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ピンク  作者: 中川篤
3/6

Part 2 ♡3



 やった! チコちゃんは思いました。しかしシャーマンラボまでの交通手段とは、いったい何のことを指しているのでしょう? そのとき、外から急に物音がしたのでチコちゃんは「誰だろう?」と思いました。チコちゃんの住むここらの区域には、そうです、暴走族が出るのです。轟音をとどろかせながら、家の前の国道をバイクで飛ばす彼らを、チコちゃんは正直、こころよく思っていませんでした。で、外を見ようと、さっと窓を開けると、台車付きのバイクにまたがったすごく背の高い、そしてダンディな(この言葉をチコちゃんは初めてつかうのですが、彼女のクラスメイトに知られたら笑われてしまうでしょう!)、ピカピカの服を着た男の人がこちらを見ていました。男の人はこっちを向くと、「にっ」と歯をみせて笑い、何やら降りてくるように手招きします。チコちゃんはびっくりしましたが、おそるおそる一階に降り、ママをやり過ごすと、玄関から外にでて、その男と対峙しました。

 「こんにちは。きみがチコちゃんだね?」

 男はいいました。チコちゃんは精いっぱいの勇気をふりしぼると、男に、

 「あなたは、シャーマンラボのひと?」

と、尋ねました。

 「そう硬くならないでもいいよ、チコちゃん。俺も昔はそこのおチビさんたちと同じように、よくわからないいきものの一人だったんだからね」

 チコちゃんは雷に打たれたように驚きました。「えっ!」というと、男のことを足もとから頭まで、順繰りによく観察して、ヘンなところがないか調べようとしましたが、男はやっぱりただの人間、それも並みのひと以上にりっぱな身なりをしていました。チコちゃんはますます驚きました。

「じゃあ、ハムハムやピンクもあなたみたいになるの?」

 男はそれに答えました。「わからないね。それでは行こうか。さあ、のったのった」チコちゃんは男に勧められるままバイクの台車に座りました。そこにはハムハムとピンクのすがたも一緒です。体調の悪いハムハムはチコちゃんにそっと手でくるまれ、やさしく彼女の膝の上に乗せられました。ピンクは台車のへりの部分に立ちました。バランス感覚がいいのか、上手く立つことができているようです。バイクが発進してへりの部分に振動が伝わっても、ピンクは一向にそのへりから動こうとはしませんでした。

 「シャーマン博士は、世界最高の科学者であらせられる」

 男はいいました。チコちゃんはいつも疑問に思っていたことを口にします。

 「なんで、その博士は、この、よくわからないどうぶつを作ろうと思ったのかしら?」

 「それは、シャーマン博士に聞いてみないと」

 男はかぶりを振りました。おそらく、そのわけを知らないのでしょう。東京を離れ、海沿いを走っている感じは、チコちゃんを「たぶん、ここは神奈川なのかな?」という思いにさせましたが、どうやらここは神奈川でも千葉でもないようです。いえそれどころか、チコちゃんの知っている世界でさえないようでした。チコちゃんはしかし慌てず、何も考えず、バイクの走るままに任せました。それから、やがて丘がみえました。その丘の上に研究所がポツンと――いまにも崖からすべり落ちてしまいそうな按配でしたが、この研究所はそれを絶妙なバランスでたもっているようです――建っているようすは、まるで、アンパンマンに出てくるばいきんまんの工場を思わせました。ここがシャーマンラボなのでしょう。男はチコちゃんを連れて中に入ります。

 「だれだ!」

 声がしました。いかにもか弱く、それでいて一本筋の通った声です。

 「シャーマン博士、私です。ただいま、帰りました」

 「ホープか」男はホープというのでしょう。それからシャーマン博士はチコちゃんを一瞥すると、作業の手を止め、梯子をつかって二人の高さまで下って来ました。それまでシャーマン博士はなにやら巨大なロボットを建造していたところだったのです。「用とは?」

