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ピンク  作者: 中川篤
2/6

Part 1 ♡2




 チコちゃんとピンク、そしてハムハムの夜は明けました。翌朝、チコちゃんはピンクを洋服のポケットに入れて、小学校へ登校しました。残念ながらハムハムはお留守番です。この事にハムハムはものすごい抗議をしたのですが、チコちゃんには聞きいれてもらえませんでした。ついにハムハムは、「おいら古巣にかえるぜ」と言って、今、ちょうどチコちゃんのおうちで身支度をしているところです。よくわからないいきものとは言っても、身支度をするくらいの荷物は持ち合わせているらしく、ハムハムはどこかからとりだした小さな布袋にヒマワリの種を二三個つめると、チコちゃんのお家を出発したのでした。そんなハムハムがお隣のおばさんと口論をしている頃、チコちゃんは学校で算数の授業を受けているところでした。

 チコちゃんは小学校の五年生なので、授業ではひっ算を習います。これがチコちゃんはどうも苦手で、いつも小数点の位置をまちがえて、先生に怒られてしまうのです。

 「82・9×3は……うーん」

 問題を解こうと、チコちゃんは黒板に数字を書くのですが、その数字の列がうねうねとうねって見え、どうも具合が悪くなるのです。チコちゃんはつい正直に「わかりません」と、答えました。すると次の子が当てられて、チコちゃんの代わりにそれを簡単に解いてしまいます。チコちゃんは、

 「ちょっといごこちが悪いなァー」と、おもいました。

 それからいつも通りのコースに、チコちゃんはむかいます。学校の保健室です。保健室のベッドは、家のベッドより硬く、けれどそれは硬すぎず、チコちゃんの好きなほどほどの硬さでした。保健室の先生とは仲良しですが、先生は授業をあまり受けないチコちゃんのことを、心配してくれているようでした。ようするに、保健室の只野先生は、ここにはあまり来ず、教室の方になるべくいてほしいなぁと思っていることが、チコちゃんにもその口調からうっすらと分かるのです。チコちゃんとしてもそれはなるべくそうしたいところなのですが、教室にいるとなんだか悲しい気もちになって、みんなを心配させてしまうので、それは出来ないのです。

 「今日はまた、どこが悪いの? チコちゃん」只野先生はいいました。

 「先生」チコちゃんはいいます。「いいもの見せてあげる」チコちゃんはポケットの中からピンクをとりだしました。チコちゃんの重みで、ポケット内でぎゅー詰めになってややへこんでいましたが、胸のあたりを押すと「ぷっ!」と息を吹き返しました。ずいぶん頑丈ないきものです。

 「不思議などうぶつね……」

 只野先生はいいました。

 「でもそれはあなたのものなのね?」

 「うん!」

 「学校に私物は持ち込み禁止です!」只野先生はきびしく、ピシャっといいました。「先生があずかっておきます」

 チコちゃんは「ピンクは私物じゃないもん!」と、只野先生に反論します。「だから」

 「だから、おなじです」

と、そこまで言ったところで、只野先生はピンクの胸に不思議なものを発見しました。ピンクの能力値を計るためのQRコードです。「あ」

 「バーコードリーダーをつかうと、ピンクの能力がそれでわかるんだ」と、チコちゃんはどこか誇らしげにいいました。

 只野先生はこの技術の進歩に少々度肝を抜かれましたが、それ以上にいきものに対する目の前の子どもの倫理観の欠如と、それを教育の現場にもち込ませるおもちゃ会社のやり口に憤慨しました。それから只野先生は、さとす様にチコちゃんにいいました。「生きているどうぶつをおもちゃにするなんて、ほんとうに良くないことなのよ、チコちゃん」

 「そうなの?」

 「そうよ」

 「じゃあ、じゃあー、ピンクはどうなるの?」

 「それはあなたが、責任をもって、最後まで飼うしかないのよ」

 「先生、ピンクあずかってくれる?」

 「放課後、また、取りに来なさい」

 それからチコちゃんが授業を終え、さっそく保健室へやって来ると(チコちゃんは授業を受けることができたのでした!)、只野先生がピンクとにぎやかに遊んでいるところでした。「アッ、ずるーい!」チコちゃんは思わず言います。「只野先生ばっかり!」

