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序章1 囚われのお姫様


 魔王にどんな印象を持っているかと訊かれれば、大抵の人間は恐怖と憎悪を口にする。強大な力を持った、悪の化身なのだと。


 かく言う私も、つい最近までそう思っていた。

 しかし今の私ならば、迷わずこう言ってやるだろう。


 「魔王は、ミルキィ王国第一王女リコッタの、従順なる下僕よ」ってね。





 「城下が見えて来ましたよ」

 御者に化けた魔物スライム・ラクーンドッグの声で、私は目を覚ました。いつの間に寝てしまったのだろう。まぁ、ちょっと疲れもあったし、仕方ない。


 この一ヶ月、私は魔王城に滞在していた。いや、滞在というのは語弊がある。私は魔物達に拐われて、魔王城に幽閉されていたのだから。




 幽閉直後の私は、恐怖に震えていた。十六年の生涯を閉じるのは今日か、明日か。それとも私は単なる人質で、本当の狙いは父や王国なのだろうか。

 窓の無い地下牢では、昼も夜も無い。空気は常に冷ややかで、触れる物全てが硬かった。時折、二足歩行の犬が食事を運んで来るものの、孤独から逃がしてくれる人影はどこにも無い。


 長い幽閉生活で、身体がベタつく。自慢だった金色のウェーブヘアは、固まって捻れてしまった。飲まず食わずで何日過ごしたのだろう。時間を知り得ないここでは、考えるだけ無駄だった。



 そしてとうとう、限界が来た。人間、ここまで追い詰められると、生きる為の賭けに出てしまうのだろう。

 これまで絶対に触れなかったスプーンに、私は手を伸ばした。


 「あったかい」


 私は、声帯の存在を思い出したかのように、一言だけ口にした。

 空腹に耐えかねて、つい食べてしまったスープは、決して美味しくはなかった。けれど、温かかったのだ。本当に、心からの気持ちだった。


 「ここは寒いですよ。お姫ちゃまはご飯をずっと食べてなかったですよ。スープはあったかいですよ。お腹にも優しいですよ」

 驚いた。魔物がそのような気遣いをすることも、言葉が案外優しかったことも。


 久しぶりの食事ではあったけれど、空腹で弱った胃袋への負担は感じない。心配していた毒も、入っている様子は無かった。


 「良かったですよ。お姫ちゃまが餓死したら大変ですよ」

 「私を殺すつもりではなかったの?」

 「お姫ちゃまを殺しても、メリットが無いですよ」


 ということは、やはり人質なのか。王国側に何か要求したいなら、人質を生かしておくべきだ。


 「私を拐った理由は何?」

 「分からないですよ」

 「まぁ、どう見ても末端よね。お前は」

 「魔王様も分かってないですよ」

 「は?」


 聞き捨てならないのだけど。理由も無しに幽閉されていると言うの? 王女である私が?


 「正直、魔王様も困っているですよ。『魔王らしく王女を拐ってみたが……拐った後ってどうするもんなの?』と宣っていたらしいですよ」


 王女たる者、上品な微笑みと清らかな言葉で会話をするものです。幼い頃から、そのように躾けられてきましたのよ。おほほほほ。


 「馬鹿じゃないの!? 何をどうしたらそんな発想になるのよ!! そんな雑な計画で私を拐ったって言うの!? 冗談にも程があるでしょう!!」


 たじろぐ犬に、私は感情を爆発させた。


 「そりゃあね、古今東西、魔王が姫を連れ去る物語は腐るほどあるわよ。でもね、彼等には悪役なりに理由があったわ。『嫁にする』とか『生贄にする』とか、それらしい理由がね。だというのに、ここの魔王は何なの? 魔王だから拐った? そんな馬鹿げたことのために、クソ寒い牢屋でホコリまみれにされたの? 仮にも王女と呼ばれるこの私が? 立場ってものを弁えなさい。この愚図!!」