 「あなたのつくったいきものが、あの、ハムハムって言うんですけど、おなかが痛いらしくって、それで連れてきたんです」

 シャーマン博士は目を丸くしました。「そのためだけに、ここまでか?」

 「はい」

 「それなら直してあげよう。すこし時間がかかるけど、いいかな?」

 「はい!」

 シャーマン博士はチコちゃんを一回り見て、失礼と思いながら、歳をききました、それが予想以上に若かったので、ますます感心してしまいます。よくもまあ、たったの小五でここまでこれたもんだ! 見上げた根性だ! まったく、できるならわしの助手にほしいぐらいだわい! シャーマン博士はいいました。「さて、ハムハム君が痛いのはおなかの部分だったかな」博士はいい、ハムハムの腹部をさすりました。「ふむ、別にしこりとかはなさそうだ。とすると、食あたりか、それとも……チコちゃん!」と、シャーマン博士は急に尋ねました。「ハムハムが九時間以上、睡眠をとらなかった日はなかったかな?」

 チコちゃんは先日のことを思い出し、いいました。「ありました。ついこのあいだです」

 「ハムハムの腹痛はおそらくそれが原因じゃ。睡眠中に分解されるはずだった酵素が、体内で分解しきれなかったんじゃな」

 「なおりますか?」

 「注射を打つぞ。そしたら治る」シャーマン博士は引き出しから極太の注射針をとりだすと、チコちゃんに見せました。見るからにいたそうで、こんなものを刺されたら、ハムハムは死んでしまうのではないかとチコちゃんは思いましたが、でもやっぱり背に腹は代えられないので「お願いします、博士」と、シャーマン博士にいいました。ハムハムが机の上でものすごい抗議の声を上げました。そりゃあそうでしょう。しかしシャーマン博士は容赦せず、ハムハムが二こと目を話す前に、グサッとハムハムのお尻目がけて、極太の注射針をつきたてました。ハムハムは痛みで失神しました。チコちゃんは流石に可哀そうだあと、ハムハムに対して、同情を禁じません。

 ハムハムの治療が終わると、シャーマン博士は話しだしました。「わしは、このよくわからないどうぶつをつかって、世界を平和にしたいと思っている」

チコちゃんは博士の言葉のスケールの大きさに、返す言葉もありません。どうにかしていい言葉をねん出しようと、頭をひねってみるのですが、いやはや、国語って難しいものですね。チコちゃんはつくづく思います。

 「それでは、もうそろそろ君をホープに送らせよう。家に着く頃には、ハムハムも治っているだろう」

 「博士、ありがとうございました」チコちゃんはシャーマン博士にお礼をいいました。正直なところ、この変なところのある博士には(だってふつうの科学者なら、どうしてよくわからないいきものなんてものを作るでしょう?)チコちゃんは多少、引き気味だったのです。それでも礼儀は弁えねばなりません。博士はえらく感心して、

 「助手になりたければ残ってもいいんだぞ」

と、チコちゃんを誘いましたが、チコちゃんはその誘いをにべもなく断りました。

 「うーん……うーん。むねん。ざんねんだ」

 博士の助手のホープがそこに現れました。「車の用意はできております。智子さま」それからにやっと笑うと、チコちゃんに、「それとも、残られますか?」と、いいました。

 「ううん、帰る。じゃあね、博士」

 「それでは行きましょう」

 帰りはバイクではなく、車でした。あかい、ピカピカの、とっても素敵なお車です。よく磨かれていて、車のなかも手入れが行き届いていました。乗り心地も最高です。チコちゃんは思わず、

 「こんな車をうちのパパが持ってたらなあー」と、いいました。「これも発明品?」

 「いえ、ちがいます。市販の車でございます。私の愛車です」

 チコちゃんはもの憂げに窓の外を眺めやると、外には富士山よりもマッターホルンよりも高い山々がつらなっていて、そのどれもが――もちろんこの世界の空の色も――青でした。それから、ぽつりといいました。よくわからないいきものでも、こんなすごい車を買えるんだね」