 「この子かわいいわねー」只野先生はいいました。「チコちゃんゴメンネ、かってに『かわいさ』を上げちゃったみたいなの」

 「えっどれくらい?」

 「うーん90そこそこ」

 「すごい! すごいよ! 只野先生! わたし、いくらやっても『かわいさ』が上がんなかったんだよ! どうやったの?」

 「えーと。普通におしゃべりしてたからかな?」

 「そういやわたし、ハムハムとばっかりお話ししてて、ピンクとお喋りしてない……そっか、だからなのかー」

 只野先生はチコちゃんに聞きました。「ハムハムっていうのは?」

 「ピンクの友だち。でも性格悪いんだ」

 「性格が悪いって?」

 「ハムハムはことばを話すの。『かわいさ』が100を超えると、この子たちは言葉をおぼえるんだよ」

 「じゃあ、ハムハムはかわいいんだ?」

 「ぜんっぜん、かわいくない!」

 こう言われると、只野先生としてはむしろピンクよりも、ハムハムの方に興味がわくのでしたが、ピンクを猫かわいがりするチコちゃんの手前、そんなことはあまり言えません。しかし只野先生も人間です。つい口をすべらせてしまい、

 「そのハムハムって、なんか面白そうな子だね」

と、言ってしまいます。チコちゃんはムスッとなり、じゃあハムハム連れてきてあげる! と只野先生に約束したのでした。こうなると、学校にいきものを連れてきてはいけないことなど、もう二人の頭にはありませんでした。そして約束はあすと決まり、チコちゃんは学校までパパに迎えに来てもらい、自宅の車で帰ったのです。


     *


 それから三十分かけて丘の上の団地に戻ると、旅包みを肩から提げて、ハムハムがチコちゃんの部屋に帰ってきていました。チコちゃんは思わず吹き出しました。あれだけたいそうなことを言っておいて、家出のひとつもできないなんて! ハムハムの後姿には「もうおいらのことは語ってくれるな」という哀愁がにじみ出ていましたが、チコちゃんはかまわずハムハムに話しかけます。今のハムハムほど御しやすいハムハムも、いそうになかったからです。ハムハムは声をかけた瞬間、

 「メシくれ」

と、いいます。チコちゃんはハムハムを無視しました。「きょうね、只野先生がハムハムのこと褒めてたよ。ピンクもそこにいたんだ。それでね」

 「メシくれよーチコー」

 ハムハムはまたも傍若無人にふるまいますが、今日のチコちゃんにはすこし余裕があるようです。ハムハムを軽くあしらうと、

 「わかったから。ひとの話くらい、ゆっくりきいてよ」

と、手慣れたものです。

 「ハムハムはダメだなあ。ピンクはちゃんときいてくれるよ? だってピンクはハムハムとちがって、大人だもんね」

 ハムハムは風呂敷をひろげました。中からヒマワリの種が二つ、でてきます。そしてハムハムはそれを、ポリポリ食べはじめました。どうぶつがものを食べるときというのは、大体愛らしいものなのですが、どうもハムハムの場合、その勝手が違ってくるようです。困ったことに、全然、かわいくありません。正直、ハムハムが「かわいい」と思えないのが、チコちゃんにとって、一番の悩みの種なのかもしれません。チコちゃんは一階に降りて夕食を済ませると、

(ホントにこの子たち、人間になるのかしら?)

