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「好きです。付き合って下さい」

「ふざけるな。帰れ」

 こうして、人生における一大イベントと呼ぶに相応しいであろう僕の初告白は、ものの見事に一蹴されて終了した。

 季節は春で、放課後。桜咲き誇る裏庭で、一年間勉学を共にした、顔もそう悪くない男子から告白されたら、たとえ好意がなくとも気持ちが傾いてもおかしくないと思ったんだけれど、僕の思い違いだったようだ。

 それとも、彼女だけが特殊なのだろうか。

 まあ、いい。僕もまともな返事は期待していなかった。

 僕の告白なんかなかったことのように、彼女はいつも通り用務員にさえその存在を忘れ去られたかのような寂れた花壇にぺったりと座り込んでいた。当然、下には何も()いていない。膝下まで伸ばされた幽霊のような黒髪も、可愛いと人気の制服のスカートも、生死を問いたくなるくらい透き通った腕も足も、その全てが土くれに(まみ)れている。

 ああ、帰る前に彼女についた泥を落とさせなければ。その労力を思うと僕の口からは自然と溜息が漏れたが、慣習とは恐ろしいもので、それを一年間も続けてしまえばそれはすでに「日常」に組み込まれてしまうのだ。

 ざくざく。ざくざく。

 暮れなずむ四月の空の下、彼女が一心不乱に土を掘る音だけが響く。もちろん、シャベルやスコップなどの類は一切使っていない。素手だ。けれど、僕がそれに対して触れることはないし、止めようとも思わない。作業は彼女が満足するまで終わらないからだ。手持ち無沙汰なので話しかけてみることにした。

「今日は何をしてるの?」

「見てわかれ。穴だ」

「僕の視神経はまだ正常に可動してるからね、君が穴を掘っているのはわかるよ。問題は、その穴が何の穴かなんだ」

 一瞬だけ、彼女の三白眼が僕を見据える。

「地球の中心」

「ん?」

「地球の中心に潜るための穴」

 なるほど、今日は何か沈み込むような気分になる出来事でもあったのだろうか。

「でもそこは生憎と花壇だよ。まあ、花壇と言っても土しかないけどね。花壇を掘っても、コンクリートに突き当たると思うんだ」

「黙れ」

 やれやれ。まあ彼女が自分の行動を自分の意思でしか決定しない人間だというのは重々承知している。僕は廃棄処分になった壊れかけた椅子に腰掛け、文庫本を読みながら彼女の気が済むのを待った。

 彼女が立ち上がったのは、外灯のない裏庭ではそろそろ字面を追うことが難しくなってきた時間帯だった。

 文庫本をしまい、花壇へと近寄る。肩で息をしている彼女の爪先はところどころひび割れ、血が滲んでいた。

「満足した?」保健室はまだ空いているだろうかと考えながら、僕は尋ねる。

「この学校って、変」

「どうして?」

「こんなにも地球の中心に近い場所に建てられているのに、なんで溶けないの」

 うーん。それを僕に尋ねられても困るけど。『地球の中心へと至る穴』を覗き込む。彼女の努力の成果だ。四十センチばかり下に、コンクリートらしき平面が見えていた。彼女は、これを『地球の中心』だと思っているんだろう。

「地球内部は熱いはず。でもあたしたちと学校は普通に機能してる。どうして。……そうか、地球とヒトは連動していて、人間の心が冷たいから地球も冷え切ってるのかもしれない。きっとそうだ。だって池の鯉も死んでたし。鳥も死ぬし。でも死んだらどこに行くんだろう。死ぬってなんなんだろう」

 他人が聞いたら瞬時に距離を取るような毒電波を延々と垂れ流し続ける彼女の手を引いて、僕は保健室へと向かう。いや、この時間じゃ開いていないだろう。だが少なくとも、水道のあるところまで行かなければ。

 頭の片隅で正常な思考を働かせる一方で、僕の脳の大部分は彼女の戯言に耳を傾け続ける。そして僕は思うのだ。

 ――――ああ。やっぱり彼女は、夜野帷(よるのとばり)は、最高の「非日常」だ。


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