表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

嘘から出た現実

作者: ドル猫

 まず初めに、この小説を読もうと思って閲覧してくれてありがとうございます。本作品は今年の暑い夏を少しでも涼んでくれたらなと思って執筆いたしました。

 短編小説となっております故、一話完結で『カラスはなぜなくの』とも違い、続編も出す予定はありません。前置きが長くなりましたが、それでは、ごゆっくりと嘘の世界をお楽しみください。

 ──俺の名前は藤生(ふじい)(うつろ)、都内の文系私立大学に通う一浪の二年生だ。そんな俺の趣味が()()だ。


「なあ、知ってるか?国条先輩の彼女、妊娠したらしいぜ」


「えっ?マジ?確か先輩の彼女、まだ16歳だったよな?」


 大学の廊下で背後から携帯電話を片手に歩いている友人に声を掛けた。


「おう、マジマジ!」


「んじゃ、先輩これからどうすんの?大学辞めるのか?」


「さあ、まだ分からないけど……」


「俺、先輩に聞いてくる!!」


 携帯電話をズボンのポケットに仕舞い、廊下を走り始めた。


「おい待てっ!!──嘘だ。嘘に決まってるだろ」


 その様子に慌てて藤生が友人の前に出て静止させた。


「えっ?嘘?」


「ああ嘘だ。先輩の彼女が妊娠なんてしてねえよ」


 藤井は袖で額の汗を拭き取り、友人を止められた事に一息吐いた。もしも、この嘘が国条に伝われば何をされるか分からないし、下手をすれば殺されかねない。


「なんだ嘘か…。虚、お前の虚偽の発言は謹んでくれよ…」


「悪かったって。昼飯奢るから許してくれ」


 ──そう、これが俺の趣味、『嘘』を吐く事だ。嘘はな、この変わらない日常を面白くする事が出来るんだ。人を揶揄えるし、上手くいけば、人の行動をコントロールする事も可能だ。こんな面白いこと、この世の他にあるか。否、無い。


「しょうがないなぁ」


 ──此奴(こいつ)の名前は森田(もりた)(しげる)。俺と同じサークルに所属している大学三年生だ。歳は同じなんだが、俺が浪人した所為で最近は話が合わなくなったりもしている。それでも、俺の友人と言うことに変わりはない。


「お前はお前で俺の嘘に騙されすぎだ。そんなんじゃ、就活で苦労するぞ」


「うっ、就活…」


 就活と言う、人間が生きる上で欠かせない面倒くさいイベントを一年遅延出来たから、結果オーライだと虚は思っている。


「その分、俺はもう一年遊べるんだ。羨ましいだろ?」


「全然羨ましくないよ。寧ろ、そう言うのって就活に不利って聞くよ」


「まあ……そうだろうな」


 虚は苦笑いをして現実逃避をした。


「それよりも、お前今日バイトじゃないのか?」


「えっ?」


 虚は携帯電話を取り出し、電源ボタンを押して起動させる。すると、真っ暗な画面が明るくなり、映し出されたのは15と40の数字。


「やべっ!後20分でバイトだ!!」


「大丈夫なのか?バイト先まで4駅くらいあるだろ?」


「だっ、だだだだ大丈夫だ!ダッシュで行けばどうにかなる!」


 無論、これも嘘だ。口から出たデマ枷と言うべきか、日常的に嘘を吐いている虚にとって、口と身体が嘘を自動的に出してしまっている。


(やべえやべえ!──やばいっ!!)