と、ため息で窓をくもらせました。チコちゃんには、お隣のおばさんの気持ちがわかるような気がしました。このハムハムが、ほんとうに人間になったら……ひょっとして、うちに住むことになる? チコちゃんはぶるぶると首を大きく振りました。「それは嫌っ!」

 「どうしたの智子?」

 チコちゃんのママが驚いて声をかけます。

 「ママー、ハムハムがね……」チコちゃんは正直なところをママに話しました。チコちゃんはママはてっきり味方になってくれると思っていたのですが、

 「ハムハムが人間になったら、にぎやかでいいわねー」

などと言うのです。どうやらママにとってハムハムのあのとげとげしさは一種の愛嬌になっているようで、チコちゃんは、「ママ! ハムハムにだまされないでよ! だって、ハムハムってすごく悪いんだよ!」と、ついに叫び出します。

 ママは、

 「けど、ママも小さいときには悪い子だったけどなあー」

 「ママは大人だからいいの!」

 「じゃあハムハムは?」

 「ダメなの!」

 チコちゃんのママは思わず、くすっと笑ってしまいましたが、チコちゃんからしてみれば非常に真剣な、それもさしせまった問題なのです。だって、あのハムハムがもし人間になったら、ハムハムと同じ部屋で寝なくてはいけないでしょう? それはチコちゃんにとってかなり嫌なことです。それでは、ハムハムがチコちゃんのママや(!)、パパと一緒に眠るのはどうでしょう? それも嫌ッ! チコちゃんは涙ながらにママに訴えました。しかしママの意見は案外的を得ているのか、あっさりしたものでした。

 「ハムハムが人間になったら、そうね、まず自立してもらわなくちゃね。つまり、このうちから出て行ってもらいます」

 「ホント? ママ?」

 「ホントよ、智子」

 チコちゃんは思わず飛びあがりました。それでこそママです。いつもの公平な、あのチコちゃんのママです。まさにこれぞ名判官と呼ぶべきでしょう。さっすがチコちゃんママ! やっるうー!

 この判決にいちばん不服な顔を見せたのが、だれあろう、ハムハムでした。ハムハムは強硬的な態度にでました。「おいら、この家にずっといるもんな」ハムハムは今や自分の家となったピンクの家――ハムハムはピンクのケージを間借りしているのです――に、いつまでも居すわる宣言をしました。

 「でも、いつかはハムハムも人間になって、ここから出ていってもらわないとこまるよ」

 チコちゃんは至極まっとうなことをハムハムにいいました。

 「だったらおいら人間になんかなりたくない! このままずっとハムハムだ!」

 「ハムハムー、おまえ、はずかしくないのかー?」それからハムハムはブスッとして、ケージについている車輪をまわし始めました。この輪っかを走ると、ダイエットになるからでしょう。でもハムハムは、今日はヒマワリの種を二つしか食べていません。そのことにチコちゃんは気づきました。「ハムハム、おなかすかないの?」

 「チコがうめえもんくれねえからな」

 チコちゃんはそれを無視して、「ピンクー、いま、カシューナッツあげるね」とピンクにカシューナッツをあげようとしました。ですが、ピンクはどうやら、新聞紙を口いっぱいに入れる遊びをしているようでした。よく見ていないと新聞紙を口につめこむくせが、ピンクにはあるようです。すると、

 「何でそいつにあげるんだよっ」とうぜんのように、ハムハムは怒ります。

 「態度が悪いからだよ。ハムハムの」チコちゃんはいいました。「ピンクいまあげるね」チコちゃんにも、もうそろそろハムハムのあつかい方が分かってきた頃でした。そうなるとこの、『ハムハムをどう怒らせるか』という一種の競技に、チコちゃんはとりつかれ始め、一度はじめると、なかなかやめることができません。おそらく『ハムハム怒らせ選手権』というものがあれば、チコちゃんはなかなか上位に食い込めることでしょう。この競技が一番苦手なのがチコちゃんのパパです。パパはハムハムとはどうも馬が合いません。たぶん、チコちゃんのパパはいい人過ぎるのでしょう。ハムハムにいつも簡単に言いくるめられて、はいお終い、競技終了、といった感じでした。それでも一家の長としてのパパに、ある程度は敬意を払ってくれているらしく、やっつけ方にはパパのメンツがつぶれないよう、気を払ってくれます。こうした心配りができる点が、ハムハムの『かわいさ』なのでしょう。そしてついに、ピンクが本格的に言葉をおぼえる、『かわいさ』100点台に到達したのです!


