再会のときは義人として
玉座がある綺羅びやかな間で二人の漢が、それぞれの武器を持って対峙していた。
片方は、紅の色の全身鎧を身に着け、その鎧に負けないくらい紅く燃える双剣を構えた眉がキリッとした大丈夫。
もう片方は、蒼く輝く鉾を相手に向ける若い青年。
若いといっても相手のも同じような年なのだが。
青年が口を開く。
「宗武!何故だ!志を同じにしていた僕たちが何故争わなければいけない!布刹を討った君が今になって彼と同じことをするのは何故だ!民を苦しめることの何に大義があるんだ!」
表情を変えずに青年をじっと見ていた宗武はしばらくして口を開いた。
「大義などない」
「何?だったら……」
「だが、民を救うことにも大義などない。そう思ったまで」
一瞬悲し気な顔になったがすぐにきっと口を結んで青年を睨んだ。
「星明よ、予が布刹を討ち、平和を取り戻して民はどうした?復興に力を入れた?否!傷ついた予らの力を恐れ、国から追い出そうとした。そのせいで治療を受けることができず命を落とした部下も数え切れぬ」
「しかし」
「布刹を討つまでに倒れた者たち、あの者たちの魂は奴を討つことで鎮めた。ならば民のせいで命を落とした者の魂は民の命をもって鎮めるしかない!」
「全ての民が君の復讐に」
「巻き込むことに何も思わないこともない。だが、予はもう止まることなどできぬ!部下の、友の無念を晴らすまでは!」
「それでも、僕は……君を止める!」
「元よりそのつもりであろう。もう言葉は要らぬな」
「宗武ー!」
二人の闘いは壮絶を極めた。
両人共、世界で一二を争う武人。既に常人では目で追うこともできない剣戟をぶつけていた。
宗武が振り下ろした剣を星明が鉾の柄で受け止め、横からのもう一振りを手で叩き落とす。
「曲芸じみたことは昔から変わらんな」
「そう言う君の剣筋は昔からまっすぐだ。昔から剣を交えたいとは思っていたが」
「楽しいが、この世界の残された時間は僅かだぞ」
「だったら、これで決める。うおぉぉ!」
星明が叫ぶと彼の体は蒼いオーラを纏い、そのオーラは鉾に移っていき、輝きが更に増した。
宗武も同じようにして紅いオーラを双剣に纏わせる。
「蒼炎撃!」
「紅雷光!」
星明が放った蒼い炎が宗武の紅い雷とぶつかり大きな爆発を起こした。
もうもうとした煙の中で立っている人影は一人。
やがて煙が晴れていき、立っている者の顔がわかるようになった。
立っていたのは星明だった。
「宗武」
「そうだ。甘さを、捨てろ」
かろうじて息のある宗武、しかし彼の命が長くないことは胸に突き刺さった鉾が物語っていた。
「……まさか」
「勘違い、す、るな。予は本気だった。これは、予から君へ、の、最後の試練だ」
「そんな、僕は」
「怨念は、予が、全て冥府へと持っていこう。君は、良き主君となれ」
「嫌だ!僕をここまで育ててくれたのは貴方だ。今更僕を一人にする気か!駄目だ!」
星明が彼の手を握って涙を流しながら首を横に振る。
しかし彼の目の光はほとんど失われていた。
(声がもう出ぬ。周りもよく見えん。これが死か。もし、もしも来世が有るならば、星明、君の為に、義のために予は生きよう。……悪くない人生だった)
宗武が最後に微かにわかったことは、暗くなってゆく視界の景色が少しずつひび割れてゆく所だった。
◆◇◆
「……であるからして……のため」
話の中身が無くひたすら長いだけの校長なんてアニメや漫画だけの存在だと思っていた。
今思えば小学校と中学校の校長先生が当たりだったんだとしみじみ思う。
小学校の時は声の大きな先生で、校門で毎朝掃除をしながら大きな挨拶をしていた。
中学校時は生徒との距離が近く、廊下で生徒と話している姿を多々見かけた。
そして高校に来てコレだ。
(つまらねえ。そういう事だろ?)
ああ、結局は勉強して自分の可能性を広げろってことだろ。ならそう言えばいいじゃないか。
(このおっさんは長い話イコール深い話とでも勘違いしてるんだよ)
疲れるなぁ。
(そうだなぁ。俺の居た騎士団の上級騎士にもこんな奴いたぜ)
お前も俺の疲れに起因してるんだからな。
おっと、言っておくが俺は中二病じゃないぞ。
俺の名前は東雲総司、そして俺の心の中で話しているのはリンベルクと言う自称騎士だ。
(自称ってひどいぜ。もっと仲良くしようぜ兄弟!)
