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 昼休みを告げる鐘の音と共に、校内の一角では戦いが勃発する。言わずもがな、購買で繰り広げられる昼食争奪戦争だ。

 うちの学校では学生食堂は存在せず、購買でのパンや弁当の販売に限られる。しかしこの購買、生徒の数に反してやたらと狭く、置いてある品物の数も少ない。生徒全員に食品が行き渡ることなどあり得ないので、弁当持参でない購買組では昼休み開始から十分は、関ヶ原の戦いもかくやという勢いで食物の奪い合いが始まるのだ。

 購買組の一員である僕はこの日も無事に(いくさ)に勝利し、コッペパンと揚げパン、牛乳を入手することができた。傍らに牛乳を備え、似て非なるこの二つを食べるのが本当の通というものだ。

 戦利品を抱え屋上へ向かう。昼食はいつもトバリと一緒に食べるのだ。屋上で一人昼食を取るトバリに僕が勝手にひっついているだけとも言えるが、それは野暮というものだ。

 トバリの昼ご飯は何だろう。また板チョコ三枚とかじゃあなければいいけど…………あ。

 そこで僕は、教室に忘れ物をしたことに気づいた。まずったなあ。

 仕方がないので教室まで引き返そうとすると、

「あ、椎名くん!」背後から声がかかった。少しだけアルトがかった声。

見ると、廊下の向こうから大量の紙束を抱えた仙崎さんが見えた。

「どうしたの? そのプリントの束」

「さっき職員室の前通ったら、次の数学で使うプリント、持ってけって言われちゃってさー」

 なるほど。やっぱり学級委員って大変だなあ。

「それ、重いでしょ。持とうか?」

「え? ……あ、うん。じゃあお願いしちゃおっかな。やっぱ男の子がいると便利だねー。あ、代わりにあたしが椎名くんのご飯持つよ」

 声が一瞬上ずり、その頬が僅かに上気する。平静を装おうとしているけれど…………わかりやすいなあ、ほんと。

「うん、じゃあお願い」

 紙束を受け取り、代わりに戦利品を渡した。目的地は同じなので、二人肩を並べて歩く。

「あーあ、お昼ご飯買いそびれちゃった。きっともう売り切れだよねー」

「あれ、仙崎さんて購買組だったっけ?」

「そだよ。美味しいじゃん、あそこのお弁当」

「まあ、毎日が戦いになるくらいだしね」

「そーそー! それなのに用事を押し付けるセンセーって酷いよねー」

 仙崎さんの魅力は、その快活な笑いに凝縮されていた。ううむ、可愛いなあ仙崎さん。

 教室に入ると、僕はプリントの束を教卓へ置いた。仙崎さんと仲のいいグループがニヤニヤしていて、仙崎さんはまたもや顔を赤らめて友人たちを睨んでいる。

「あ、ありがと椎名くん」

「どういたしまして。……はいこれ」

 きょとんとする仙崎さんに、揚げパンを差し出す。

「お昼、ないんでしょ? あげるよ」

「え、いいよそんな、悪いよ!」

「いいって。今日はあんまり食欲ないし」

 それに、もう二つのパンを食べる時間は無いだろうしね。

「…………あ、ありがと」

 僕は忘れ物を取ると、何事もなかったかのように教室を後にした。

 実際、昼休みはもう半分を過ぎている。急がなければ。



 屋上に到着した僕は、二重の無駄を悟った。

 やはり遅かったか――――僕は恨みを込めて手に持った『忘れ物』、幼稚園生が使うようなフォークとスプーンと箸がセットになったケースを見下ろす。

 屋上には、いつものように貯水タンクのパイプに腰掛け昼食を食べるトバリがいた。彼女は鋭い三白眼で僕を一瞥した後、再び手づかみで弁当を食べ始めた。ぼろぼろとご飯粒がこぼれ、制服にはソースの染みがついているのに、気にする素振りすらない。

 購買のメニューを思い出す。確か今日は唐揚げ弁当だったか。これが中華丼やカレーだったらと思うとぞっとする。

「……君ねえ」

「何」

 がつがつと弁当をかっ込みながら、トバリが答える。

「割り箸は購買の窓口の隣にあって無料だって何回言えばわかるんだい? それか、僕がこうやって食器セットを持ってくるまで待つとかさ。まったく、いつも君の食べこぼしを掃除する僕の身にも」

「黙れ」

 …………そうだった、これが彼女だ。

 別に彼女は箸が使えないとかそういうことはなく、ただ割箸を持ってくるのが面倒なだけなのだ。だから僕が持ってきた箸を渡せば、素直にそれを使う。

 どんなに些細なことでも、己の欲求と好奇心にしか従わない。それが夜野帷なのだ。

 彼女が食べ終わるまでの間、寝癖のついた髪を櫛ですいてあげる。彼女の髪はファッションに目覚め始める年頃の女子のものとは思えないほどバサバサだった。リンスとかコンディショナーという言葉とは無縁の髪の毛だ。何度か途中で引っかかる度に、彼女は顔をしかめた。

「…………そもそも、来るのが遅かったシイナが悪い」

 む、悔しいが的確な指摘だ。

「今日はちょっと野暮用があってね。ちょっとしたボランティアってやつだよ」

「何したの」

「んー? 僕に惚れてる子に優しさをあげてきた」

「偽善者」

 あはは。耳が痛い。

「そうかもね。でもその子にとっても僕にとってもマイナスはないんだからいいと思うけど」

「屁理屈」

「学校一の『変人』に言われたくはないね」

「他人なんかどうでもいい」

 ……いやあ、やっぱり彼女との会話にはゾクゾクさせられる。会話だけじゃあない、彼女のちっぽけな行動までもが、僕の細胞の一つ一つにまで染み渡るようだ。

 弁当を食べ終わったトバリの口の周りをウェットティッシュで拭いてやり、制服についた汚れを落としていると、昼休み終了を告げる鐘が鳴り響いた。

 数多の猛者たちを蹴散らし入手した未開封のパンと牛乳に目をやる。…………まあ、いいか。


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