嘘ですよね
会場は建国の舞踏会には及ばないものの、かなりの人で賑わっている。
一歩足を踏み入れるなり注目を浴びることになったノーラは、建国の舞踏会の歌い手という名前がいかに大きいものなのかを目の当たりにした。
幾人もの人に挨拶を返しながらようやくフローラとアランに合流する頃には、既に疲労を感じていた。
「それにしても、凄い人気ね。『紺碧の歌姫』」
「レベッカさんは、これをこなしていたんですよね。ちょっと尊敬します」
歌を歌うのは好きだし、大勢の前で歌うのも比較的平気だ。
だが、貴族に囲まれてあれやこれやと話しかけられるのは、あまり得意ではない。
これも、ろくに夜会にも出ていなかったツケが回ってきているのだろう。
「あれは、自分に対する賛辞を浴びて悦に入っていただけだからね。尊敬する必要なんてないよ」
「でも、この状況を楽しめるのは、ひとつの才能だと思います」
賛辞というが、ほとんどはお世辞だろう。
それに愛想笑いを返し続けるというのは、かなりの労力を使うのだ。
「まあ、慣れだよ。……さあ、そろそろ出番だろう? 行っておいで」
エリアスに促されて、フローラと共にピアノのそばに向かう。
今日は建国の舞踏会ほどお堅い場ではないので、お店で歌う曲も用意している。
フローラの弾くピアノの音が会場に響くと、喧騒が静まる。
この雰囲気は、とても落ち着くものだった。
いくつかの歌を歌い終えて、ようやく最後の歌だ。
歌うのは、白い雪に憧れる黄色い花の歌。
春の訪れと共に咲いた花が、名残の雪を見て心を奪われる。
その白さと輝きには自分にはないもので、とても羨ましいと思う。
だが、雪もまた暖かい春を象徴するような黄色い花の美しさに見惚れていた。
互いに羨ましいと思いながら、そっとそばにいる雪と花。
慎ましい想いが人気の曲だ。
歌い終わり、ピアノの音が響き終わると、優しい拍手がノーラを包み込む。
やはり、歌うのが好きだ。
エリアスと一緒にいると、歌を諦めなければいけないのだろうか。
だとしたら、ノーラはどちらを選ぶのか。
まだ結論は出ないけれど、逃げるわけにはいかない。
後悔しないように、考えよう。
そう思う自分が、なんだか新鮮だ。
少し前まで、エリアスは顔がいい不審者というだけだったのに、今はこんなに色々考えている。
ペールは人は変わると言っていたが、その通りかもしれない。
沢山の人の顔の中で空色の瞳を見つけたノーラは、知らず口元を綻ばせた。
「お疲れさま。ノーラ、フローラ」
大勢の人との挨拶が一段落してノーラとフローラが息をついた頃、エリアスとアランがやって来た。
手に大きな花束を持って。
エリアスは青い薔薇の花束をノーラに手渡すと、にこりと微笑む。
「今日もとてもいい歌声だったよ、ノーラ」
「ありがとうございます」
ふわりと薔薇の香りが鼻をくすぐり、ノーラの口元が綻んだ。
「これで、また薔薇の香水が作れます」
「そう言うと思って、少し多めにしたよ」
すかさずそう返されて、ノーラは暫し瞬いた。
「……いいんですか? お花、潰しますよ?」
「前にも言っただろう? 目の前で握りつぶされたらさすがにどうかと思うけど、そうして俺のプレゼントを大切にしてくれるのは嬉しいよ」
「そう、ですか」
花を貰ってすぐに潰す宣言するノーラもおかしいが、それを受け入れるエリアスも少し変だと思う。
だが、ノーラのことをちゃんと理解してくれているのは、嬉しい。
「妙な惚気の方向だな。……まあ、いいか。ほら、フローラもお疲れ様」
アランが手にしていた黄色の薔薇の花束をフローラに差し出す。
「私にも?」
花束を受け取ったフローラの頬が、ほのかに赤く染まる。
「ああ。歌い手はノーラだけど、ピアノはフローラだろう? ピアノの音も良かったしな」
「ありがとう。……ちょっと、待っててくれる?」
「うん?」
フローラはノーラに花束を預けると、ピアノの奥にあった棚の陰から、小さな花束を取り出した。
色とりどりのパンジーをまとめた花束が黄色のリボンでまとめられていて、可愛らしい。
「今日、お誕生日なんでしょう? どうぞ」
フローラが花束を差し出すと、不思議そうにそれを見ていたアランが、あっさりと受け取った。
「ああ。ありがとう」
「……迷惑?」
心配そうに様子を窺うフローラに、アランは首を振った。
「いや、そんなことはないぞ。まさか、フローラに花を貰うとは思わなかっただけで。……嫌われていると思っていたし」
「何故?」
少し棘のある声でフローラが問うと、アランは気まずそうに頭を掻く。
「俺、ノーラに迷惑をかけただろう? 格好悪かったしな」
「確かに、最初は殴りたいと思ったけれど」
あまりに正直な言葉に、アランとエリアスが顔を見合わせて苦笑する。
「思ったのか」
「でも、今は好きよ」
「おお、そうか。良かった。俺も好きだぞ」
笑うアランを見て、ノーラは目を瞠った。
ちらりとエリアスに視線を向けると、隣に移動してきたエリアスは変わらず苦笑いを浮かべている。
「……エリアス様。あれは」
小声で問いかけると、何かを諦めたような表情でうなずかれた。
「無自覚だ」
「――嘘ですよね?」
エリアスの衝撃の言葉に、自身の眉間に皺が寄るのがわかった。
「残念ながら、本当だよ」
「……ちょっと、ショックです」
ソフィア以前に、よく他の女性に丸め込まれずに済んだものだ。
「まあ、様子を見てみよう」
エリアスに諭されてうなずいたノーラは、問題の二人に視線を戻した。