「大丈夫かな?」


 絶対にあれは間に合わないなと思いながら、虚が廊下の突き当たりを曲がったところで、茂も帰ろうと思った時である。


 ツ── ツ── ツ── ツ──


「ん?」


 唐突にポケットの中の携帯からマナーモード中の震えるバイブル音が鳴った。


「電話?」


 ポケットから携帯を取り出し、いきなりの電話に画面に写されている着信相手を確認する。


「──え?先輩?」


△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


「はあ…はあ…、間に合った……」


 運良く、コンビニに置いてあったレンタル出来る自転車を見つけたおかげで虚はどうにかバイト先の町中華屋『孔雀』まで辿り着いた。

 虚は直ぐに汗だくになったシャツを脱ぎ、ロッカーに入れておいた予備のポロシャツに着替えると、バイトに支給されるエプロンの紐を背中で結んだ。


「すんません遅れました!」


「虚!遅いヨ!直ぐにキッチンに入っテ!」


「はい!」


 虚は店長に言われるがままにキッチンに入り、在庫の確認を始める。幸いにもこの時間は客の入りが少ない為、落ち着いてやれば息を整えられる時間も確保出来る。


 だが、そうは問屋が卸さない。


「虚!麻婆豆腐激辛!炒飯大盛りに杏仁豆腐ネ!」


「はいよぉ!」


「エビチリ定食二つとニラレバ定食一つ!」


「あいよぉ!」


「ワカメラーメンともやしのナムル!小鉢ヨ!」


「はっ?はぃぃ!!」


 ランチタイムでもディナータイムでもないのに度重なる注文に虚の負担は臨界点を越えようとしていた。


(こんな店、無くなっちまえばいいのに)


 ふと、声にも出さないで心の中で叫んだ言葉には五割の誠と五割の嘘が含まれていた。

 この店は、ディナータイムとランチタイムこそ客が多くなる傾向があるものの、その分給料も他のチェーン店より高い。店主が太っ腹だからだ。しかし、給料目当てで入った虚は今回の予想外の大量の来客に身体が追い付かなかった。その結果、自分が辞めたいと言い出したいが、言えない。だけど、給料の良さはこれ以上無いだろうと言う葛藤からこんな嘘を思い付いてしまった。


