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 夜野帷は、裏庭の寂れた花壇に腰掛けて茜色に染まりつつある空を見上げていた。何故か何をする気も起こらない。今日はガラクタ置き場にある椅子を何分割までできるか実験してみる予定で、そのために、技術室から工具まで持ってきたのに。

 トバリは花壇の淵に並べた工具たちを見下ろす。もちろん、誰の許可を取ったわけでもない。

 ――――シイナめ。どうして今日に限って先に帰ったんだろう。今日のシイナはおかしかった。まさか、『あのこと』を知ったから、あたしを避けたんだろうか。

 無表情の横顔に、僅かに陰が過ぎる。

 いや、違う。トバリは自分に言い聞かせる。『あのこと』は、夢だった。幻だった。現実と夢の間を行き来し過ぎて、どっちがホンモノでニセモノなのかわからなくなってるだけだ。

 トバリは、膝を抱え俯いた。甦るのは、昨夜の会話。

 ねえトバリさん、あなた高校卒業したらどうするの。大学に進むの。それとも働くの。どっちにしろお金は出すけど、できればこの家から出てって欲しいのよ。その、ね。来年には、出産でお姉ちゃんも帰ってくるでしょう。その時にあなたがいると、ね。赤ちゃんに、もしものことがあったら、大変でしょう。いいのよ今すぐ決めなくてでもなるべく早く答えを出して頂戴ね。そうそうだってコイツがいたら赤ちゃん殺しかねないもんなーこら何てこというの本人の目の前で――――――――

 違う。違う。あれは夢。あそこにいたのは本当のあたしじゃない。あの家は、悪い電波とかエネルギーとかα波が出てるから悪夢を見るんだ。悪い夢から身を守るには、寝なければいい。部屋中を清めればいい。でもそうすると余計に悪夢は増してゆく。ぞわぞわ。ぞわぞわ。増して増して、次第にあたしの身体を溶かし始める。じゅわじゅわ。じゅわじゅわ。あたしは盾を持たない。身を守る殻を。だからあそこには帰りたくない。だからあたしは夢に逃げる。妄想に溺れる。そこにいれば安全だから。


 じゃり、と靴音がして、反射的にトバリは顔を上げた。

 一瞬、シイナであることに期待したが、結果は違った。


「こんにちは、夜野帷さん」


 そこにいたのは、女子生徒四人組だった。そのうち二人は、トバリにも覚えがあった。確か同じクラスにいたような気がする。けれど、あとの二人に関しては見覚えがなかった。

 くすくすと笑いあう四人に、トバリの警戒心が高まる。

「何の用」

 立ち上がり、いつでも動ける状態になる。

 一人が前に進み出た。髪を一つにまとめた、勝気そうな女子だ。顔立ちは整っているが、今は嘲笑に彩られ酷く歪んでいる。その女子が、口を開いた。

「ちょっとお話ししたくなっただけだよ、学校一有名人の夜野さんとね」


***


「――――そんな」

 散らかった自室。そのパソコンの前で、僕は呆然と呟いた。

 傍らには、以前仙崎さんから貰ったプリント。

 そして無機質なディスプレイに映るのは、新聞社から検索した十一年前の新聞記事。

 彼女が心の深いところに負っている傷。それが、まさか、こんなに巨大なものだったとは。

 …………ふと、胸騒ぎがした。

 わざわざ僕に噂の根本を告げた仙崎さん。トバリを置いて帰った僕。

 時計を見る。トバリはまだ学校にいるだろうか。幸いにも、僕の家は学校から徒歩圏内だ。

 僕は部屋を飛び出した。


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