 「俺も今は人間ですよ、チコちゃん」その言葉に、ホープが答えます。前方から目をそらさず、運転に集中しているようですが、話す余裕はあるようです。「ええ、買えますよ。高い買いものでした」

 「いいなー」

 「車には事故がつきものですからね、ところで、お二人――お二匹がたは、さっきからやけに静かになりましたね?」

 「おい! このクルマ、なんでボンネットついてねえんだよ!」フロントの窓べりにいるハムハムが風に対抗して、つよくさけびました。そうです。ホープの買ったこの車には、じっさい、ボンネットが付いていなかったのです。ですからハムハムは(ピンクはチコちゃんの服のポケットの中にいち早く避難していました)強風にあおられるまま、いまにもぶっ飛ばされそうな状態です。

 「そういう車なんだから、仕方がない」

 ハムハムは怒りをあらわにしていいました。「選んで買えや!」。風が、ハムハムの体を宙に浮かせます。あっ! とチコちゃんは思いましたが、それをすかさず、ホープが手でキャッチしました。「コノヤロー! コノヤロー! コノヘタクソヤロー!」ハムハムはもう自分が何をいってるのかも、分かっていない様子です。「ぶっ飛ばすぞ!」

 「それは面白いな。なら《ぶっ飛ばして》みよう」

 「ヤメロバカタレ!」

 とまあ、こんな調子でハムハムとホープの掛けあいはつづいたのでしたが、ピンクはというと、チコちゃんのポケットの中でお眠の様子。チコちゃんは久々にハムハムがやられるところを見て、胸がスカッとする思いでした。


     *


 さあ、そろそろです。おおきな山々の峰をこえて、トンネルを二つくぐると、チコちゃんはもとの世界へかえって来ていました。息を大きく吸いこむと、どうもあちらの世界の方が空気が澄んでいたようです。こちらの排ガスの入りまじった空気を、チコちゃんはなつかしいとは思えども、こちらのほうがおいしいとは感じませんでした。「ハムハム、ほら、かえってきたよ、家だよ。ピンクもポッケから出て」チコちゃんは二匹にいいます。ハムハムは強風に吹かれることがなくなり、ほっと肩をなでおろすと、車の窓べりにがくっと座り込みました。「二度とすんなよ」ハムハムはホープにいいました。しかし、ホープの反応がありません。チコちゃんはホープの肩をゆすってやりました。すると驚いたことに、ホープはそのままぐらッとかたむくと、窓側の方に倒れてしまいました。おどろいたチコちゃんはホープをおこそうとしますが、ホープは何としても起きません。薬かなにかが必用なのかと思い、チコちゃんと二匹はダッシュボードをあさりました。するとホープの直筆の字で、よくわからないいきものは眉を作ってから三日後には死んでしまう、というようなことが書かれていました。

 チコちゃんはショックを受けました。それから、ホープの遺体を乗せた車はひとりでに走り出し、もとの世界へ戻っていきました。チコちゃんが家に帰ると、パパとママがチコちゃんのことを心配して待ってくれていました。チコちゃんがいない間に、こちらでは三日の月日がながれていたのです。パパとママは不安のあまり、目の下に泣きはらしたあとを作っていました。「智子ッ!」チコちゃんが玄関を開けた瞬間、パパとママが叫びました。「どこに行ってたんだ! 三日も家を留守にして!」パパがいいました。ママがそれをかばうように、「さ、はやくお上がりなさい」といって、チコちゃんを中にまねき入れました。

 「ともかく、智子が無事でよかったとパパは思ってるんだ」そういうと、チコパパはチコちゃんを抱きしめました。その抱き方があんまし強かったので、チコちゃんはおなかの中のものを外に出してしまいそうです。

 食事の時間になりました。「おいら、うえで休んでる。病み上がりだからな」ハムハムはいいます。ピンクも一緒になって、ハムハムについて行きました。チコちゃんはポケットからくだけたカシューナッツをとりだすと、二人に差しだしました。「ごみはいらねえ」ハムハムがいいます。さっきまでぎゃーぎゃー叫んでいたのを、もう忘れているようです。

