001 今、くじ引きって言いました?
冷たい風の吹く、一月の上旬。
一人の少年は、不幸にも命を落とした。
──俺は気付けば、真っ暗な空間にいた。
自分と自分の目の前にいる、衣を着た少女の間だけ少し明るい。
「鈴木光さん、あなたは残念ながら亡くなってしまいました。まずは私から、十六年間の人生に追悼を」
そうか、俺、死んだんだ。
だんだんと思い出してきた。
高校からの帰り道、信号を無視して猛スピードで突っ込んできたトラックにはねられたんだ。
「家族は、今どうしているんですか?」
「あなたの横に、今も」
少女は言うと、俺の頭に手を触れた。
死んだ俺と、その隣で泣いている両親、妹の姿が頭に映し出される。
「災難でしたね。私はリメア、若くして亡くなってしまった魂を導く女神です」
「女神……ですか……」
まだ少し混乱している。
実感が無いからだろうか。
目は乾いていて、涙が出ることはなかった。
「まだ今の状況に混乱していて」
「無理もありません。いきなり亡くなったと言われても、受け入れ難いですよね」
そう言ってリメア様はどこか哀しい笑顔を見せた。
俺はこれからどうすれば良いのかを尋ねる。
「もう家族や友達とは会えないってことですよね……。俺はこれから、どうすれば良いのでしょうか。やっぱり、天国に行ったり生まれ変わったりするんですか……?」
生まれ変わったら、今までの人生は忘れてしまうのだろうか。
「そうですね。生まれ変わったり、天国に行ったりと言う選択肢もあります」
生まれ変わる……天国に行く……。
俺はまだ自分の死に、向き合う事ができずにいる。
「そして三つ目に、別の世界で続きの人生を歩むと言う選択肢があります」
「続きの人生を……歩む……?」
「はい。記憶や歳はそのままで、異世界にて続きの人生を歩むのです」
「記憶や歳は……そのまま……」
「あなたの体の記憶を元に異世界で体を再生成し、魂をその体に送ります。そうして、新たな世界で暮らすのです」
俺はそれを聞き、すぐさまリメア様に問う。
「その方法で! ……その方法で、再び地球で暮らすことはできないのでしょうか……?」
きっと、できないのだろう。
できるのならば、俺は生きている間に何度も生き返った人と遭遇するはずだ。
だけどそんな人間、会ったことが無い。
「世界には、入口の世界と出口の世界が存在します。二つの種類の世界での魂の通り道は、入口から出口への一方通行です」
一方通行……。
「地球は入口の世界の一つ。人の魂のまま戻ろうとすると、魂が破壊されてしまいます。ですから、生まれ変わって浄化された魂しか、戻ることが出来ないのです」
リメア様はゆっくりと続ける。
「しかし出口の世界へなら、記憶を持ったまま転生させることが出来ます。これは、入口の世界で生きることを決められた魂への、せめてもの慈悲です」
せめてもの慈悲。
復活という概念がない世界に生まれてしまったのは、前世で何か悪いことをしたからなのだろうか。
「俺……僕はなぜ、生き返ることのできない地球に生まれたのでしょうか。前世で何か悪いことでもした、とか?」
「いいえ、くじ引き……ン゛ン゛ッッ神聖なる選別の結果です」
「今、くじ引きって言いました?」
「言ってません」
いやいや、言ったよね絶対。
はっきり聞こえたぞくじ引きって。
俺の命の居場所って、くじ引きで決められてたのか。不服である。
「……転生先の世界には、"魔法"が存在します」
この女神様、話を進めようとしてるな。
俺は納得してないぞ。だってくじ引きよ? 魂の居場所の決め方が、くじ引きよ?
「そして、その一つであるテレポートという魔法。それを私の神の力、神聖術で擬似再現するので、異世界への転生が安全に行えるのですよ」
魔法……。魔法があるのか。
いつもなら大はしゃぎしそうなものなんだけど。
もう家族や友達には会えないのだと思うと、とても喜ぶ気持ちにはなれなかった。
「どうしますか? 天国を選べば、後から他の二つの選択肢に変更することもできますよ?」
考える猶予が欲しい。
そう考えた俺は、とりあえず天国を選んだ。
しかし……。
天に昇る階段が長ぇ長ぇ。
絶対エスカレーターにした方が良い。
しかもやっと辿り着いたと思ったら死人の行列だ。
『こりゃ待ってるのが地獄だな』
そう思った俺は、頑張って昇った階段を頑張って降り、異世界転生に変更してもらった。
家族との記憶を持ったまま転生するのは辛いのでは無いかとも思ったが、ケジメはつけなければ。
もっとも、俺が別世界に転生するだけで、家族は地球でしっかり生きているのだ。
「最後に一つ、これは私からの頼みです。まず、先程入口と出口の二つの種類の世界があることはお話ししましたよね?」
「確か地球は入口の世界なんですよね」
「えぇ。そして稀に入口と出口が重なり、出口の世界に迷い込んでしまう地球人がいるのです。いわゆる"神隠し"というもので……」
「ふむ……」
時々そう言った伝説などは聞くが、話を聞く感じ"神隠し"とは、言葉通り神が関わっているわけでは無いようだ。
「なのでもし、街中で地球人と思われる方に遭遇したら、その旨を伝えて頂けるとありがたいです」
神の力で『転移者よ……』みたいな感じで語り掛けられないのかなとも思ったが、頼んでくるということはそういう事はできないのだろう。
「分かりました」
俺は頷く。
それを見ると、リメア様は優しくほほえんだ。
「転生したら、まずは町にあるギルドと呼ばれる機関の建物に向かうと良いでしょう。そこで身分証の代わりとなるカードを作ることが出来ます。詳しくはギルドで説明を受けてください」
「わかりました。色々、ありがとうございます」
リメア様は右手を高く掲げる。
「それでは……良いセカンドライフを!」
すると下から白い光のようなものが湧き出し、やがて俺を包み込む。
次の瞬間、俺は落下するような感覚に陥った。




