仕事
とある国のとある仕事現場。そこに二人の男が淡々と仕事をしていた。
「なぁ、この仕事おもしろいか?」
不意に、片方の男が愚痴をこぼし始める。それに反応したのかもう片方の、未だ淡々と仕事を続ける男は愚痴をこぼした男にちらりと目線をやるが、すぐに目線を戻し仕事を続ける。
「…仕事に私情を持ち込まないようにしている。それから、私語は慎め。仕事中だ」
ぶっきらぼうにそう告げられ愚痴をこぼした男はやれやれと言いたげに肩を竦める。
しばらく沈黙が続き、再び愚痴をこぼした男が再び口を開く。
「そういえば、聞いたか?最近革命軍が勢いづいているんだと。政府はそれの対応に手を焼いているそうだ」
黙々と仕事を続ける男はちらりと目線をやると、小さくため息をつく。
「その話か…。昨日も軍が動いたらしいが、焼け石に水らしいな」
そう答えるが、仕事をこなす手は止めない。まるでそういう機械のように淡々と仕事をこなす。
「俺にはわからんな。この国になんの不満があるのか…」
仕事をこなす手を止め薄暗い天井を見上げる。それに反応するように愚痴をこぼした男は「不満だらけさ」と卑屈そうに笑う。
「この国は腐ってるのさ。上層部は俺たち国民を支配してこうやって奴隷よろしく働かせてる。そうやって国内で作った製品を他国に安値で売って、売上のほとんどを上層部がかっさらってく。俺たち汗水垂らして働いてる奴らには残った雀の涙ほどの金しか回ってこない。これ以上の不満があるか?」
わざとらしく笑うと座っている椅子の背もたれに体重を預ける。接続部分がギギギと軋む。
「それがどうした?政府は俺たちに住む場所と食い物を与えてくれている。それに仕事もな。日用品も管理してくれるし、政府の管理下にある限り露頭に迷うことは絶対にないんだ。仕事内容や仕事量によって賃金が変化し、衣食住全てを自分で管理する某国よりかはマシさ。向こうじゃ職にあぶれて住む場所もなく、今日食う物にも困っている人間が山のようにいるらしいしな」
そう答えると目線を戻して再び仕事をこなし始める。その姿を見て、愚痴をこぼしていた男は大きくため息をついた。
「この国に住む誰も彼もがお前みたいな人間じゃないんだ。今の国民はただの奴隷となんら変わらない。俺たちはもっと自由にあるべきなんだ」
椅子から腰を浮かして熱弁するが、黙々と仕事をこなす男にその言葉は届かない。
「向こうの生活はいいらしいぜ?なにせ金さえありゃそれこそなんでも出来るらしいからな。旨い肉を食うこともバカでかい家を建てることも女を抱くことだって金さえありゃ出来る。それに比べて俺たちはどうだ?俺たちがやった仕事の売上のほとんどは国がほとんど持って行ってんるだぞ?それでもお前は不満じゃねぇってのかよ」
さすがに鬱陶しくなったのか、淡々と仕事をこなす手を止め愚痴をこぼす男に向き合う。その目にはおおよそ生気と呼べるこのは感じられず、文字通りこの国を動かす歯車となっているのが見て取れる。
「それがどうした?俺たち労働者がやっている仕事はこの国のためになることだ。金だって国を運営するのに必要なんだろう。その中から俺たちに少しでも回ってくるんだからそれ以上望むのは望みすぎというものだ」
堂々と向き合ってそう答える男に、愚痴をこぼす男は苛立ちを覚えるが、それを全て大きなため息に変換し口から吐き出す。そして椅子に座って項垂れる。
「…悪かったな、急にこんな話をして。もう二度としねぇよ、忘れてくれ」
「………あぁ、わかった。『この場の会話で反乱分子となりうる発言は確認できなかった』からな。…仕事に戻るぞ」
それだけ交わすと二人は再び仕事を再開する。その日、再び会話が始まることはなかった。
* * * * *
翌日、その日は朝から革命軍が活発化しており軍がその鎮圧に当たっていた。それもあってか、職員は全員自宅待機との連絡があったので、家でゆっくり過ごすこととなった。男は部屋着のまま、ソファに深々と座り込む。
どうしても、昨日の会話が頭の中をぐるぐると反響してたまらない。
現状に不満はない。国から住む場所を貰い、国に食べさせてもらい、国が用意した仕事をこなす。
それの何がいけないのだろうか。男にはそれがわからなかった。
なぜ、多くを望むのだろう。何を不満に感じているのだろう。むしろ何がどうなったら不満を感じなくなるのだろう。
某国の生活はそんなに充実しているのだろうか。そんなに楽しいのだろうか。何が楽しいのだろうか。
隣の芝は青く見えるとはよく言うが、そんなに良い物だろうか?某国では能力がなければ生きていけない。仕事をする能力、自身を管理する能力、生きる能力…。そのいずれかが欠けても生きていけない。
それに比べてこの国は能力がなくとも国が管理してくれる。自分でやらなくても良いのだ。
しかし昨日の会話曰く、それがどうも不満らしい。奴隷的で、不公平で、納得がいかないらしい。
…やはり、いくら考えても答えは出ない。不満に感じられない。
ため息をつき、テレビの電源をつける。流れるニュースは他愛もないことで、天気の話や交通事故の話。他国のどうでもいい話題に溢れていた。
しかし次の瞬間、テレビの向こう側がざわめき始める。
『次のニュースです。先程、革命軍の最高指導者が軍に拘束されました。国家転覆を目論み、日々破壊活動を行なっていたことから裁判は行われず、明日公開処刑が行われる運びとなりました』
ニュースキャスターは気丈にそう伝えるが、どうも動揺が見える。おそらく今このニュースを伝えているキャスターも革命軍の一員だったのだろう。
そして画面に目を向けた瞬間、男は驚愕した。
* * * * *
翌日、革命軍の最高指導者の公開処刑が行われる処刑場。男の今日の職場はここだった。処刑台にはすでに最高指導者の姿があり、処刑の時間を待っていた。
「よう、今日も仕事日和だな」
処刑台にのぼると、最高指導者に向けてそう投げかける。そこには不安そうな表情を浮かべる最高指導者の姿があった。
「…へへへ、今日も時間前配置か。真面目だよな、お前」
不安に押しつぶされそうな表情のまま、いつものように挨拶を交わす。
「昨日は驚いたよ。まさかお前が革命軍のリーダーだったとはな」
そう言って見下す男の目にはおよそ生気と言ったものは感じられなかったが、代わりに狂気のような物が見え隠れしていた。
「昨日言ったはずだ。俺はこの国に不満を感じていない。そんなこの国を壊そうとするなら、お前は俺の敵だ」
盲信、と言ったところだろうか。そう言ったものが瞳の奥で静かに燃えている。その視線を、最高指導者に向ける。
「…なぁ、助けてくれ。俺とお前の仲じゃないか」
冷や汗を全身から吹かしながら哀れにも嘆願する。あまりの恐怖にうっすらと涙を浮かべている。
全身全霊の命乞いに、男は哀れみの混じるため息で返事をする。
「…昨日、言ったはずだぞ?
俺は『仕事に私情を持ち込まない』ようにしている」