一応命を救われた身なので感謝はしてるが正直に言おう。こいつウザイ。
こいつは俺の中に居て、変身?かどうかは分からないがこいつが表に出てる時は姿が変わり体の操作権も奪われる。
昨日刃物を持った男に襲われた所を助けてもらった。
てか、そもそもなんで俺の中にいるんだよ。詳しいことは明日説明するって言ってただろ。
(と言ってもなあ、ここは俺の居た世界とは違うみたいだし……昨日のやつも俺たちみたいに体を共有してるってことは分かるぞ。後、ここの生徒も何人か同じような奴がいるな)
えっ、そんなの分かるのか?
(なんか気配が似てるんだよ。あっちも気付いてるみたいだし後で事情を聞いてみるといいんじゃね?)
それしか無いみたいだな。
その時、体育館の扉が轟音と共に吹き飛んだ。
「な、なんだ!?」
「私は宗武八剣が一人、輝線!異界の戦士たちよ!隠れずに私と戦え!」
体育館に入ってきたのは、昔の中国の武将が着ていたような鎧を身に着けた大男だ。
巨大な剣を片手で軽々と振り回していて見るからに強そうだ。
なあ、あれって俺達のこと言ってるよな?
(ここに居る共有者全員だな)
どうする?戦えとか言ってるけど。
(無理だって。俺は百人長、あっちはなんか凄い肩書だぜここにいる全員で勝てるかどうか)
俺たちがそんな事話している間、誰も出てこない事に輝線は苛立ったように剣で床を叩いた。
「卑怯者め!どうしても出てこないのならここにいるもの全員叩き斬ってくれる」
そう言って輝線はズンズンと俺の方へ真っ直ぐ向かってきた。
……こいつ分かってるんじゃね?
(辺りの見当くらいつくさ。真っ先に来たのは……ドンマイだな)
呑気なこと言ってないでどうすればいいんだよ!
(まあ落ち着け。まだ俺たちが完全に特定されたわけじゃない。不意をついて変身して一撃で倒せばいい)
できるのか?
(やらなきゃ死ぬぜ?)
むぅ、何でこんなことに……
(そんじゃ体借りるぜ)
輝線が俺に背を向けたタイミングで、リンベルクに体を明け渡した。
俺の体がリンベルクのそれへ急速に作り変えられてゆく。
髪は金髪に、眼は蒼く服は鎧に背も少し高くなる。
変身と同時に、腰に身に着けた剣を輝線へ振り下ろすが、こちらを一切見ずに大剣で弾いてきた。
リンベルクは反撃を受けないために一旦距離を取った。
「不意打ちか。なかなか悪くは無かったが少々実力不足だったな小僧」
「そりゃ残念。足を見てみな」
輝線が足元を見た瞬間にリンベルクは距離を一気に詰めて鋭い突きを放った。
「愚かな、何⁉」
「こう見えて小細工は得意でな」
輝線は軽々と突きを払ったが、リンベルクが投げたアイスピックみたいな針は防げず、腕を負傷した。
「猪口才な!」
頭に血が登り顔が真っ赤になった輝線が大剣を振り回し、リンベルクがそれをいなす。
最初はリンベルクが優勢に見えたが、輝線はすぐに冷静になり徐々にリンベルクを圧倒していった。
「漢ならば剣一本で正々堂々戦ってみせろ!」
「それじゃ勝てそうに無いから策を練るんだろが!うっ」
輝線の大ぶりの横薙をリンベルクは剣を縦にして受けたが、吹き飛ばされてしまった。
「くそっ」
戦いの素人の俺でも輝線の強さは圧倒的に見えた。
吹き飛ばされたダメージのせいなのか、リンベルクは血を吐いて倒れたままだ。
「卑怯な戦いであったが、私に傷を与えた事は評価しよう。私に降ったあとも力になるといい」
「降る?」
「む?知らないのか。異界の戦士を身に宿した者たちはその魂を我がものとするために戦う。それが降し合いだ。勝ったものは負けたものを降す事ができる」
それで昨日の男はリンベルクに負ける前に逃げたのか。
周りの生徒を見るが誰も動こうとしない。
ほとんどは恐怖で動けないのだろうが、俺たちみたいな共有者は俺たちを見殺しにするつもりのようだ。
「長話が過ぎたな。小僧、名は?」
「……ルシェド王国騎士団百人長、リンベルク」
「リンベルクよ、我が身に降れ」
容赦なく振り下ろされた大剣がリンベルクに当たる直前に世界が止まった。
これが、走馬灯ってやつか?でも何か見えるわけでもない。
(これは……)
リンベルクか?
(あ、ああ。どうなってるんだこれ)
分からない。
(予が君たちに語りかけてるのだよ)
急に知らない声がした。
リンベルクでも輝線でもない。
だ、誰だ。
(予は宗武。惰弱なリンベルクと同様に君の体の中に居る者だ)
(宗武?どっかで聞いたような……って惰弱⁉)
輝線の大将?
