表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/62

序章2 姫と魔王の対面


 扉の閉まる音が、「逃げ場など無い」と私に報せる。

 さあ、拝んでやろう。魔王とやらの面貌を--。



 室内は、廊下や扉と同じ……いや、それ以上に華やかな空間だった。手入れも行き届いているらしく、大きな金の掛け時計には、部屋の景色が映っていた。

 そして、そんな空間に魔物達が並んでいる様は、やはり異様である。


 部屋の中央を真っ直ぐに貫く桃色のカーペット。そこは赤だろうと思ったが、口には出さない。カーペットの両脇には、街路樹の如く立つ魔物達。彼等の視線を一身に浴びながら、私はカーペットの上を進んだ。



 「さて、娘。私に会いたがっていたようだが、何か用か?」


 前方から届いた低い声に、自然と足が止まった。

 声の主は、この部屋唯一の椅子に腰掛けている。見た目は四十歳前後の男性。床に付く程長い黒髪からは、二本の角が覗く。彫りが深いというよりは、ごつごつとした骨が目立つ印象だ。身なりも良く、着衣は一切乱れていない。

 どんな化け物かと思っていたが、割と渋くて男前だ。


 「……私を、理由無く拐ったというのは本当でしょうか」

 「ああ」

 「動物達を拐って魔物に変えているというのも?」

 「ああ」


 震える手を必死に抑える。さすがと言うべきか。魔王の威圧感は、他の魔物とは比較にならない。


 「なぜ」


 魔王の目から視線をずらせない。それどころか、指一本動かない。けれど、このまま黙っていたところで、王城に帰れる訳でもない。私は凍り付いた喉へ、必死に空気を送った。


 「あの子達には、大切な家族がいたのよ。ただ人間に管理されていただけの存在じゃないわ。貴方はどういう訳か、飼われている動物ばかりを拐ったわね。野生の動物には目もくれず、種の違いを越えて想い合う家族を、無理矢理引き離した。なぜそんな惨いことをしたのか、合理的な理由があるならぜひ聞いてみたいわ。まさか、私を拐った時のように『魔王らしい行動だから』なんて言わないわよね?」


 私は魔王の返答を待つ。その内容次第で、私が次に発する言葉が退室の挨拶になるか、罵声になるかが決まる。


 「ママが言っていたのだ。『仲間が欲しくなったらこうしなさい』とな」


 「…………」


 罵声どころか、言葉にならない。なんだろう、この気持ちは。背中のあたりがゾワゾワする。鳥肌が立ち、寒気がする。魔王の言葉を理解しようと考えれば考えるほど、脳がそれを全力で拒否した。

 見れば、魔物達も口が半開きになっている。凛々しい表情で静観していたのが、ウソのように間抜けな顔だ。


 私は全身に力を込め、唯一思い浮かんだ語を口にした。



 「気持ちわるうううううううううういっ!!」



 気付けば拳を握り締め、魔王の元へと突っ走っていた。それをきっかけに、脳がようやく業務を再開した。次から次へと湧き出る罵詈雑言を、魔王の顔面に叩きつける。


 「信じられない! 貴方はママが言ったことなら何でも聞く訳!? まさか今までずっとママを基準に生きてたの!? 魔物達への命令も!? 一般人ならまだしも、あなた魔王よね!? 曲がりなりにも王と呼ばれる立場のくせに、自分の頭で考えることも出来ないの!?」


 人生初の暴力行為。その相手が魔王になろうとは。殴るだけでは飽き足らず、足も出た。


 「お、おいやめないか。ちょ、痛い」


 魔王が暴行されているにも関わらず、止める部下はいない。


 「あなた、歳はいくつよ!?」

 「え? 確か四百……」

 「イヤアアア! 気持ち悪いいいい!」


 自分の中を駆け巡る嫌悪感。それを拳に流し込む。


 「待て待て、これ以上やったらママに言いつけ……」

 「まだ言うか!!」


 四百歳の脅し文句が「ママに言いつける」とは、これいかに。親子仲が良好なのは構わないが、仲が良いのと依存しているのは違うだろう。


 「あの、王女様? 心中お察ししますが、さすがにそろそろ手を止めて頂けますか」


 黙って見ていた部下達が、とうとう口を挟んだ。彼等も複雑な心情なのだろう。私は拳を退かせた。




 「で。『ママ』は動物を拐って仲間にするよう助言してきたのね? どうして飼われている動物だったのかしら。いえ、野生なら拐って良いという訳ではないけど、野生の動物の方が強いし、邪魔な飼い主もいないじゃない?」


 ケルベロス・ドッグを見た時思った。なぜ小型犬なのか、と。野犬だとか狼だとか、もっと強そうなのがいるだろう。あれでは威圧感も何もあったものではない。せっかく強そうな魔物を合成するのに、合成先がアレでは勿体ないように思う。


