回す多様性
「この近くにちょっと面白い神社があるんだって。行ってみない?狛犬さんがね、回るんだって」
そう彼女が言うので、行ってみることにした。お願いしたいこともあるしな。
神社につくと、鳥居の向こうには狛犬がいる。手前にはハリガミが。
「男性は向かって右の、女性は左の狛犬を、願い事を念じながら回してください」
彼女と顔を見合わせる。彼女も「どうする?」というような顔をしている。
実はオレは生物学的には女だ。心は男だけど。そして「彼女」も生物学的には男だ。心は女だけど。そんな二人が出会って惹かれあったのは素晴らしい偶然だった。
「まぁ、見た目わからないだろうし、いいんじゃない?」
「そうよね。別に気にすることないよね」
と言って、オレは右の、彼女は左の狛犬に近づいて回そうとすると…。
突如、雷鳴とともに、白髪の老人が現れて言った。
「そこの男女よ。おぬしら、男女逆であろう。ワシの目はごまかせんぞ」
「えっ!か、神様?」
見ただけでそう確信させる雰囲気というものがあった。見破られてるし。
「男が右で女が左と書いてあるじゃろ? 見えんのか?」
神様は言う。でも、オレたちにだって矜持がある。
「確かにそう書いてありますけど…!男女別と言っても、それは心のことなのか体のことなのかも書いてないじゃないですか!?」
「ん…。昔から体と心が違っている者もいることはいたが、みんな普通に体の性別で…」
「「考えが、古ーーいっ!!」」
オレと彼女は同時に叫んだ。そういう「普通」なんて考えのせいで、ここまでどれだけ苦労してきたか。神様ともあろうものがそんな考えなのかと、一気に爆発した。
それから、オレたちは神様にかわるがわる説教をした。神様はいつしか正座してうつむき「はい…。はい…」と聞いていた。
説教が終わるころ、神様は決意に満ちた表情をしていた。
「うむ。キミらのおかげで道筋が見えた。これからは旧態依然としたシステムも変えていかねばならん!それに気づかせてくれて礼を言う」
それからしばらくすると、狛犬は四体に増えていた。オレたちは自分に合った狛犬を回すことが出来た。願い事はふたり同じだ。
「もっと多くの多様性が認められ、暮らしやすくなりますように」
さらにその後、狛犬は四十体ほどになっていた。カンバンには「○○で××の方は△番の狛犬を…」という風に書いてある。
性別だけでなく多様性はいろいろあるし、まだ分類は足りないかもしれないけど。
そんなことを思っていると突然雷鳴がとどろき、隣に神様が立っていた。
「どうじゃ。なかなかのもんじゃろ」
「すごいですね。驚きました。でもまだまだ増えそうですね。…大変じゃないですか?」
神様、少し疲れてるようにも見えたのだ。
「まあのぅ。願いをかなえるのが神じゃからの。しかしすべて一人で頑張るのも今風じゃないからの。あれを作った」
神様は奥にある四十三番の狛犬を右手で、カンバンを左手で指さした。カンバンには書いてあった。
「神様は四十三番の狛犬をお回しください」
神様というのも多様性のひとつの形なのだろうな。
そもそも男女別で回すというのをやめればよかっただけのような気もするけど、それは言わないでおこう。