「春巻き追加ヨッ!!」


△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 〜バイトを開始して六時間 午後18時〜


「お疲れアルよ。またよろしくネ」


 2時間程の残業をして、駐輪場に停めた自転車の鍵穴を右に回し、“ガチャン”と言う音と同時に立てていたスタンドを下ろし、サドルに跨って帰路についた。


「くそっ、あの店長め……。ニ時間も残業させやがって。──よし」


 この苛立ちをどうにか収めたい。そう思って、家まで十キロメートル程ある道則を近所のレンタル自転車を返却出来るコンビニまで自転車で走ろうとペダルを思い切り踏んだ。

 その途端、電力が車体全体に回路し、独特な機械音と共にスピードを上げた。


「ひゃっほぉぉぉぉぉう」


 下り坂を一気に駆け降り、人通りの少ない土手へと進行方向を変えた。


「こっちの方が事故る心配もないしな」


 そうして、真っ直ぐに伸びた一本道をトップスピードで駆け抜け、額にてら付く疲れの汗を拭った。


* * * * *


「ただまー」


 疲労が目に見えるとはこの事なのだろうか、コンビニにレンタル自転車を返した後、鞭を打ちながら動かした身体には限界と呼ぶに相応しいくらいの足取りであった。


「もう二日くらい寝たい…」


 荷物を廊下に放り投げ、自分の部屋へと一直線に向かう。

 部屋に着くと、他には目もくれずベッドへとダイブした。


「ああ──」


 このまま寝てしまおうか、そんな人の三代欲求が脳裏に()ぎる、


「いや、その前に」


 しかし、虚は足を振り上げ胡座になると、自分の腕を見た。


「──うわぁぁ」


 忘れるところだった。この汗まみれの身体に眠りについたらどうなるか、少し考えれば分かることだ。布団はダニが繁殖し、風邪を引く。そうなると布団を洗う必要が出てくる。


「危ない危ない、先ずは風呂だな」


 虚は咄嗟の判断でベッドから降り、自分の部屋のドアを開け、風呂場へと向かおうとした時。


「あ」


 廊下の隅に放り投げた鞄が力無く倒れていた。


「風呂の前に片付けないと」


 鞄を持ち上げ、部屋に置くために中に入っている水筒と携帯電話を取り出した。


「──ん?」


 バイト中はマナーモードにしていた為気付かなかったが、携帯電話を手に取ってみると何故か妙に熱くなっている事に気が付いた。

 気になって携帯電話を見てみると、森田から40件以上の着信履歴があった。


「森田?」


 こんなに電話を掛けるとは何か只事ではない事が起きたに違いないと虚の勘が叫ぶ。試しに折り返しの電話を繋げてみると、直ぐに森田が出た。


「あっ!虚か!?」


「あっ、ああそうだが…。どうしたんだよ、あんなに電話掛けてきて」


「……いや、お前の言う通りだったから驚いてよ……。あれ、嘘じゃなかったんだな」


 何を言っているのか分からない。森田がここまで焦るとはそれこそ緊急の用なのだろうが、その口調は何処か冷静だった。


「あれ?あれってなんだよ?」


「忘れたのか?先輩の彼女が妊娠したってヤツだよ。まさか本当だったとはな」


「──え?」


 電話越しでも分かる。会話の節々で森田は笑っている。確かに、第三者からすればこれは面白可笑しい状況だ。しかし、虚はどうもそんな気分ではいられない。


「それ、本当か?」


「──ん?本当だけど」


「いや……、そんな嘘吐かなくても……」


「──?嘘も何も、お前が言った事だろう?」


 森田の口調から嘘ではないのが分かる。森田が嘘を吐く時は電話越しでも分かるくらいに声が震える。それが無いのだ。


「……ああ、そうだな」


 確かに虚が行った事だ。それは間違いない。


(偶然だ…。偶然…)


 白々しく自分に言い聞かせるように奇跡的な確率で自分の嘘が本当になってしまったと思い込む事にした。


(そうだ……。そもそも、先輩の彼女が妊娠したのだって、無責任にゴム無しでヤッたからだ。俺は悪くない。そうだ、これは単なる偶然。俺は悪くない。──俺は悪くない)


「虚?」


「──あっ」


 珍しく長考してしまった。息を止め、無駄に考え込んでしまっていた。


「ああ、なんでもない……。そろそろ、切っていいか?」


「うん、分かった。じゃっ、また明日ね」


「……ああ」


 電話を切ると、そのまま電源ボタンを強く押し、携帯電話の電話の電源を切ってしまった。


「国条先輩の彼女、本当に妊娠していたなんて……」


 疲労と予想外の急報の所為で風呂場でも身体が休まった気がしなかった。適当にいった嘘が本当になるなんて思ってもみなかったと言えば嘘ではないが、この世には『言霊』等、言った事が本当になるという言葉もあるくらいだ。嘘が本当に昇華したとしても不思議に満ち溢れている世の中では、なんら可笑しくないことだ。


「……まさか…な…」


 虚はシャワーのお湯を止め、この事を忘れようとした。


△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 次の日、虚は大学を休み、国条に事実確認をしようとお昼頃に電話を掛けた。


「………出ないな」


 しかし、国条が電話に出ることなく、一時間程返信を待っても国条から折り返しの電話が来る事はなかった。


「しゃあない。散歩でも行くか」


 必修の科目がある日ではないとは言え、大学をサボったには何か時間を有効活用しないと気が休まらないと思い、財布と携帯電話をショルダーバッグに入れ、マンションを出た。


「……何処行こうか」


 季節は初夏。まだ本格的は暑さが日常には成るまでは日が遠いが、少し歩けば額に汗をかくくらいには陽光が地上を照らしている。


「映画……いや、偶には海の方にも行ってみるか。水着の姉ちゃんもいるかもしれないし」


 目的地を海に決め、駐輪場まで駆け足で階段を下りると、その足で自転車のペダルを漕ぐ。

 海風が吹く方向へと自転車を漕ぐこと30分。国土交通省の立てた距離表(キロポスト)を目安に河川を下って行くと、少しずつ岸川にテトラが増えてきた。そう、気付いた時には海へと辿り着いていたのだ。


