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「こらトバリ、保健室から氷を持ち出すなって何度言ったらわかるんだ?」
「暑いんだもん」
貯水槽の日陰の部分で氷を噛み砕くトバリに、僕は溜息をついた。
季節は梅雨。冬服から夏服に衣替えして身軽になったのはいいが、例年より暑いせいで生徒のモチベーションは普段に増して下がっている。だから必然的に授業をサボタージュする輩も増える。僕もトバリもその一員という訳だ。屋上で出会ったのはあくまでも偶然だけど。
「あ、こら」
無視してトバリが抱えていた袋の中から氷を一つ頂戴する。真似をして口に含むとそこだけ冷たさが広がって、確かに暑さは少しだけ引いた気がした。トバリの隣、ギリギリ日陰の部分に僕も座る。
「まったくさ、今時クーラーなしとかやってられないよね。これで私立っていうんだから驚きだよ」
「扇風機だけ」
「そうそう。トバリ、扇風機の前で「あー」って言ったりしてない?」
「…………なんでわかるの」
そりゃあ馴れですから。
「トバリのクラスは、今何の授業なの?」
「体育」
なるほど。それはサボりたくもなるだろう
ちなみに僕のクラスは『情報』だ。パソコンで色々やったりするんだけど、趣味でパソコン検定を取得している僕にとっては復習と同じなので、心情的に出たくないのだ。
「体育ねえ、いいじゃないか。身体を動かすことは精神と身体の健康に良いんだよ」
「運動なら、してる」
「へえ、それは意外だな。何してるの?」
「狩り」
「えーっと、それはゲームの話? それとも現実の話?」
トバリはむっとした顔をして、
「バカにするな」と言い返した。
…………これ以上は踏み込まないようにしよう。うん、その方がいい気がする。
それから僕らは授業が終わるまで氷を舐めながらうだうだとして、チャイムが鳴り、溶けた氷の水を頭からかぶろうとするトバリを何とか止めてから、教室へと戻った。
自分の席に座ると、隣から腕が伸びて僕の机の上にプリントが置かれた。仙崎さんだ。
「…………これ、授業で配られたやつ」
親切にも、わざわざ僕のために余分に貰ってくれていたらしい。サボりだと知れたら怒られそうだなあ。
「ありがとう仙崎さん、助かるよ」
にっこりと微笑を浮かべる。いつもならそれだけで仙崎さんの頬は見る見るうちに赤くなる、はずだったのだが。
「うん……どういたしまして」
それだけを言うと、彼女は次の授業の準備をし始めた。あれ、どうしたんだろう。
「仙崎さん、何かあったの?」
「え?」
一瞬虚を突かれたかのように反応するが、
「ううん、何でもないよ」
そう返されてしまっては、僕としてはそれ以上追及できなかった。そんな弱弱しい笑みで笑われても、何かあったであろうことは明白なんだけどなあ。
仕方がないので貰ったプリントに目を通す。
うーん、なになに。『正しいインターネットの使い方』――――『コンピューターウイルスに注意』――――『情報検索に便利・新聞社データベースの活用法』――――うわ、どれもこれも高校生がやる内容とは思えないな。僕はげんなりしながらプリントをファイルに挟み、それをカバンへと押し込んだ。
結局その日、仙崎さんは一日中浮かない顔をして、時折伏し目がちになっては何かを考え込んでいるようだった。
――――僕が仙崎さんに告白されたのは、それから一週間後のことだ。