(そうだ。予なら奴に勝つことができる。体を貸してもらいたいのだが)
ぜひ!
声も威厳があってリンベルクと違って頼りになりそうだ。
(総司てめぇ!俺がどれだけ頑張ったと思ってやがる!)
(うむ。輝線相手に傷を負わせたものはそう多くない。惰弱な貴様にとっては大金星だ十分に誇るがいい。では体を借りさせてもらう)
リンベルクの体が紅く輝き始め、輝線の手がピタリと止まった。
「ほう、まだ力を残して、たか?」
輝線は宗武の姿を見て目を見開いて驚いている。
心なしか大剣を持っている手が震えているように見える。
「久しいな輝線」
「宗武様!」
慌てて輝線は大剣を投げ捨て土下座をした。
「宗武様の依代とは、知らずとはいえ何たる失態。いかなる処罰もお受け致します」
輝線は先程までリンベルクを圧倒していた姿からは想像もつかないほどへりくだって宗武の前に平伏していた。
(す、すげぇ)
「構わぬ。予も今目覚めたから貴様の無礼は見ておらぬ」
「ははあ!御恩情に感謝致します!」
「……して貴様は何故降し合いなどしているのか?他の八剣も一緒か?」
「八剣は祖心、美張、袁仙、希孔覇が目的を同じく共に行動しております」
輝線と同格の奴が四人も一緒にいるのかよ。
リンベルクじゃ太刀打ちできねーなこりゃ。
「ほう。目的とは?」
「すべての戦士を降し、力によって世界の支配する事です」
「力、か」
「宗武様のお力があれば世は既に貴方様のもののようなものでしょう」
輝線の言葉を何を考えてるのかわからない表情で宗武は聞いていた。
「輝線よ、貴様にとって民とはなんだ?」
「……恩人に刃を向ける愚物。我等武士の爪先の価値の無い性根の腐った者たちです」
輝線が先程のへりくだった表情から、急に目の奥に底しれぬ憎しみの炎がついた。
そんな輝線を宗武は哀しそうに見ていた。
「やはり世界を渡っただけでは怨みを忘れることはできぬか。輝線よ、予は貴様たちと共に行くことはできん。」
「な、なぜですか!私たちが誰のせいで死んだのかお忘れですか!」
「すまぬ。だが予は誓ったのだよ。来世があるのならば、義に生きようと。星明のように」
「よくも宗武様の覇道を……星明めいつものことながら腹立たしい」
輝線はなにか呟いて歯をギシリと軋ませた。
星明という人によほどの恨みがあるのだろうか。
「駄目だとは思うが一応問おう。民への怨みを忘れることは出来ぬか」
「宗武様は星明のせいで腑抜けてしまわれた。私たちは腑抜けた者を主君とは仰がない!」
「ならば仕方ない。剣を取れ」
輝線が自分の剣を取りに行く間に宗武は腰の双剣を抜いて軽く振る。
何回か振って満足が行ったように頷いた。
輝線が戻って来て剣を構える。
「よし」
「でりゃ!」
先程のリンベルクとの戦いが児戯にしか見えないくらい激しい剣戟の押収がいきなり行われた。
しかし戦いの流れは宗武が勝っていた。
輝線が振り下ろした大剣を軽いステップでかわし、双剣でわざと小さな傷を首や心臓付近に付けていく。
まるでいつでも殺せると言わんばかりだ。
いや、実際そういうつもりでやっているのだろう。宗武が顔色一つ変えてないのに対して、輝線は死人のような顔色をしている。
「はっ、はっ」
「自分が負けそうなときに慌てるのは昔からの悪癖。いつも直せと言っているだろう……もうよい」
「うっ」
宗武は一瞬で双剣を鞘に収め、輝線を蹴り飛ばした。
「貴様は生かして返してやる。だから伝えるがいい!残りの八剣とそれに与する者に。民と世界に仇なす存在はこの宗武が許さんと」
輝線がなにか言おうとしたが宗武にギロっと睨まれるとそそくさと逃げていった。
「総司よ、体を返そう。おっと、その前に」
宗武はあっけにとられている生徒と先生の方を向いた。
「幻昏睡」
生徒と先生たちは一人一人バタバタと倒れていき遂に全員倒れてしまった。
「こうすればなにか変な夢を見ていたと思うであろう」
流石。
一瞬全員殺したのかと思った。
「少し予のことを恐れすぎてはないか……」
呆れながらも宗武は俺に体を返してくれた。
これから起こる降し合いなんて少しおっかないことだけど、この最強の戦士がいてくれたら案外なんとかなるんじゃないか。そう思うのだった。
(俺を忘れてないか⁉)