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 息を切らし学校に到着したときには、もう空は暮れかけていた。部活連中も帰っている時間だ。急いで下駄箱へと駆け込み、靴を確認する。

 ――――これは最悪の展開を予想しなければなるまい。

 A組には仙崎さんとその取り巻きの一人、そしてD組にはトバリの革靴が残ったままだった。

 ひとまずトバリを捜さなければ。彼女が行きそうなところと言えば、屋上か裏庭しか思いつかない。

 ええい、勘だ。僕は屋上へと向かう。階段を二段飛ばしで駆け上がる。僕は本当は頭脳派のはずなんだけどな。

息も絶え絶えにようやく辿り着いた屋上は、無人だった。それでも、乳酸の溜まった足を動かし貯水槽の裏まで見て回る。誰もいない。

 しかし、ふと見下ろした裏庭の光景に、僕は目を瞠った。そこには五人の少女がいた。一人は間違えようもない、トバリ。そして、それを取り囲むようにして仙崎さんと、その取り巻きの一人、そして知らない女子が二人。ああくそっ。どうしてよりによってこういう時に! 僕は必死で駆け上がった階段を今まで以上の勢いで下り始める。普段使わない足の筋肉は震え、Tシャツは汗で背中にへばりつく。ああもう、気持ち悪い。

 ――――僕はどうしてこんなに焦っているんだろう。仙崎さんが僕に隠れてトバリと接触することは予想の内だったのに。

 それどころか、それは僕の仕組んだシナリオでもあった。

 トバリが第三者から攻撃されたら、どういった行動に出るのか――――。

 僕はそれが気になった。この学校では、トバリを倦厭する者はいてもわざわざいじめるような人間はいなかったからだ。だから、僕は仙崎さんを利用することにした。彼女の好意に気づかないフリをして、思いっきり彼女を振ったら、きっと自尊心の高い彼女はトバリに何か仕掛けるだろう。それに加害者が仙崎さんなら、すぐに止めさせることもできる。

そして実際に、それは現実のものとなった。けれど、まさかこういう形で、このタイミングで実現するなんて。トバリの心の傷を軽視していた僕のミスだ。

「くそっ!」

一階に到着した僕は、裏庭へと走る。

学校を出、校舎の角を曲がり、そしてついに、裏庭へと――――――――


「トバリっ!」


最悪の光景だった。トバリは鋸を手にし、壁際まで四人を追い詰めていた。僕の声も耳に届いていないようだ。

鋸がゆっくりと持ち上げられてゆく。駄目だトバリ。僕は走り出したもう足の痛みなんて感じなかった。裏庭は広く、彼女たちまでの距離は長い。


「よ、夜野さ――――」誰かが呟いたのが聞こえた。鋸が振りかぶられる。

「ああああああああああああああああああああああ!」


 絶叫。振り下ろされる凶器。腕に走る灼熱。

 僕は、間に合ったのだ。

「トバリ!」

 彼女の右手を押さえ、叫ぶ。すると、虚ろだった目の焦点が、次第に定まってゆく。

「しい……な…………?」

「トバリ、しっかりしろ!」

「シイナ、なんでここに…………みんなは? パパとママと…………」

「ここに君の家族はいない、いるのは僕だけだ!」

「え――――あ…………」

 彼女は身体を震わせながら、汗まみれであろう僕の顔を見る。血の滴る僕の左手を見る。壁際で立ちすくんでいる四人を見る。そして、自らの右手にある鋸と、錆びた刃先に付着した赤色を見る。

 からん、と凶器が落ちた。彼女は、全てを悟ったようだった。

「あ…………シイナ、あたし、あたし、みんなを守ろうと、それで、」

「わかってる、大丈夫だから」

 僕はトバリを思い切り抱きしめた。華奢で細い身体は、今にも折れてしまいそうだった。今にも泣き出しそうなトバリは、僕のされるがままになっていた。初めて見る表情は、傍若無人で、エキセントリックな彼女からは想像もできないものだった。僕はそのまま、彼女の震えが治まるのを待った。

 棒立ちになっている四人に視線を向ける。ひっ、と息を呑み、四人は逃げ去っていった。他の三人は脅えのこもった顔で僕らのことを見ていたが、仙崎さんだけは顔を歪め、唇を噛み締めたまま、こちらを見ようとはしなかった。

 裏庭には、再び静寂が訪れた。時折、ぐすっ、と嗚咽が聞こえる。

 今になって、鋸で切りつけられた左腕が激しく痛み出す。ぼたぼたと血が流れている。深い、んだろうか。嫌だなあ、病院行くの。

「…………シイナ、ごめん」

 くぐもった声が聞こえた。

「気にしなくていいって」

「…………ごめん」

「…………僕の方こそ」

 何が、とは聞かれなかった。だから僕も、それ以上は言わなかった。

 完全に日が暮れ、夜空に星が瞬き始めるまで、僕らは何も言わず、抱き合ったままでいた。


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