「すぅぅぅぅぅぅ」


 自転車から下りると、鼻から息を大きく吸い、それを全て肺に入れた。そして────


「海だァァァァァァァァァァァァ!!!」


 平日の昼下がり、周りに人がいないことをいい事に大声で海へ来たことへの喜びを叫んだ。


「──はぁ」


 これで少しは気が紛れただろうか。爽やかな暑さと塩の香りに抱えている事が解消されている事を願いたいものだ。


「海パンも釣竿もないが、海に来たからには浜辺に行かないとな」


 そこそこ汚い海を横目に虚は浜辺に向かって自転車を漕いだ。途中、自動販売機でポカリを買って、水分補給をしながら河口から離れた浜辺へと進む。


* * * * *


「……誰もいない」


 浜辺には着いた。だが、平日の昼と言うこともあって、人っ子一人として人間がいない。それもそうだ。虚が来たのは東京湾である。この海では工業汚染された水や物質が海中に漂ってる為、進んでこの海で泳ぐ人間は存在しない。これは誰もが知ってる周知の事実だ。


「水着の姉ちゃんもいねえし、何のためにここまで来たんだ……」


 顔を上に向けてみると、真夏の太陽が輝きながら虚を照らす。その輝きと暑さを憎たらしいと感じながらも、物に奴当たる事はせず、舌打ちを一回だけして自転車のペダルを再び漕ぎ始めた。


「帰ろう……」


 来た道を戻り、行きの時間の約1.5倍の時間を掛けてマンションの近所まで戻った。


(なんか冷めちゃったな)


 途中から自転車を押しながら歩き、マンションの駐輪場に自転車を停めた。


「今からでもやってる映画あるかな〜」


 自転車に鍵を掛けた後、外階段の段差に座り、携帯電話を取り出して映画館のサイトを開いた。すると、突然携帯電話の画面が暗転した。

 電話が掛かってきたのだ。


「この番号、森田……じゃないよな」


 見覚えはあるが、掛けたこともない電話番号が画面に映し出されている。


「はい、もしもし」


「あっ……もしもし藤井くんかい?」


(この声、──店長?)


 携帯電話のスピーカーから聞こえてくる機会音声は空のバイト先である中華屋の店長と似ている。いや、同じだ。


「店長ですか?」


「うん。……電話越しで伝えることじゃないけど、店、閉めることにしたから」


「……ふんふん、──はぁ!?」


 急にも程がある。店長から伝えられたのは、昨日まで働いていたバイト先が無くなるという内容だった。


「いやいや、どう言うことですか!?店を閉めるって、──えっ!?」


「言った通りだヨ。国からいきなり帰ってこいって言われてネ、残念だけど、営業が続けられなくなった」


 店長の声は心無しか、いつもの力強い威圧感は感じられず、生き甲斐を失った蝉の抜け殻と言っても差し支えない状態というのが機会音声の声だけでも分かった。


「……色付けて今月分のお給料は振り込んでおくから。それじゃあ、こんなんで悪いけど、もう電話切るヨ……」


 ツ── ツ── ツ── ツ──


「──!!」


 無情にも電話は切られ、此処は現実なのかと疑うような静寂した空気が虚を包んだ。


 ──こんな店、無くなっちまえばいいのに。


「……あ」


 身体を猫背にし、頭を抱える。


「まさか、これも?いや、そんな筈はないだろ」


 声が震える。硬くなった顔で苦笑いし、階段を上がり、自分の部屋へと転がり込む。


「う……嘘だ。まさか、俺があんな店なんて無くなればいいって思ったから?いや、先輩のことと言い、唯の偶然だろ。なあ?」


 壁に向かって言葉を投げかける。勿論、壁から返答はこない。


「そうだ。これは夢なんだ。きっと……」


 強い力で頬をつね、左腕にシッペをした。


「……痛い」


 痛覚がある。現実だ。


「いや、寝れば元通りになってる筈だ」


 現実だと理解しながらも、一縷の望みに賭け、ベッドの上で横になる。きっと、現実味のある悪い夢を見ているのだと、もしくは、出来の良いシュミレーションゲームをしているのだと自分に言い聞かせて。


