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死刑宣告を待ちます

「……あなたが『紺碧の歌姫』だったのね」

 上品な女性の声に振り向くと、そこには気品あふれる壮年の男女が立っていた。

 どこかで見たような人だなと思い記憶を探ると、すぐに帽子の夫婦だと思い出す。

 上位の貴族だろうと察してはいたが、装いといい、この舞踏会に呼ばれていることといい、ノーラの予想は外れていなかったようだ。


「こんばんは。先日は助かったわ、お嬢さん」

「いいえ。こちらこそ、失礼な姿をお見せして申し訳ありませんでした」

 あの時、ノーラはこの女性に池をジャンプして飛び越えるところを見られている。

 ノーラの品のない振舞いで気分を害していないか、心配で仕方がない。


 あの時、帽子の救出を優先したのは間違いだったのだろうか。

 誰かを呼んでくる間に確実に帽子は池に落ちただろうが、それに対してノーラに苦情が来るわけでもないのだから、見過ごせば良かったのだろうか。

 でも助かる帽子を見捨てるというのも、納得がいかない。

 ぐるぐると考えながら金の髪の貴婦人と言葉を交わしていると、エリアスが首を傾げるのがわかった。


「あれ? ノーラ、顔見知りなの?」

「いえ。先日、王城の庭の……」

 そこまで言いかけて、ふと気付く。

 池にジャンプしたと言うのは、さすがにどうだろう。


「……ええと。飛ばされた帽子を取っただけです」

 嘘はついていない。

 都合の悪い部分を削ぎ落しただけである。

 すると、エリアスは数回瞬いて、肩を竦めた。


「そうなんだ。まさか、もう会っているとは思わなかったよ」

 ということは、エリアスの知り合いなのか。

 さすがは名門侯爵家の御令息、知り合いの幅が広い。


「知っているなら今更だけど、一応。――父と母だよ」



「……はい?」

 何を言われたのかわからず、ノーラは首を傾げる。

 父と母、と聞こえたような気がしたが、気のせいだろうか。


「だ、誰の、ですか」

「俺とアラン」


「父と、母」

「そう」


 暫し、口を閉ざして考える。

 エリアスとアランの、父と母。

 それは、つまり。


「――カルム侯爵御夫妻ですか?」

「そう」

 今度は、エリアスだけではなく、貴婦人の声も重なる。

 血の気が引くというのは、こういうことだ。

 ノーラは一瞬にして体が冷えていくのを感じた。


「――し、失礼致しました!」

 これ以上ない速度で、これ以上ないくらい頭を下げる。

「知らぬとはいえ、あんな……本当に、あの……」

 はしたない姿を見せたこと、使用人の立場で礼を断ったこと。

 色々と謝罪しなければと思うのだが、混乱しすぎて上手く言葉にならない。


「何? 知らなかったの? どういう会い方をしたの?」

 呑気なエリアスの声が、今はつらい。

 頭を下げたまま微動だにしないノーラを抱えるようにして顔を上げさせたエリアスは、カルム侯爵夫人に問いかけた。



「私が帽子を飛ばしてしまったところを、助けてくれたのよ。お嬢さんが池の島までジャンプして取りに行ってくれたの」

「ジャンプ」

 エリアスが問題部分を抜き出して繰り返したが、夫人は特に気に留める様子もなく話を続ける。


「そう。スカートをつまみ上げて、颯爽と飛んでね」

「つまみ上げて」

 気のせいか夫人は若干楽しげだが、対してエリアスの表情は困惑が深まっている。


「それで帽子を取ってくれたんだけど、リボンがほつれちゃって。それを、懐から出した裁縫道具で手早く縫ってくれて」

「懐から、裁縫道具」

 そろそろエリアスの表情が怖いので、まともに顔を見ることができない。


「それでお礼をしたかったのに、お金もいらないって、名乗りもせずに行っちゃったのよ。まさか、『紺碧の歌姫』だったとは、驚いたわ」

 ようやく公開処刑が終わった気配を感じ、ちらりと覗いてみると、エリアスはぽかんとしたまま固まっている。


 ――これは駄目だ。


 ……終わった。

 初対面の印象が大切なのに。

 ただでさえ貧乏男爵令嬢で、婚約破棄云々で面倒をかけ、美人でもない女なのに。

 よりにもよってエリアスの両親の前で、スカートをつまみ上げてジャンプするところを見せてしまうとは……。


 貴族令嬢としてどころか、普通に女性として終わっている。

 アンドレアの言う通り、ノーラには恥じらいが足りない。

 足りなさ過ぎて、今、エリアスとの関係に終止符が打たれようとしていた。



「……そんなことをしていたの、ノーラ」

「わ、悪気はないんです。本当です。早くしないと帽子が池に落ちそうで。お二人に後ろを向いていただいている間に取ってしまおうと……すみません」

 再び深々と頭を下げると、ノーラの肩にそっと手が乗せられた。

 エリアスだろうかと思って顔を上げると、そこには金髪の貴婦人が微笑んでいた。


「顔を上げてちょうだい。私ね、あなたがスカートをつまみ上げてジャンプする姿を見て……」

 そう言うと、夫人の瞳が鋭く光る。


 ――ああ、死刑宣告か。


 カルム侯爵家の令息に相応しくない、と言い渡されるのだろう。

 まったくもって同意しかできないので、大人しく受け入れよう。

 それもこれも、ノーラの自業自得だ。

 今後はもう少し、品のある振舞いを身に着けたいものだ。


「――感動したわ」


 そう、感動した。

 だから、エリアスとはここでお別れだ。

 下品な女だと罵られないだけ、マシだと思おう。


 ……感動?

 おかしな聞き間違いに気付いて夫人に顔を向けると、碧眼を輝かせてノーラを見つめていた。

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