第5話 充実の衣食住
深夜、ダーティー・ラットの死骸が回収された。放置していると、野生の肉食動物が食べてしまい、魔物化する恐れがあるそうだ。
「そろそろ寝てみない? お姫様」
「私の都合に付き合わせている訳だし、先に休むのは……」
「気にしない気にしない。夜更かしはお肌の大敵。十代はニキビも出やすいし、さっさと寝るに限るわよ。あ、ちなみに今日から私と相部屋だから。よろしくぅ」
相部屋は初耳だが、文句は言うまい。アソとは割と気楽に話せている。案外一人部屋より良いかもしれない。魔王城では貴重な同性だ。
「……で?」
「なぁに?」
「どうして寝間着が透けてるのよ!」
これで寝るのは無理。どう考えても無理。
「大丈夫よぉ。どーせ私しか見ないんだから。明日には着替えの用意が整うでしょうし、今夜だけの辛抱よ。なんなら、全裸で寝るぅ?」
私は全力で首を振った。全裸はダメ、ゼッタイ。
「あははっ。ま、全裸は冗談よ。人間の女の子は、身体を冷やしちゃ駄目なんでしょ? コレの上からガウンを羽織れば良いわ」
「ガウンがあるなら最初から言って欲しいんだけど」
透けた寝間着にガウン。本来なら有り得ない格好だが、全裸より遥かにマシである。魔王城を出る前夜は、バスローブで寝た。
「誰かと寝るなんて、久しぶりだわぁ」
「そうなの? てっきり……あ」
私は淑女にあるまじき発言をしそうになり、慌てて自分の口を塞いだ。しかし、取り繕えたはずもなく、アソはニヤニヤしながら話を広げる。
「んふふ〜。魔界にいた頃は散々遊んだわよぉ。人間の男の子にも干渉してたし。私的には、ウブで奥手な子の方が燃えるのよねぇ。好奇心と羞恥心が入り混じった顔、溺れる間際の弱々しい抵抗……。可愛いったらないわ」
そんな話されましても。
直接的な表現が無いとはいえ、彼女がしているのは「そういう」話だ。
「でもねぇ、人間への干渉って魔界からじゃないと無理なのよ」
「意外。逆かと思ったわ」
「んー、魔界から干渉出来るのは精神だけでね。実際に顔を合わせる事は出来ないの。その代わり、人間界の何処であろうとも、精神の接触は可能だわ。人間界とは真逆ね」
同じ時間、同じ場所に立てば会えるのが人間界。しかし、それを実現するのが難しい。魔界では、人間界との距離が遠くて近い。思いがけず、貴重な話が聞けた。
「人間界での生活も楽しいんだけど、遊び相手はいなくなっちゃったわね。でもまぁ、私は一人でも満足出来るし? 私の身体を一番良く知ってるのは私の指だし?」
真面目な話にシフトしたと思った私が馬鹿だった。
愛し合う男女の間での行為については理解しよう。自分もいつかは経験する事だ。しかし、「一人で」って何だ。気になるような、ならないような。……うん。私にはまだ早い。
布団で寝るのは三日ぶりだ。ベッドは一つしかないので、枕を並べて眠る。瞼を閉じると、ほんのり良い匂いがした。
私は、ダーティー・ラットの処理にあたる魔物達に多少の罪悪感を覚えつつ、いつもより暖かい布団で眠りについた。
魔王城では、王城より遅れて日が昇る。山に囲まれたここでは、太陽を拝める時間がとても短い。
「あ、起きた? さっきお姫様の着替えが届いたわよ。どれにする?」
ブラウスだけで三枚。フリルたっぷりのペチコート。ジャンパースカートに、厚手のオーバースカート。ケープ、袖留め、ストラップシューズ。
「これ、全部貰っちゃって良いの?」
「勿論。陛下ってば、よっぽど楽しかったのかしらね」
可愛い。それが素直な感想だった。
王城では、あまり好きな服を着られなかった。「王女に相応しい装いを」と、年配の仕立て屋が作った服だ。十六歳の私にとっては、化石のような服だった。今風の物といえば、ホエイがくれたブローチくらいなものだろう。どうも、伝統やら品格やら言う年寄りには、新しい物がことごとくゲテモノに見えるらしい。
「新しい服ってテンション上がるわよねぇ」