     *


 ハムハムとチコちゃんはピンクがしゃべり出すその瞬間を、ケージの前でいまかいまかと待ち構え、そして、ついにとらえました。ピンクは一瞬、あかく発光したかと思うと、体がふくらんでいき、次の瞬間「プスッ」と、音を立ててしぼんでいきました。「ピンク、どうなっちゃったの?」チコちゃんはハムハムに聞きます。「失敗? 成功?」

 「コイツしくじったぜ」ハムハムはいいました。「脳がたえ切れなかったんだ。それではじけた」

 「なんでふくらんだの?」

 「言葉には質量があるからさ」

 「シツリョウって?」チコちゃんはピンクに訊きかえしました。「よくわかんないよ」

 ハムハムがピンクに近づき、その短い足で、さわってつんつんしました。ピンクはピクリとも動きません。「コイツ、死んでんのかな?」そうハムハムがいった、その次の瞬間、ピンクは口から新聞紙をはき出すと、

 「死ぬかと思ったぜ! いやあー、マジ死ぬかと思ったぜ!」と、いいました。

 それはチコちゃんの夢が一つくずれた瞬間でした。

(ピ、ピンクもかわいくなかった……)

 チコちゃんはピンクの口調にショックを受けましたが、仲間ができてよろこんでいるのが、なに隠そうハムハムでした。ハムハムはしゃべるようになったピンクに声をかけると、

 「ヨオ、兄弟」

と、いいました。

 「ダメーー!」チコちゃんは突然大きな声を出しました。一階からチコちゃんママの「どうしたの、智子?」という声が届いてきます。「ハムハムは、ピンクと話しちゃダメなの!」

 「なんか言ってるぜ」

 「ハムハムはピンクに悪いえいきょうを与えるから、話しちゃダメなの!」

 「それ、いいじゃん」

 ハムハムがそういうと、ピンクもその言葉に和しました。「ンあ? 別にいいじゃんな」

 「ほら、もうハムハム語がうつった!」

 しかしピンクとハムハムがあまりに仲良さそうに話しているのを見ると、チコちゃんももうおこる気はしなくなり、ハムハムに只野先生との約束のことを話し出しました。ピンクはその話を聞いておらず、ハムハムもどこか上の空です。チコちゃんは自分の居場所が失われたように感じました。「ここ、わたしの部屋なんだよ!」。それに気づくと、チコちゃんはすこし腹の立つ気分になってきました。チコちゃんはいいます。「のけ者にしないでよ!」

 「じゃあチコもこっちきて座れよ」

 チコちゃんはハムハムとピンクと一緒に、机の前でまるく座を囲みました。

 「それで保健室の只野先生がね、ハムハムに会いたいっていうの。ハムハム、だから、明日、学校にいこ?」

 「おれはどうなるんだよー。おいてけぼりかよー。うんっ?」ピンクがチコちゃんにいいました。どうやら明日のことを尋ねているようです。「どうなんだよー」

 「一人で留守番やで」ハムハムがすかさず言います。

 すると、ピンクがごね始めました。曰く、一人ではさみしくてさみしくて、ごはんが喉を通らない、だの。あんまさみしくさせると、おれ、死んじゃうんだぜ、だの。ピンクは御託をならべ始めます。チコちゃんはピンクがあんましうるさいので、一緒に連れていこうかとも思ったのですが、二匹も学校へよくわからないいきものをもち込んだら、先生から何をいわれるか、分かったものではないので、ピンクを何とか言いくるめて、明日、おうちで留守番させることを約束させました。


     *


 「この子がハムハムなのね。ふうーん」只野先生は興味のありそうな口調で、ハムハムにいいました。「ホントにしゃべるのかしら? ハムハム」

 「うっせえな」

 ハムハムは、今日は朝早く起こされたので、どこか不機嫌です。一日九時間眠らせるようにとペットショップのお兄さんからは言われていますが、寝不足だからと言って、怪物に化けたりはしないでしょう。ただちょっと、ハムハムの機嫌が悪くなるだけです。けれどそのちょっとで、只野先生を怒らせはしないか、悪い印象をあたえたりはしないかと、チコちゃんは気が気ではありません。けれど只野先生は、ハムハムのような小動物のいうことなどに一々腹を立てるほど、子どもではありませんでした。むしろ、ハムハムがちゃんとした知性をもっていることに驚愕し、