* * * * *


 〜次の日〜


 朝起きて直ぐ、虚は洗面所で顔を洗い、朝食を作り始めた。


「あら虚、あんたが朝ご飯作るなんて珍しいじゃない」


「あ、ああ。偶にはな」


 時間は早朝五時。日が昇り始め、丁度蝉が鳴き始める時間帯だ。虚の母親も普段ならもう少し遅く起きるのだが、水道から水が出る音やコンロの火を付ける音等で目が覚めたようだ。


(全然眠れなかった…)


 その後、朝食を食べ終え、部屋で今日の講義の予習をして大学へ向かった。

 道中、バイト先の中華屋に寄ったが、インターホンを押しても店長が出てくることはなく、暖簾も下ろされていたのと、シャッターに貼ってある閉店の内容が書き記された張り紙を見ると、本当に昨日の電話の内容が現実なのだと思う他なかった。


「はぁ…」


 溜め息を吐き、行き場のないこの気持ちを何かに発散をしてしまいたいと誰かに話したいと思っていた。すると──


「やっ、おっはよー」


 背後からやって来た女性が虚の背中を強く叩き、顔を覗いてきた。


「おー、はよー」


「どしたの?元気ないね」


「…まぁな」


 彼女の名は(ひいらぎ)玲奈(れな)。虚が大学に入ってから初めて参加した合コンで出会い、成り行きで付き合うことになった女性である。


「おうおうどうしたの?昨日も講義来なかったし、虚らしくないよ」


「……いや、それがさ、最近悩み事があって」


「悩み事?どしたん?優しい彼女が聞いてあげるよ〜」


 気さくに接してくれる玲奈に多少の鬱陶しさを感じながらも、丁度良い話し相手が来てくれたことに心の拠り所を見つけた。


「なら話すけど、実は──」


△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼


 講義の前、虚は玲奈に全てを話した。自分の嘘が本当になってしまう事、それによって自分以外の人間がその嘘に巻き込まれ、不幸になっしまう事を全て話した。心の内を全て明かしたのだ。


「──と言う訳なんだ。信じろって言う方が難しいことは分かってる。でも、どれも本当に起こった事なんだ。俺の嘘が本当になって現実に現れるんだ!」


「ふむふむ、なるほどなるほど。分かったよ〜」


 真剣になって話す虚を軽くあしらい、右手をプラプラとさせながら玲奈は笑っている。


「……バカバカしい話だとは思うけど、もう少しは親身になって聞いてくれても」


「玲奈は至って真面目に聞いてるよ。だけどさぁ、そんな悩む必要はないと思うんだよねぇ〜」


「え?」


「いやだってさ、嘘が本当になるんだったら、その力を使って色んな事が出来るじゃん。例えば、そうだなぁ、今日の講義、教授が遅刻しないとかなんとか嘘を吐いたことにすれば、教授が遅刻して、面倒臭い講義を受けなくて済むようになって皆ハッピーだし、使い方によっては便利にもなるじゃん?」


 虚の悩みとは裏腹に、能天気に虚の力の有用性と利便性を口説く。


「お前……」


 玲奈の肩を掴み、目と目を合わせる。


「天才か?」


「そっ、あたし天才」


 天狗の鼻が伸びた。


* * * * *


「──っても、どうするかなぁ?」


 大学の講義を全て受けた後、マンションに戻って自分の部屋に篭り、まだ完全に自覚が出来ていない自分の力をどう使えばいいか迷っていた。


「嘘が本当になってそれが現実になって現れる。うぅわ、改めて言葉に出すとややこしいな。なんか、同じ体験したことある奴がいないかネットで聞いてみるか」


 悩んでいても仕方がない。そう思い、虚は机の上に置いてあるパソコンを起動させ、ネット掲示板のアプリを開いた。


「さて、『なんか、嘘が本当になるんだけど、同じような体験したことある奴いる?』でスレッド立て」


 手早く文字入力をした後、enter keyを強く叩き、ネット掲示板にスレッドを立てた。


「おっ、早速来てるな」


 1 以降名無しでお送りします

 こんな体験したことある奴いる?