 チコちゃんはポケットの中からとりだしたカシューナッツを、ひとさし指と親指で所在なさそうにしばらく持っていましたが、やがてあきらめがついたのでしょう、ためらうことなくそれをごみ箱に放りました。「まだ食べれたのに」

 「チコはそれ、食わねえだろ。チコが食わねえものは、おいらたちも食わねえよ。そういうのにかぎって、まずいもんだからな」ハムハムがいうにしては、思いのほか正論です。チコちゃんも言いかえせませんでした。


     *


 その日から、チコちゃんはハムハムたちにかわいくならないように訓示しましたが、ハムハムもピンクもその言葉を聞き入れませんでした。二匹の『かわいさ』は日を追うごとに1ずつ上がっていき、その度にハムハムもピンクも、やれ、どっちが勝った、負けた、の大騒ぎをします。チコちゃんはその光景を見る度、胸がぎゅんと痛くなって、

(もうやめて!)

といいたくなりますが、たとえ言っても、この二匹はけっしてチコちゃんの言葉を、聞き入れてくれないのでした。一体『かわいさ』に何の意味があるのでしょう? チコちゃんは今日も学校へ行き、そのことを考えます。今日の登下校には二匹のすがたはありません。チコちゃん一人です。「――チーコちゃん!」といって、後ろからチコちゃんのカバンを叩く子がいました。学校で唯一の仲良し、丹野ちゃんです。

 「今日どうしたの? 元気ない……あっ、あいつらがいないからだ!」丹野ちゃんが辺りにかまわず叫びます。ちょっと声の大きい子なのです。チコちゃんはおどろいて、周囲を見渡し、

 「こ、こえが大きいよ」

 丹野ちゃんは疑問形で、それに「えーっ⁉」と、かえします。

 「だからこえがおおきいって!」

 それでなんとか通じました。丹野ちゃんには同じことを二度いう必要があるのです。しかし二度いわされると、なんだか自分のどこかがおかしいような気がしてきて、チコちゃんはとても自信をなくしてしまいます。二度いわせなければ、とてもいい子なのになあ、とチコちゃんは常日ごろ丹野ちゃんのことを思っているのですが、なかなか良くなってはくれません。そんな点がたたっているのか、丹野ちゃんのクラス内での評判はさんざんで、「あの子、人の話聞かないよね」と陰口をたたく子もいますが、チコちゃんは丹野ちゃんに陰口を言う子たちとは一線を置いています。おそらくそこが、チコちゃんが丹野ちゃんから無条件に好かれる理由なのでしょう。この関係について、チコちゃんは少し困ってもいるのですが、

(でも、みんなに友だちいるって思われるし……)

と、そんな打算的な理由もあって、彼女とのつき合いを継続しているのでした。それから起こったその日一番の衝撃は、なんといっても転入生のパパイヤでした。

 「転入生のパパイヤです! みんなよろしくね!」

 チコちゃんは「あーっ!」と思いました。けど、ホントによくわからないいきものが繭を作ってから三日で寿命が来るのか、確かめたい気持ちもあり、何も言わず、転入生のパパイヤをちやほやする列に加わりました。それにしても、パパイヤはうっとりする程きれいな子でした。

 そしてその子が、ほんとうに三日目に亡くなりました。寿命です。やっと本当の友だちになれたのに、早すぎるよ……、といって、クラスの皆に囲まれ、そのお葬式の日、まこっちゃんがわんわん泣いていました。クラスの皆はまこっちゃんをなぐさめようとするのですが、いくら声をかけても、彼女の眼からは涙が止まりません。ハムハムも、ピンクも、死んでしまうんだ――そのことが急にチコちゃんの身にせまって感じられ、チコちゃんはお葬式に参列していたハムハムとピンクに死なないでねと声をかけました。二人の返事はそろって同じ、

 「殺すなバカヤロー」と、いうものでした。


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