第4話 作戦会議
橋は外す。悪魔が勇者の歩みを阻むのは自然な事だ。むしろ、今までやっていなかったのが不思議である。私はあくまでも囚われの姫。勇者様に助けられ、城へ帰るのだ。
「西の橋がかかっている集落は、今どうなっているの?」
「羊牧場になってるわよぉ。モッフモフ」
触りたい……。じゃなくて。
さすがに牧場は魔王の領地っぽくない気が。かといって、無くす訳にもいかない。生け贄用……とか思ってくれないかしら。かなり賭けだけど。
「で、こっちが西の橋へ向かう道ね」
アソは、魔王城周辺の詳細な地図を広げた。精密で、よく出来ている。上空から地形を確認して作ったのだろう。
「山間部より手前の街道をそれて、ずーっと西へ。この道は北部と西部の境界まで続くわ。で、北部と西部の境界の街道まで出るんだけど、この街道、途切れちゃってるのよねぇ。西部の北半分は砂漠だし、大昔にあった都市は災害で壊滅。今じゃ遺跡が点在するだけで、人間の往来は限りなくゼロ。だから勇者君達には、砂漠を越えて山間部を迂回してもらうしかないわ」
「何か仕掛けるなら、その砂漠ね。北部地域を出ちゃうけど、人が居ないなら大丈夫かしら」
砂漠に魔物を放ち、勇者様達と戦ってもらう。そして、勇者様達に勝ってもらう。
「でも、魔物達に勇者様達の相手をさせるのは、気が引けるのよね……」
だからこそ、北部にいた魔物達を撤退させたのだ。彼等は本来、何の罪も無い普通の動物なんだから。
「複製体を使ったら良いんじゃない? いくらでもとはいかないけど、量産は可能よ。自分の意思や魂も無いから、倒されても死ぬ訳じゃないし」
「うぅ。合理的と言えば合理的なんでしょうけど……倫理的にどうなのよ」
すでに勇者様やホエイ、いや、国中の人々を騙している。そんな私が倫理を語るのは筋違いだ。けれど、私の頭にそんな考えは浮かんで来ない。
「そんなの今更よぉ。ここは魔王城で、お姫様は魔王城の主人なんだから。どうせ他に手は無いんだしぃ」
命を持たない魔物のコピー。彼等を消耗品のように扱う事は、生命への冒涜になるのだろうか。切り捨てれば血が流れ、身体の機能は停止する。これを「壊れた」と言って良いのだろうか。殺した事に、ならないのだろうか。
「んー、砂漠に配置するなら、蛇あたり? 彼等が遺跡で休憩するなら、そこにも誰か配置しないと」
アソは、私に構わず話を進めていく。
「蛇系なら、オーガ・スネークがいるわ。オリジナルは結構厄介だけど、複製体ならデカいだけの蛇よ。あとはバジリスクね。こいつらは純粋な魔物だけど、毒牙さえ抜いてしまえば大して強くないわよ。複製なら尚更ね。あ、魔物のリストあるけど、要る?」
私は言われるがまま、リストを受け取った。まだ、複製体を使う事に躊躇いがある。落とした目線の先にあるのは、ずらりと並ぶ魔物の名前。囚われの姫を演出すると言い出したのは私だ。魔物の配置は、私が考えなきゃ。
ミミック・フォックス、ガーゴイル・レイヴン、マミー・キャットフィッシュ、シャドウ・バタフライ……。
「ゴースト・ホース?」
「あら、気になるぅ? お利口さんで可愛い子達よぉ」
「ゴーストってとこがちょっと。遺跡と相性が良いのかなって」
「雰囲気はあるかもね。ちなみに、勇者君と騎士君は西部に土地勘とかあるのかしら? あるなら、多分この遺跡を通ると思うわ」
そう言って、アソは砂漠の中央にある遺跡を指した。どうやら、比較的安全に砂漠越えをするための、ルートがあるらしい。
「勇者様は分からないけど、ホエイは多少知ってるかもしれないわ。王国の地理については、一通り学んでいるはずだから。ここを通るのね?」
「ええ。道は無いけど、砂漠越えの経路はほぼ決まっているから。西の橋に向かうなら、この遺跡で一泊するのが普通よ。ゴースト・ホースの特性を考えるなら、夜間の戦闘になるわね」
夜くらい休んで欲しいが、これは悪魔の作戦。甘さを見せてはいけない。
「蛇はどうするぅ?」
「オーガ・スネークとか言ったわね。うーん、砂漠を抜ける直前にでも登場して貰おうかしら」