 2 以降名無しでお送りします

 デジャブって言うのかな?ワイは夢で見たことが本当になったことはある。


 3 以降名無しでお送りします

 釣り乙


 4 以降名無しでお送りします

 >>3 まあまあ、話くらいきこうや。>>1、ID付きでなんかあったか教えてくれんか?


 5 ID ○×△xxy

 1です。自分でもよう分からんけど、最近になって自分の就いた嘘が本当になって現実に現れてしまうんや。


 6 以降名無しでお送りします

 >>5 その話本当か?


 7 ID ○×△xxy

 本当や


 8 以降名無しでお送りします

 本当なら凄いやん。そんな力あれば、億万長者どころか世界支配できるんちゃう?


 9 以降名無しでお送りします

 本当なら凄いな。本当なら。


 10 以降名無しでお送りします

 今北産業


 11 以降名無しでお送りします

 イッチが

 嘘で

 世界征服


「あんまり手応えないな……」


 スレッドの伸び具合の手応えと、この嘘が本当になって現実に現れてしまうこの力についての手応えは一切と言っていい程なかった。


「……ん?」


 半ば諦めてパソコンを閉じようとした時である。画面の下にある宝くじの広告が目に入った。

 その広告をクリックし、リンク先のサイトへと飛ぶ。


「もしも、この力が本物なら……」


 欲望に塗れた考えと共にオンラインくじの購入ボタンを押す。虚は俗物になったのかもしれない。


「……まあ、宝くじなんて簡単に当たる訳がないよな。……………………………嘘だけど」


 そう声に出してスクラッチ式のくじをマウスを使って剥がす。


「……嘘だろ」


 するとどうした事か、なんと、一等の絵柄が三つ揃った。


「300万……たったこれだけで300万………?」


 チカチカと光る当選の文字が眩しくも暗く見える。


「えーと……、この画面が表示された方はお近くの銀行まで……?」


* * * * *


 銀行のとある一室、空調が効いた部屋で係の者に書類数枚と一冊の本が手渡された。


「──はい、これで手続きは終わりです。当選金は当日中にお振込みしておきます」


「……はい」


 放心状態になりながらも、虚は当選金の交換を行い、見事大金を手に入れた。


「本当に入ってる……」


 最寄りのATMを確認し、自分の口座に大金が振り込まれているのを確認した。


「この力、本物なんだな」


 それから、虚はこの力を自由に使った。今回のスクラッチ以上の金額の宝くじを買い、嫌いな芸能人を炎上させ、大学で気に入らない者がいれば、ありもしない嘘を本当にして、退学まで追い込んだ。


 そうして、短い夏が終わり、三ヶ月が過ぎた。


「ははははははははは!!いや〜、人生楽勝だな!!」


 嘘に嘘を重ねて生きていく内にいつの間にか友達と呼べる者はいなくなっていた。その代わり、巨万の富、名声、権力全てを得た。


「おい使用人、ロマネコンティを持ってこい!!」


 持て余した金で一人マンションから港区の一等地に引越し、使用人を雇った。

 大学も大金で教授を買収し、授業に出なくても単位が貰えるようになっていた。


「どうぞ」


 ボルドー色の液体が注がれたグラスをお盆に乗せ、雇った使用人が虚の座っている様々な宝石が施された椅子の隣にある焼鉄色の机の上に置いた。


「おうサンキュな」


 素気ない態度でロマネコンティを唇に付け、喉の奥を通した。


(あ──暇だなぁ)


 金を持ってしまっただけに虚は前にも増して傲慢になり、この力を自分にとって都合がいいように使っていると全てを手に入れたような気分になってしまい、今では世界のあらゆる景色が白黒に見えていた。


(そうだっ!)