 「野生の動物は、攻撃的で危ないからだ。ただでさえ格上の魔物を合成するのに、私が御しきれなかったら怪我をしてしまうだろう」

 「それもママの指示?」

 「あ、ああ。ママは魔界に居るが、連絡は取れるからな」


 過保護なママだな。まぁ、自分も温室育ちではあるのだけど。


 「私を拐ったのは……ママの指示じゃないわね。自分の判断で拐って来たけど、ママの指示が無いから、どうしていいか分からなくなった。って、ところかしら」

 「…………」


 この沈黙は肯定なのだろう。目も泳いでいる。


 多分、この魔王は魔王に向いていない。人間の犯罪者の方が、よほど悪辣だ。優柔不断で度胸が無いから、いつまで経っても前に進まない。やっとこさ一歩を踏み出すと、今度はうっかりミスや詰めの甘さが露呈する。そう思えてならない。

 ママにべったりなのは頂けないが、ママのお陰で、魔王としての体裁をギリギリ保っているのだろう。


 実のところ、我が父カマンベール王がこういう人なのだ。しっかり者の母が亡くなってからというもの、国の財政は火の車となっている。


 「何でこんなのが魔王をやってるんだか」

 「成り行きだ」


 ただの独り言に、魔王は律儀に返答した。


 「ここは、ギー公爵の邸宅だった」

 「ええ。知っているわ。大規模な火災で亡くなったのよね? 一族がついえて、もぬけの殻になった邸宅を貴方達が乗っ取ったと聞いているわ」


 およそ百年前、火災という悲劇によってギー公爵は死亡した。円形に近いこの島国は、東西南北に区域が分けられている。北部の管理を任されていたギー公爵が死亡したことで、ミルキィ王国の北部は魔物が跋扈ばっこするようになってしまった。


 「その情報は正確じゃない。私は、黒魔術にのめり込んだギー公爵に召喚されたのだ」

 「は……?」


 「魔界と地上では環境が大きく異なる。ここは、私が生きていくための魔力が少な過ぎた。私は本能的に、足りない魔力を補おうとした。結果、敷地内にいた人間がことごとく死んでしまったのだ。火災は誰かが倒れた時、燭台にでもぶつかって起きたんだろう」


 魔王は、その身に起きたことを、全て包み隠さず話した。


 「私が、人間に召喚された事実を理解した時には、もう誰も生きていなかった。私が彼等の生気を根こそぎ吸い上げてしまったからな。ただ、たまたま外出中で難を逃れた人間もいた。お前達が知っている火災の情報は、そいつらがギー公爵の悪魔召喚を隠蔽した結果だろう。私の姿を目撃した奴もいたようだしな」


 確かに、公爵家の当主が黒魔術にはまっていたなど、外聞が悪過ぎる。それに、召喚した悪魔が何かしでかした時には、当然、生き残った者やギー公爵の親族達が糾弾される。知らぬ存ぜぬで通すのが得策だ。


 「召喚場所は、屋敷の地下だった。ああ、お前を幽閉していたのとは別の部屋だぞ」


 私が気味悪がると思ったのだろうか。魔王は心配気に注釈を入れた。


 「地下室には黒魔術の本や、血で書かれた魔法陣。そのほとんどが妄想と迷信に基づく、でたらめな研究だった。まあ、そんな物に気を取られていたせいで、地上の火災に気付くのが遅れた訳だが……コホン。とにかく、だ。私は空になった屋敷をそのまま根城にし、魔界にいた頃の部下を召喚。支配領域を拡大して、魔力源を確保している。少ない魔力源から無理矢理吸い上げるより、あちこちから少しずつ集める方が、対象にかかる負担が軽くなるからな」


 やっぱり、この悪魔は魔王に向いてない。魔力とやらを確保するなら、もっと効率の良い方法があっただろうに。ギー公爵家の人間を死なせてしまったのも、彼の本意ではなさそうだ。


 「……こんなに、勢力を拡大するつもりは無かった。魔界に帰る術も、地上で生きていく術も分からず、誰かを頼るしかなかったのだ。私は、出来の良い兄弟達とは違うのでね」


 魔王は、寂しそうに自嘲した。

 きっと、本当にどうして良いのか分からなかったのだろう。不安に駆られて仲間を増やし続けた様が、容易に想像出来る。けれど、仲間を増やせば増やすほど、上に立つ者の責任は重くなる。


 そしてとうとう、魔王と呼ばれるに至ってしまった。


 人間の世界で生きていくことへの不安、多くの人を死なせてしまった過去。そこに、魔王という肩書きが加わった。

 彼にとって、魔王の地位は凄まじいプレッシャーだったのだろう。だからこそ「魔王らしく振る舞わねば」という強迫観念から、私を拐ってしまったのだ。


 「魔王。あなた馬鹿だわ。だって、正直に『助けて』と言うだけで良かったんだもの」


 私を見上げる目は、驚いたように見開かれていた。



 「交渉よ、魔王。あなたをそのプレッシャーから解放してあげる。だから代わりに、あなたの資産と権限を、私に譲渡なさい!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