 こんなに息を荒くしてみっともない。でも、コレの前で淑女の振る舞いをして何になる。そして、こんな小物に怒鳴ることにも、意味は無かった。


 「ごめんなさいですよ……」


 無いはずの眉毛が、ハの字に垂れ下がる。


 「……もういいわ。魔王が決めたことなら、何も言えないんでしょうし」

 「はいですよ。自分はしがない城門警備員ですよ」


 いや、そのポジションははまあまあ腕の立つ奴。


 「それがどうして食事を運んでいるのかしら。あと、さっきから語尾の『ですよ』が気になるのだけど」

 「私が犬だからですよ。人間の生態に詳しいですよ。『ですよ』はご主人様が沢山使ってたですよ」


 「ご主人様? 魔王はそんな喋り方なの?」

 「いいえですよ。ご主人様というのは魔物になる前のご主人様ですよ」


 魔物になる前? まさか。


 「お前、人間の飼い犬だったの……?」

 「そうなのですよ。ご主人様はいつも『朝ですよ』『ご飯ですよ』『お散歩ですよ』と言ってたですよ。『ですよ』の後は楽しいことが沢山あったですよ」


 この犬は、どこにでもいる普通の家犬だったらしい。突然魔王城に連れて来られ、純粋な魔物の一部を体内に組み込まれたそうだ。


 「私はグールと合成されたですよ。グール・ドッグと呼ばれているですよ」

 「か……」


 飼い主のところへ帰りたくないの?

 そう言いかけて、私は空のスープ皿に目線を落とした。聞いてどうするというんだろう。魔物に成り果てた犬が、元の生活に戻れるはずがない。私は、とても酷いことを聞こうとしたのだ。


 「どうかしたですよ?」

 「……会わせなさい」

 「?」


 「魔王に会わせなさい」


 とって喰われるのがオチだというのは分かってる。でも、文句ぐらいは言ってやりたい。可愛がっていた愛犬を奪われた飼い主の分と、突然魔物にされたこの子の分。何より、王女たる私の分を。きっちり言ってやらなきゃ気が済まない。


 「無理ですよ。僕は下っ端ですよ」

 「なら、あなたの直属の上司を呼んでらっしゃい」

 「分かったですよ。ケルベロス・ドッグさんに伝えておくですよ」


 ……ケルベロス・ドッグ。そもそもケルベロスは犬でしょう。じゃなくて。

 私の記憶が確かなら、頭が三つあるという地獄の番犬だったはず。怒りに我を忘れていた頭が、一気に冷えていくのを感じた。


 「では、私はこれで失礼するですよ」

 「ちょっ……」


 行ってしまった。私はとんでもないお願いをしてしまった。魔王とケルベロス、より怖いのはどっちだ。いやどっちも怖いけど。

 魔王と会うためには仕方ないとはいえ、魔王と会う前に死にそうである。私は再び身体を震わせた。




 翌日、早速ケルベロス・ドッグとやらと対面した。

 ピンと立った耳、ゴワゴワの体毛。何より、三つの頭を持っていること。これらの身体的特徴は、紛れもなく地獄の番犬ケルベロスだった。しかし。


 「小型犬だったのは想定外ね……」


 こちらも、誰かの愛玩犬にケルベロスの一部を合成したのだろう。大きくつぶらな瞳は、いかにも人気の室内犬という風貌だ。


 「それで、どうしたんでちゅか? お話聞きまちゅよ〜」


 飼い主が赤ちゃん言葉だったのは分かるが、若干イラッとくる。


 「魔王に会わせて欲しいのよ」

 「私レベルだと無理でちゅねー。とりあえず、上に話しておくでちゅよ」


 それから何匹かの魔物と対面した。いずれも、どこからか拐われて来た動物達で、その大半が人間に飼われていた。

 また、会話に不都合は感じなかった。お陰で魔王城の様子なども、かなり知ることが出来た。彼等は私が考えているより、ずっと高度な技術と知識を持っているらしい。魔物から細胞組織を取り出し、動物に注入するというのは、その最たる例だ。


 そうやって様々な魔物と対面し、私はついに魔王との対面許可を勝ち取った。


 「魔王様のところに行くですよ」


 重たげな音を響かせ、地下牢の扉が開く。久しぶりに、石壁と鉄格子以外の景色を見た。




 地下牢とは打って変わり、豪華な内装の廊下が続く。突き当たりの扉には、見るからに屈強そうな魔物が二匹立っている。動物の面影が無いので、彼等が純粋な魔物というやつなのだろう。


 「魔王様がお待ちだ」


 二匹がそう発すると、装飾過多な扉が開く。私は意を決して、部屋へと入った。



 

ギリシャはありませんが、ケルベロスはいます。

当作品は、リアルとフィクションが都合良く融合しております。

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