 久しぶりにこの力を使おうと頭を捻り、何か良い考えがないか考えた結果、まともな精神では思い付かない事を思い付いてしまった。


「なあ使用人」


「はい」


「恐竜って絶滅したよな?」


「はい?」


「嘘だけど」


 瞬間、外から轟音が鳴り響く。


「おおぉぉ!!」


 体長30メートルを優に超す図鑑やテレビで見たことがあるような恐竜が窓の外からはっきりと見えた。

 更に、空には翼竜が何かを掴んで飛んでいた。


「凄ぇ!これが恐竜か!いや一度見てみたかったんだよ!」


 幼い頃からの夢であった本物の生きている恐竜を見ることが叶い、興奮を抑えられない。

 その高揚した気分のままに外に出ると、街中のあちこちからけたたましい数の恐竜の鳴き声が聞こえてくる。


「凄い……。凄すぎる!!」


 太古の地球が復活し、気分が最高潮になった虚の前に空から何かが降ってきた。


「──ん?おっと」


 それを間一髪で躱し、それが地面に落ちると、生肉を床に落とした時の音ともに赤い液体が周りに飛び散った。


「──え?」


 鼻につく鉄のような匂い、黒ずんだ皮が剥がれ、赤ピンク色の肉が視界の中に飛び込む。

 正体を確認する為に、それに恐る恐る近付き、腰を落として触ってみる。


「うわァァァァァァァァァ!!?」


 腰が抜け、地面に座り込む。谷間から何か暖かい液体が流れる。20歳にもなって失禁をした。

 だが、それもその筈。もう殆ど原型すらも留めてはいないが、親指の付け根のようなものが見えたのだ。そう、虚が触った物は人間の腕だったのである。


「おい使用人!!」


 助けを求め、自宅の方を振り向く。


「──あ」


 しかし、振り向いた先にいたのは使用人の胴体の肉に群がって食い千切る一メートルもない三匹の小型の恐竜だった。


「うっ、嘘だッッ!!!恐竜は絶滅していない!!嘘なんだよ!!」


 瞬間、周囲に眩い光が放たれ、恐竜達はその光と共に消えてしまった。

 辺りに残ったのは無惨にも赤黒く染まった肉片だけだった。


「はぁ…はぁ…」


 右手で頭を押さえ、三回の瞬きの後、嗚咽をして頭から右手を離す。


「……死んだ人間は戻らないのか」


 かつて使用人だった肉塊に近寄り、酷い臭いに吐き気を催しながらも見なかった事にして自宅の中に戻った。


「ニュースはどうなっているんだ?」


 僅か一分強だけの時間とは言え、世界中で恐竜が復活したのだ。被害も先程見た腕や使用人だけではないと言うのは想像に難くなかった。


「ん?あれ?」


 テレビをつけるためにリモコンの電源をボタンを押すが、画面は砂嵐だ。


「可笑しいな…。この時間に砂嵐なんて事は普通ないんだけど…」


 テレビの故障かと思い、レコーダーの方を見るが、青く点滅しているので、電源はついているのだ。

 不思議に思いながらも各局に切り替わるボタンを一つずつ押していくが、どれも反応がない。


「仕方ない。ラジオで聞くか」


 携帯電話の中に入っているラジオアプリを起動させ、どうにか繋がらないか試してみる。


 ジジッッ ガ── ガ──


「来たかっ?」


 久々の起動であった為、上手く付くか不安だったが、僅かながらに携帯電話のスピーカーから音声が聞こえてきた。


「──ザザッ、そ……報で……と………現れた謎の生物達の影響で日本中に尋常ではない被害が出ています。死者、行方不明者数共に不明。倒壊した建物、家屋の数も不明となっています。この事態に対応するため、政府は、諸外国に援助を────」


 ラジオからの音声が消えた。どうやら、電波が全くと言う程通じていないようだ。それもそうだ。東京タワーや東京スカイツリーを含めた大多数の電波塔は真っ先に崩壊している。


