100 探偵と助手①
ツユさん御一行から依頼を承って、一日。
そろそろ日が昇り始めるであろう明け方、私は定刻、ベッドから体を起こした。
部屋のカーテンを開けると、部屋を出る。
……今のところ、ブロンティナ伯爵様からの命である『家出した娘の世話、監視』は勘付かれずに行う事が出来ている。
アイラ様も私の事を"家出に着いてきてくれる優しい従者"くらいに思っていることだろう。
公王サウシーリアのご子息と、アイラ様との政略結婚。
そのお約束によって、伯爵は小さな領地と友好を築く事ができた。
しかし──。
私は洗顔を終えると、身なりを整える。
──伯爵は『国が腐った原因を炙り出す』と仰られたが、その手段として自身の娘を嫁がせるとは。
貴族の娘というものは、気の毒なものだ。
従者がこのような事を思ってはいけないのかも知れないが、私が同じ立場だったら、やはりアイラ様と同じく家を飛び出した事だろう。
伯爵からは『娘は基本好きにさせておけ』とも言われている。
なので、アイラ様が探偵で生計を立てると言い出したときも、口出しはしなかった。
──私は台所に立つと、朝食の用意を始める。
しかしアイラ様が、ここまで探偵の才をお持ちだったとは。
不倫の調査や迷子のペット捜索の仕事ばかりとはいえ、未解決は脅威のゼロ件。
やはり貴族には優秀な血が通っているらしい。
──卵を二つ割ると、フライパンの上で焼く。
続けてベーコンを投入し、塩で味を整える。
ジュージューと軽快な音を立てながら、卵とベーコンは美味しい匂いを醸し出した。
……伯爵から課せられたもう一つの命。
それは、ディテク公国の偵察。
冒険者としての職業がアサシンである私は、何度も公王邸へと潜入を続けていた。
しかしながら、貴族の不当給与や、それに関する証拠は見つかっていない。
「ふわぁぁぁ〜。オーヴィムぅ、おっはぁ」
「おはようございます、アイラ"さん"」
家を出てから、アイラ様はやけに謙虚だ。
様付けなどやめてくれと言うので、今の形に落ち着いた。
「おぉ〜、今日の朝ごはんも美味しそうだなぁ」
「ありがとうございます。しかしアイラさん、まずはその身なりを整えてはいかがでしょうか」
下着姿に寝癖でボサボサの髪のまま、ダイニングにやってくる主人に言う。
「いやーん」
「そう言うのは結構ですから」
「はいはーい」
面倒くさそうに返事をすると、アイラ様は洗面所へと向かっていった。
私はベーコンエッグとトーストをお皿に乗せると、食卓に並べる。
次いで、牛乳をコップに注いだ。
座って主人を待っていると、やがて着替えたアイラ様がやってきた。
いつも通り、ガンクラブチェックの二重マントを羽織っている。
「うひょー!! 美味しそうだなオーヴィム」
「ありがとうございます。さ、召し上がってください」
アイラ様は、大きな口でトーストにかぶりついた。
「んん〜!! うまひっ!」
「お行儀が悪いですよ」
毎朝同じ事を言っているのに、アイラ様はいつでも豪快な食べ方だ。
「ほら、お口に汚れが」
私はナプキンでアイラ様の口を拭う。
「うへっ、あ、ありがと」
「全く、綺麗に食べましょうね」
「うへえ……」
急に大人しくなるアイラ様に、少し微笑みを浮かべる。
その後私は、尋ねた。
「それで、今日は何をなさいますか」
アイラ様がずっと関わりたいと言っていた探偵らしい依頼を昨日受注したのだ。
きっと張り切っている事だろう。
「ほうだ! ほのほとほはなほうほしへはんは!」
アイラ様は口いっぱいのベーコンエッグとトーストを飲み込むと、話し始めた。
「事件の解決には、兎にも角にも手掛かりが必要だ。転移事件とゾンビ襲撃事件。ベルンの情報はこの国には殆ど入ってこないから、先ずは転移事件の方を調べてみた」
そう言うとアイラ様は、テーブルの上に数多の資料を広げる。
「これだけの量、たった半日で集めたのですか?」
私は驚愕のあまり口が塞がらない。
それだけではない。疑問はもう一つある。
「と言いますか、そもそもいつそんな時間があったのですか? 昨日は私、あれから一度も貴方のそばを離れては居ませんが……」
私の言葉に、アイラ様が眉を顰めて少し悲しそうな表情をする。
「嘘をつくんじゃないぞオーヴィム。私は知ってるんだからな。真夜中に一人で外出している事を」
アイラ様は私の鼻に指を押し付けると、強く睨んで来た。
「ディテク公王邸で、一体何をしてるんだ」
アイラ様の言葉に、ドキッとする。
「…………何の話でしょうか?」
「あくまでシラを切るつもりなんだな。どうせ父上の差し金かなにかだろう? だいたい予想つくんだから」
アイラ様はそこまで言うと、一枚の写真を取り出す。
「ほら、証拠。観念しな」
アイラ様は私に写真を突きつけると、膨れっ面でそっぽを向いてしまった。
「……貴方には頭が上がりませんね。色々な意味で」
私は写真を受け取ると、観念して頬笑む。
…………こんな写真、仮に国の者に見つかったら私どころかブロンティナ伯爵、いや、ブロンティナ一族とその従者全員の首が飛びかねない。
公王邸への潜入など殺人を超える重罪なのだ。
「おい、オーヴィム」
「何でしょう?」
アイラ様がそっぽを向いたまま視線だけをこちらに向けて。
「……無理はしないでよ。オーヴィムが居なくなったら……私、寂しいから……」
そう言って俯くアイラ様に私は身を乗り出すと、俯く顔の顎に手を当てゆっくりと持ち上げた。
ウルっとした瞳のアイラ様と目が合う。
「……心配しなくても、私はそんなヘマしませんよ」
「父上からの命令は私に気付かれたのにか?」
「そ、それは……」
私は言葉に詰まってしまう。
正直、絶対に捕まらないという自信は無い。
何度も成功しているとはいえ、その油断であっさりと捕まってしまう可能性も否めなかった。
「なぁ、オーヴィム」
「…………なんでしょう?」
「父上に何を頼まれているのかは話さなくても良い。ただ……私に着いてきてくれて、ありがとう。わがままに付き合ってくれてありがとう」
「…………私は貴方の一番の家臣ですよ」
本当は、ブロンティナ伯爵……アイラ様の父上の家臣だ。その娘と言えども、優先すべきは父上である伯爵の命令。
本当であれば、アイラ様にバレてしまったと報告し、判断を仰ぐべきなのだが……
「貴方のそばを離れる事は無いですから、安心してください」
私は、罪を犯す事にした。
「オーヴィム……」
アイラ様はこちらを上目遣いで覗いてくる。
「なんですか、そんなにじめっとして。貴方らしくないですよ」
私は一言そういうと、アイラ様の頭に手を置いた。
「ツユさん御一行の依頼について、教えてくださいな」
「…………ん」
アイラ様は少し微笑むと、お皿に余ったトーストを口に放り込んだ。