 「すごい、しゃべった!」

と、子どものようにはしゃぎます。

 「トーゼンダろ。ババア、ナッツくれよ」

 ハムハムの口から「ババア」が出ました。チコちゃんは青ざめます。「ハムハム! そんないいかた良くないよ! 只野先生は、先生なんだよ!」

 「しってら」

 しかしそんなハムハムにも、只野先生は大人の対応です。事前に用意していたカシューナッツの袋を保健室の机の引き出しからとりだすと、袋をピッとやぶき、「まっててねー、いま用意するから!」といいながら、机に小さなお皿を乗せると「ナッツ、何個がいい?」とハムハムにたずねます。

 「二十個は食うぜ。はよはよ」ハムハムは無遠慮にいいました。「はよせんかい」

 「ハムハム!」

 「いいのよいいのよ」只野先生はいいます。「ハムハムってさ、なんか、まるで、うちにいる彼みたい」

 「だれ、そいつ?」

 「うちで――ハムハムみたいに飼ってるんだけどね、彼は働かないのよ。全部私に丸投げして『あれしろ。これしろ』っていうばかりなの。ね、どうしようもない人でしょ?」

 それに対するハムハムのコメントは次の通りでした。

 「ショーもない話だな。別れろよ。ンな男」


     *


 それからチコちゃんはハムハムを連れて、保健室を出て行きました。只野先生がちょっと一人になりたいといったからです。チコちゃんには、只野先生の気持ちが、痛いほどわかります。ハムハムのことを本当のおバカさんだと思いました。ハムハムはいいました。「おいらみたいな奴とつるむなんて馬鹿だな。おいら以上だぜよ」

 「ハムハム! そんないいかたってないよ!」

 ハムハムは形勢が不利と見るや、チコちゃんの手から逃げ出して、脱兎のごとく、どこかへ行ってしまいました。おそらく家に帰ったのでしょう。じっさい、チコちゃんが自分の部屋に戻ると、そこで横になって日なたぼっこをしているハムハムと出会いました。「たべて寝てばかりで、ハムハム太るよ」チコちゃんはいいました。「ピンクは運動してるんだよ。いっしょに輪っか、まわしたらいいのに」

 「あれ一匹用だよ」

 「だったら、交代でまわしたらいいじゃん」

 「つかれるよ。おいら、つかれんのは嫌だな。チコがまわせよ」

 ピンクが輪っかをまわしながら叫びます。「兄貴ー! いっしょにやりましょうよ!」。ですが、ハムハムはそちらをちらりと見ると、「NO」といってすぐゴロンとなってしまいました。「おいらたちはふかふかのモフモフの方がかわいいんだぜ。やせてたら、魅力減なんだよ、わかるかピンク?」

 「言いわけせずにまわせよーハムハムー」チコちゃんはプリッと怒っていいました。ハムハムはいうことを聞こうとしません。チコちゃんは仕方なく、ピンクが輪っかをまわすのをそれからずっと眺めていました。その間、チコちゃんは微動だにしません。輪っかの回転が1000を超えたころ、とつぜん、ハムハムの調子が悪くなりだしました。「ハラがいてえー。いてえよーチコー」

 「えっ、どうしたのハムハム?」その声に、ピンクも輪っかをまわすのを止め、一緒になってハムハムに駆け寄ります。ハムハムはおなかを小さな手で押さえ、何だか具合がわるそうです。チコちゃんといっしょにピンクも声をかけるのですが、こんな時用の、いい言葉が見つからないようで、ピンクはそれから言葉につまってしまいました。