「砂漠越えで疲労困憊のところにぶつけるのね。良いじゃなぁい」
……しまった。何となくで決めてしまったが、勇者様への負担が大きくなる。いや、悪魔の作戦としては正解なのだけれど。
その後も話し合いは続けられ、街道をそれてから西の橋手前までの作戦が決まった。
北部を抜けるまでは、マミー・ドッグやスケルトン・キャットの複製体で軽く足止め。ダーティー・ラットも引き続き利用。本格的に動くのは西の砂漠から。二人の進行を阻むように、バジリスクの複製体を各所に配置する。
二人が遺跡での休息を決めたところで、ゴースト・ホース達の出番だ。しかし、二人が遺跡以外の場所で野営してしまうと、この作戦は使えない。なので、夕方頃に二人が到着するよう、バジリスクの配置で調整する。二人が予定より早く進んでいたら、バジリスクを増やす。遅れていたら減らす、といった具合に。
遺跡を抜けてからも、しばらくはバジリスクに任せる。そして砂漠の終わり、西の橋へ続く山道の手前で、オーガ・スネークの複製体を出現させる。
「……大丈夫、これ。ハード過ぎない?」
「十分甘いと思うわよ。複製体を採用している時点で、こっちの戦力は使ってないに等しいもの」
「一応聞いてみるけど、悪魔ってどのくらい強いの?」
「私はあんまり。誘惑して堕とすのが私の本質だから。まあ、人間より弱い悪魔は滅多にいないんじゃない? 陛下だって、町一つ滅ぼせるくらいの力はある訳だし」
レンニュウがあの性格で本当に良かった。と、同時に、レンニュウが自分を「出来の良い兄達とは違う」と言っていた事を思い出す。町一つ滅ぼせる力があっても、悪魔の中では出来損ない。
「レンニュウのお兄さん達って一体……」
「お兄様と言っても、大勢いるわよ。シャンティ様……陛下のお母様が、多産型の悪魔だから。生まれた子供の数が多いんだもの、優秀な子供もいればそうでない子供もいるでしょ。私はシャンティ様に直接会った事は無いし、詳しくは分からないんだけど」
シャンティというビッグマザーの子供達に序列を付けると、レンニュウが最下層に入るという話らしい。優秀な兄が沢山いるというのは、単に母数が多いからというだけのようだ。
「陛下のご実家は、人間界でいう下級貴族くらいの地位よ。でも、一族の規模がとにかく大きくてねぇ。個人で軍隊をいくつも保有しているようなものだから、権力は相当なもんよ。一番強いお兄様なら、半日でミルキィ王国を焼け野原に出来るわ」
さすが悪魔。凄く物騒だ。黒魔術に傾倒したギー公爵の行いは、とても褒められたものではないが、引き当てたのがレンニュウだった点については評価しよう。
「シャンティ様が陛下を心配していたのは知っていたけど、正直ここまで過保護だったとは思わなかったわぁ。……あら、誰かしらね」
扉を叩く音に、アソが対応した。
「どうぞぉ」
「失礼するですよ。陛下の体調が戻られたですよ」
復帰したレンニュウに、早速作戦の内容を伝えた。
「……分かった。しかし、蛇か」
「蛇も苦手?」
「ああ。オーガ・スネークも、私に内緒で作った魔物だ。約一名、好奇心に勝てない研究員がいてな。トカチと言うんだが……」
そういう者に限って、優秀だったりするのだろう。人間にもたまにいる。
「作ってしまったものは仕方がない。好きに使ってくれ」
「ええ。そのつもりよ。ところで、勇者様達はどうしているかしら」
魔王城に着いてから、一度も動向を確認していない。
「どうやら、誘導しておいたダーティー・ラットの群れを、突破したらしいな。野営の準備をしているようだ」
「なら、橋を外すのは明日で良いわね。あと、もう一つお願いが」
「何だ?」
「また着替えを少々……」
もうしばらく魔王城にいる予定だ。着替えにもう一着と、寝間着も欲しい。王城から持って来られれば良かったのだが、帰れなかったのだから仕方ない。とはいえ、さすがに図々しいのも自覚している。無事に帰れたら、ちゃんと礼をせねば。
「そうか。実は前回、デザイン画を複数描いていてな。悩んだ末ボツにしたものがいくつか……」
なんというか、もうそっちの道で稼いだ方が良いんじゃないだろうか。