。
時に魔力乱流さえも引き起こしてしまう、凶悪なスキル。
しかしこのスキルは、今手にもつ魔石から自身へ、魔力を供給する事を可能にする。
──仮にこれを使う機会が、目的の瞬間の前に訪れたとしても。
その時は、十五人以上の貴族を攫って来れば良い。
「シルルさん。次が集団転移を行う事のできる、最後の機会かも知れません。私は陰ながら、貴方の事を応援していますよ」
この男は、その笑顔の裏で一体何を考えているのか。
シルルには分からない。
「……あぁ」
シルルは一言返事をすると、この場を後にした。
「…………」
残された男は、一人考える。
彼らはすでに私達の尻尾を掴んだとでも言うのか、と。
「ねぇねぇ、クエスタ」
背後から、呼びかける声。
「あんなに美人の騎士さんを、捨て駒にしちゃうの?」
幼い少女の声に、男は聞き覚えがあった。
「まさか。私は一度した約束は守りますよ。後は彼女次第です。元より、私達と彼女は互いに利用し合う関係。ただそれだけですからね」
男は振り向き、少女に話しかける。
「お久しぶりですね、アムネシア」
「久しぶり、クエスタ」
少女と男は暗澹の中、相まみえた──。