「……どうしよう」


 この事態を引き起こした張本人として、各地の被害を知らなくてはいけない。そう思い立ち、虚はSNSを開いて情報を得ようとしたが、生憎電波がない為に新しい情報は更新されていない。


「……くそっ!」


 ジッとしていても仕方がない。取り敢えず、近所の住宅街の様子を見ようと家を飛び出した。


「………は?」


 道路に出て先ず最初に目に入った物、それは頭だった。鼻から下がない人間の頭だった。


「──ヒッ!」


 足が動かない。


「おい!生き残りがいたぞ!!」


 足を震わせ、その場から動けないでいると遠くの方からヘルメットを被り、迷彩柄の服を着ている男が此方へ駆け寄って来た。


「大丈夫か君!?」


 アサルトライフルを背負っている。見た目からして、自衛隊のようだ。


「あっ……あ──」


「こりゃやられてんな。おい、意識はあるか?」


「あっ…あう…」


 虚から反応はない。


「──ちッ、駄目だ焦点が合わねぇ。仕方ない、少し手荒になるが……我慢しろよ。俺もそっちの気はないからな」


 虚の足を掬い上げ、背中から腹に腕を回してお姫様抱っこをした。


「急いで避難所まで連れて行くからな!」


 ここで虚の視界は闇に染まった。


* * * * *


「──しかし、まさか何億年も前の太古の生き物達が復活するなんて」


「日本だけじゃなく、世界でも同時に同じような事が起こったと」


「国も殆ど機能していない。由々しき事態だ」


「──ん?あ、あれ?」


 頭痛がする。寝起きだからか視界もボヤけている。


「──ッ…いってえ……」


 上半身を起こし、辺りを確認する。


「此処は?」


「おお!起きたか!」


 目が覚めると虚は前面に真っ白な壁がある部屋にあるベッドの上にいた。そして、横には眼鏡を掛けた白衣姿の老人と先程の自衛隊員がいた。


「まだ身体を動かさない方がいい。……此方の方は、陸上自衛隊第三中隊に所属している三上(みかみ)(あきら)伍長。私は、ここの診療所で院長をしている冨岡だ」


「はぁ…」


「それにしても君は運がいいな。港区だけでも千人以上死んだ。全く、一体全体何が起こっているのかと言うかね」


「………」


 冨岡が紙に何かを書きながら文句を言うように言葉を並べた。


「院長」


「おお、すまないね。無神経だった。……我々は席を外すが、まあ、暫くはゆっくりしていきなさい。緊急事態だから、金は取らんよ」


 そう言うと、三上と冨岡は部屋を出ていった。


(………千人以上、死んだのか)


 診療所の壁を八つ当たりで殴り、自分のしてしまった事に後悔の念が虚を蝕んでいた。


「……誰も俺がやったこととは知らないとは言え、どうやって」


 自分の所為で港区だけでも千人以上、全世界を含めれば、世界人口の半分以上が死んでいても可笑しくはない状況である。


「あっ……そうだ」


 頬が上がり、不気味な笑顔を作る。


「この力を使って、全て無かったことにすればいいんだ」


 子供じみた考えだ。だがそれは、使い方によっては吉とも出るし、凶がでるとも考えられる。もしも、これで元に戻らなかったら。


「鬼が出るか、(じゃ)が出るか……」


 その結果になったらもう諦めるしかない。もう開き直っていた。


「……さあ!神よ!この世の全てをあったことにしてくれ!何も戻さなくていいッ!嘘だけどなァ!!」


 心からの叫び。虚の表情は満面の笑みだった。


 光に包まれる。


 ──────────?


 何も聞こえない。鳥が飛ぶ空はあるが、風は吹かない。花を咲かす土はあっても、種はない。


「あれ?」


 虚の眼前に広がるのは何もない不毛な大地。虚以外の生き物は何もいない。先程まであった病室もなければ、倒壊した街もない。何もない。


 雲も草も木も川も海も水も機械も何も──


 なにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにもなにも


 ない。


「おーい、誰かいないかー?」


            嘘から出た現実(まこと) 完

 最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