「うん。スカートはこれにするとして……ブラウスはどれにしよう」
「私的にはこっちのブラウスに、ボルドーのリボンかな〜。つけ襟もあるみたいね」
「んーっ。迷うーっ」
何だか凄く楽しい。普段の服選びといえば、来客や訪問先への配慮、淑女の嗜み云々で決めるしかなかった。可愛い物の中から自由に選べるというのが、こんなに楽しいとは思わなかった。かといって、王女としての品位を落とすようなデザインでもない。王城で着ていても、特に問題は無いように思う。
頭の堅い年寄りが何か言うかもしれないが、私の知った事か。こっちは年寄りに「下品」と言われるより、同年代から「ダサい」と言われる方が怖いお年頃なのだ。
「……私、ここに来てから我儘になったわ」
王城では、もっと聞き分けの良い王女だったはずなのに。さすがのお父様も、少しは怒るかしら。ホエイも、きっとがっかりね。だけど、心地良い。だから多分、王城に戻っても、我儘な私のまんまなのだろう。
やっとこさ選んだ服を着て、レンニュウに礼を言う。着心地の良さも気に入った。レンニュウによると、魔王城には縫製技術を持った者がおらず、繊維を服の形にする魔術を確立したんだそうだ。その為、デザインとサイズさえ決まれば、あっという間に出来上がる。
「で、あの二人は予定通りこちらに向かっているのかしら」
「ハーピィ・ホーク達の食事が終わり次第、確認しよう。……昨日は眠れたか?」
「ええ。王城より良いくらいだわ。あなた達って、本当に良い生活してるのね」
そして、その良い生活を私もさせて貰っている。勇者様達は、昨夜も野宿だったはずだ。それなりの装備があるとはいえ、決して楽なものではない。自分ばかり暖かいベッドで眠るのは、とても申し訳ない。かといって、今更地下牢に戻るのも抵抗がある。自分は本当に我儘だ。
食事もきっと、味気ない携帯食なのだろう。
あ。
ああーーっ。
「……あの二人、食料はどれくらい持っているのかしら。だって、ほら。本来なら魔王城まで一本道なのよ? それを回り道させるんだもの、足りないんじゃない?」
今の今まで気付かなかった。ちょっと食べないくらいでどうこうはならない。それは身を以て経験している。けれど、彼等には砂漠越えと魔物との戦闘がある。空腹で挑ませたくはない。
「私も失念していたな。さすがに橋が無いと分かれば、食事の配分を変えると思うが……一食あたりの摂取量は減るだろう」
「どうしよう。何か食べられる植物とか生えてるかしら。無ければ何か植えて……」
「野イチゴで良ければ城の周りに一杯生えてるぞ。植えるか?」
よし使おう。砂漠より手前に植えていただく。二人が山間部を歩いている間に、植えてしまえば良い。
食卓に山と積まれた野イチゴを見るに、イチゴはレンニュウの好物なのだろう。私の朝食にも添えられてはいるが、他の食材とのバランスがまるで違う。レンニュウは肉も魚も食べないので、その分、イチゴで量を補っている感じだ。もはやイチゴが主食と言っても差し支えない。
すでに橋を外す作業は始まっている。植え替えは、飛行が可能な魔物に行ってもらうしか無さそうだ。……飛べる魔物、ちょっと働かせ過ぎのような。
予定では、勇者様達が山間部の峡谷まで辿り着き、橋が無い事を確認して引き返す。この間に、野イチゴの植え替え。山道を徒歩で往復するのだから、多分間に合うだろう。
平地まで引き返した二人は、迂回路を西へ進む。野イチゴは、この迂回路の途中に植える。二人は野イチゴに気付く……はず。砂漠越えにしっかり備えて欲しい。
とにかく、二人には魔王城へ辿り着いて貰わないと困る。自分が王城に帰れないというのもあるが、私の都合で振り回している二人に、怪我などさせたくない。特に勇者様は「最強の勇者決定戦」で傷を負っている。
二人が無理無く、安全に、こちらが用意しらトラップを攻略出来るよう、細心の注意を払わねば。