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「ねえ椎名くん。あたしと、その、付き合わない?」

 放課後。二人っきりの教室で、彼女は僕に告げた。

 『話があるから、放課後に教室で』…………そんなメールが来れば、誰だって察しはつく。西日に照らされてもはっきりとわかる、上気した頬。潤ませながらも、しっかりと僕を見据えた瞳。口元は笑っているが、手が微かに震えていて、精一杯の強がりだということがわかる。

「――――仙崎さんはさ、僕のどこが気に入ったの?」

 明確な答えを返す前にそれを聞くのは、僕が告白された際に必ず行う恒例行事だった。

「な、なんでそんなこと聞くかなあ、もう。椎名くんのばーか」

 仙崎さんは戸惑いながらも、ちゃんと答えてくれる。

「えっと……何ていうか、その。優しいし、ちょっとした気遣いができるところとか、さ。すっごい大人だなあ、って思って」

「気遣い?」

「うん。ほら、雨の日にあたしと一緒に学校行った時に、傘持ってくれたりとか。揚げパンくれたりとか。……あとさ、例えば、グループで会話してる時に話に入れない人がいたら、その人にさり気なく話を振ってあげるとか…………なんていうか、クラスの誰に対しても優しいし、親切じゃん? それって、誰にでもできることじゃないよ」

「それはどうもありがとう」

 ――――やっぱり、この子も。

 やっぱり仙崎さんも、僕の本質をわかっちゃいないのか。

 胸の奥にわだかまるのは、失望なのか自嘲なのか。僕には判断がつかなかった。

「…………仙崎さんは、とっても魅力的な女の子だと思うよ」

 含みのある言葉に、期待に目を輝かせる仙崎さんには悪いけど、仕方がない。

「――――その気持ちはとっても嬉しい。でも僕は、仙崎さんとは付き合えない。ごめんね」

 その場を支配する沈黙。こういうことは何度経験しても馴れるもんじゃないな。むしろ相手に可哀相なことをしたと、若干の罪悪感すら覚える。まあ、好意もないのに付き合うよりかはマシだと思うけれど。

「…………帰るよ」

 俯いてしまった彼女を置いて教室を出ようとする。

「――――そんなに」

「え?」

「そんなに夜野さんが好きなの?」

「…………違うよ」

 振り絞るような、湿った声音に気づかないフリをする。

「彼女とは別に、そういう関係じゃない。フラれちゃったしね」

「…………でも、それでもずっと一緒にいるじゃん。お昼だって、放課後だって…………好きじゃないのに、どうして一緒にいるの? あたしじゃ、夜野さんの代わりにはなれないの?」

 代わり、ねえ。

 精神的な温度が下がってゆく僕に対して、仙崎さんはヒートアップしていく。

「あたし、頑張るよ? 服も髪もメイクも、椎名くんの好みに合わせるよ。あたしなら、椎名くんの隣を歩いてても、恥ずかしいなんて思わせないよ」

 それはトバリの外見に関してのことか。自分の外見に関してのことか。段々と、快活で気さくという影に隠れた仙崎さんの本性が垣間見えてくる。

「ねえ、あたしのどこが夜野さんに劣ってるっていうの? こう言っちゃ悪いけど、夜野さんって頭おかしいよ。それなのに、なんで――――」

 ぐすっ、と嗚咽が背中越しに聞こえた。

 その後に続くのは、『なんであたしがそんな狂った女に負けなくちゃいけないのか――――』とかかな。きっと今泣いているのも、僕にフラれたことじゃなくて自分がトバリに負けたことが直接の原因だろう。

 負けず嫌いで物事が自分の思い通りにならないと気が済まない。プライドが高く、普段は決して表に出さないが、自分の外見については特に。

 これが、僕が普段見ていて感じた彼女の負の顔だ。勿論、人は誰でも二面性を持っているし、まあ好きな男が容姿端麗明朗快活な自分よりも「あの」トバリを選べば、彼女じゃなくても自暴自棄にもなるか。もっとも、僕自身は「トバリのことが好き」なんて一言も言っちゃあいないんだけど。あ、でも告白をすればそれと同意義か。

 でも、もし仮にトバリがこの学校にいなかったとしても、僕が仙崎さんを選ぶことはないだろう。何故なら、仙崎さんが見ているのは僕の本性ではないからだ。それに、彼女は「普通」の人だ。彼女では、僕の欲求を満たせない。

 ――――いっそのこと、それを告げてしまおうかとも思う。君が、君たちクラスメイトが見ているのは本当の僕じゃない。作り物の僕なんだよ。君らはずっと僕に騙されているんだ。仙崎さんが惚れた椎名飛鳥は、まがい物の椎名飛鳥なんだよ。

「――――僕は、仙崎さんが言うような人間じゃない」

「…………え」

 涙でぐしゃぐしゃになった先崎さんの声に、ほんのひと匙の快感を覚える。

「それに、君じゃあトバリの代わりにはなれないよ――――絶対にね」

 それじゃあ、と言い残して、僕は教室を出た。声はかからなかった。

仙崎さんの顔を見なくて良かった。多分僕は、いつもクラスで見せているのとは別人のような、酷薄な表情をしていただろう。

 ここまで苛々させられたのは久しぶりだ。

 こういう湿っぽいシチュエーションは大嫌いだ。チープな昼メロじゃあるまいし。外見を変えるだけで好きでもない相手になびくわけないじゃないか。自意識過剰にも程がある。むしろ、それくらいで自分になびくような男でいいのか。それとも、僕だから大丈夫だとでも考えたのか。だとしたらその回答に大きく×印をつけてあげたい。だって彼女が惚れた僕は、僕の作り上げた仮面上の僕にすぎない。言い方を変えれば、所詮その程度の好意だったということだ。

 仮面。そう、仮面だ。しかしこれですら、退屈しのぎの遊びに過ぎない。


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