 「お、おなかがいてえんだ」

 「大丈夫! お医者さんいかなきゃ!」

 するとハムハムは「医者は嫌だ」などといいます。チコちゃんはついに、堪忍袋の緒を切ってしまいました。「だめだめ! お医者さんにいかなきゃダメ! いい⁈ これから行くからね!」


     *


 その日の晩、チコちゃんはパパと一緒にまだひらいているどうぶつ病院を片っぱしから回って行ったのですが、どの病院でも、このよくわからないいきものについての治療法を知っているという所はありませんでした。それから最後の望みをかけ、紺野どうぶつ病院という、小さなどうぶつ病院にチコちゃんとパパは入りました。この病院で、この市のどうぶつ病院はすべてでした。すると神に願いがつうじたのか、どうぶつ病院の紺野院長はスマホをとりだすと、ハムハムのQRコードで、ハムハムを調べはじめました。ハムハムの『かわいさ』は300には達していないようです。どうやらハムハムはまだ、繭になるという訳ではないようです。お医者さまはQRコードから読みとったデータを読み上げました。それからいいました。「こりゃあ、製造元に問い合わせてみるしかなさそうですね」

 「ハムハムの製造元って、そんなのがあるんですか?」チコちゃんのパパは不思議な顔をしました。だってハムハムはいきものですよ。どうやって作るというのでしょう? ですがハムハムにはちゃんとした製造元がありました。どうやらシャーマン博士という人が、個人で作っているようです。「じゃあ、そのシャーマン博士とは、どうやったら連絡が取れるんですか?」

 お医者さまはQRコードから読みとった、シャーマン博士の住所を二人にいいました。

 「お忙しい方ですよ」

 お医者様はいいました。

 チコちゃんとパパは、それから紺野どうぶつ病院を出ました。冬の風が町じゅうを吹きわたっています。すでに秋は終わり、チコちゃんとパパは厚着を着ていました。チコちゃんは首から赤いマフラーを巻き、手には手袋をはめています。「パパ、そこ遠いの?」

 「うん、すっごく遠い」パパは残念そうに言いました。「シャーマン博士がおられるのは日本じゃないんだ」

 「じゃあ、ハムハム、治らないの?」

 「わからない。でも、やれるだけのことはやってみよう」

 自宅に戻ると、ピンクがハムハムの容体をチコちゃんから聞きだそうとしました。チコちゃんは何も隠すことはないので、それをピンクに伝えてやりました。ピンクは驚き、

 「兄貴」

と一言いうと、それきり黙ってしまいました。しかしその態度を良しとしなかったのが、ハムハムです。ハムハムはピンクに「湿っぽくなるからヤメロ」といい、

 「殺すんじゃねえコノヤロー」

と、いいました。ハムハムが眠ったあと、こっそりおなかのQRコードでシャーマン博士の住所を調べると、チコちゃんはシャーマン博士あてに手紙をかきました。机から、一番お気に入りのキャラクターの便箋をとりだすと、それにさらさらと達筆な字で(というのも、チコちゃんはお習字を習っているからです)、シャーマン博士あての文章を書いていきました。ひょっとしたら、シャーマン博士は外国のひとなのかもという思いも、一瞬、チコちゃんの頭に浮かびましたが、もうこうなったら流れに任せるしかありません。

 チコちゃんはハムハムにやさしく声をかけると、それから団地の傍にあるちいさなポストに手紙を投函しに行きました。封筒はポストの中にストッと落ち、チコちゃんは思いがシャーマン博士につたわるよう、ポストの前で「パン!」と手をあわせ、何か、おおきなものに祈ったのです。ほどなくして、チコちゃんのおうちに一通の書状が届きました。書状は大きな額に入っていて、見るからに豪華です。ハムハムはケージでぐったりしています。チコちゃんは藁にもすがる思いで、その袋を開きました。


拝啓 前田智子殿

 シャーマン博士は目下研究に忙しく、そちらまで向かうことができません。シャーマンラボまでの交通手段を当方で用意しておきましたので、そちらに乗って、いつでも、どうぞお越しください。前田殿を歓迎致す所存です。H 


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