流される姿が、鮮明に浮かびます
笑顔のアランを見たフローラは、同じく笑みを返すと、小さく深呼吸をした。
「それは良かったわ。じゃあ――ちょっと、力を貸してちょうだい」
「ん? 何だ?」
「私は、コッコ男爵を継ぐために勉強中なの。以前、アラン様にも言ったように、年齢的にもそろそろ結婚を考えなくてはいけないわ」
「ああ。まあ、そうだろうな」
ただの世間話に相槌を返すアランに対して、フローラの目は真剣だ。
「私としては、貴族で、長男以外で、そこそこ優秀で、領地経営や商売に役立つ人を探しているの」
「結構、厳しい条件だな」
アランが口元に手を当てて考え込む。
「そう。なので、アラン様に協力してほしいの」
「……ん? 俺?」
事態を理解していないらしいアランの言葉に、フローラは深くうなずいた。
「恋人も婚約者もいなくて、私を嫌いじゃないなら。……協力して」
フローラはまっすぐにアランを見つめている。
一見強気に見えるフローラだが、握りしめた拳は小刻みに震えている。
乙女の決死の覚悟に、ノーラも思わず口を開いた。
「ソフィア様のことを、まだ引きずっているんですか?」
「え? いや、それはない」
「じゃあ、誰か心に決めた人がいるんですか?」
「……ない、な」
アランの返答に安心したノーラは、ほっと息をついた。
「なら、協力してあげてください」
「うん? いや、でも」
アランの檸檬色の瞳には困惑の色が浮かんでいるが、あからさまな拒否感は見えない。
ここまで来たら、押しの一手あるのみである。
「フローラ、可愛いですよね?」
「ああ、まあ、そうだな」
「しっかりしていますし、浪費したり浮気するようなことはありません」
「そう、だな」
「コッコ男爵はあのお店のオーナーです。私の今後の歌のためにも、お願いします」
ノーラが頭を下げると、アランは明らかに慌て始めた。
「いや、それとこれとは。……なあ、エリアス」
話を振られた双子の兄は、肩を竦めると空色の瞳を弟に向けた。
「おまえがカルムをどうしても継ぐ、と言うのなら話は別だが……いいんじゃないか? コッコは男爵家だが、財力で言えば並の伯爵家を凌ぐ。それに、領地経営は今でも関わっているんだから、できるだろう? それとも――自信がないか?」
「何だと?」
エリアスの一言に、アランのこめかみがぴくりと動いた。
それに気付いているのかいないのか、エリアスは大袈裟に手を上げて見せた。
「いや、自信がないなら、いいんだ。無理をするな」
芝居がかった動きに意図を察したノーラは、できる限りかわいそうなものを見ているつもりで眉を下げた。
「……そうだったんですね、アラン様。そういうことなら仕方がありません。無理なものは、無理ですから」
フローラが贈ったパンジーの花言葉は、『私を想って』だ。
アランには伝わっていないだろうが、ノーラはそれを知っている。
双子の弟を知り尽くしているはずのエリアスがこの方向に舵を切ったのだから、信じて加勢するしかない。
これみよがしに頬に手を当ててため息をついて見せると、アランの表情が目に見えて不満で一杯になっていく。
「何を言うかと思えば。それくらい、問題ないに決まっているだろう!」
アランの叫びに、フローラの瞳が輝いた。
「じゃあ、協力してくれるの?」
「ああ、いくらでも協力してやる!」
「――ありがとう!」
フローラは花のような笑顔で、アランの手を握りしめる。
「ああ。……ああ?」
いまいち事態を理解しきれていないらしいアランが首を傾げたが、フローラは既に捕食者の鋭い眼差しだ。
「そうと決まれば、色々と話すことがあるのよ」
「この先の赤い扉の部屋は、休憩用に借りてあるから、使っていいよ」
「ありがとう、エリアス様。――さあ、アラン様。行くわよ!」
「ああ。……ああ?」
勢い良く歩き出す二人を見送ると、ノーラは深く息を吐いた。
「……まさか、こんな人前で言うとは思いませんでした」
フローラがアランへの好意を自覚したのも、婚期の関係でそうのんびりはできないのもわかるが、それにしたってこんなことになるとは。
「俺が提案したんだ」
「そうなんですか? というか、知っていたんですか?」
「最近のフローラを見ていれば、一目瞭然だよ。普段の様子だともっとサバサバして強気に見えるけれど、結構弱気な乙女だよね」
どうしよう、的確に見抜いている。
ペールといいエリアスといい、顔がいいのに観察眼まで磨くのはやめてほしい。
「じゃあ、アラン様は……」
「気付いていると思う? 直接宣言しても、届かない可能性すらあるよ」
「それも、どうなんですか」
同じ顔をしているというのに、何故こんなに違うのだろう。
「アランは押されると弱いし、負けず嫌いだからね。人前で俺がああ言えば、乗ってくるよ」
「……でも、いいのでしょうか」
ノーラも加担したとはいえ、だまし討ちのような状況である。
ふと我に返って、撤回することだって考えられるのはないか。
不安になるノーラの肩に、優しく手が乗せられる。
「大丈夫。自分でも言っていたが、フローラのことは気に入っているよ。……それに、変なのに捕まるくらいなら、フローラの方が何倍も安心だしね」
「……ソフィア様に押されて、あれよあれよと流される姿が、鮮明に浮かびます」
ノーラの呟きに、エリアスは声を上げて笑った。