アラン様が手のひらの上で踊っています
「わ、私も?」
フローラの声は少し声が上擦っているが、アランに気付く様子はない。
「パートナーに渡せって言われたからな。どうせ相手はいないんだろう?」
「失礼ね。アラン様こそ、ご両親の付き添いはどうしたのよ」
「いや、二人で楽しむからいらないとか言い出してさ。勝手だよな」
ブツブツと文句を言うアランを見て、エリアスが苦笑している。
「アランが一人で参加すると思っていたからだろう。パートナーがいると教えたら、あっさり付き添いはいらないと言っていたよ」
「おまえが原因か、エリアス。大体、パートナーなんていなかっただろう」
「大丈夫。フローラが引き受けてくれたよ。ね?」
エリアスに笑みを向けられたフローラは、目に見えて慌てている。
「え? ええ、そ、そうね」
面白いほど狼狽しているのに、アランはさっぱり気付いていないらしく、何やらうなずいている。
「何だ、事前に話がついていたのか。それならそうと言ってくれよ。フローラに相手がいたら、誰に頼むか悩んだんだぞ」
「……アラン様」
こんなにわかりやすいフローラに気付かず、こんなにわかりやすいエリアスの作為に気付かない。
……何だか、アランの将来が心配になってきた。
「何だ? ノーラ」
「何でもありません」
不思議そうにノーラを覗き込むアランに構わず、フローラのドレスに黄色い薔薇をつける。
微かに頬を染めて薔薇を見るフローラは、まさに恋する乙女だ。
心から応援したいし、幸せになってほしいと思う。
「それでね。ちょっと馬車の調子が悪いんだ。二人乗りしか動かせないから、とりあえずアランとフローラは先に行ってくれる? すぐに次の馬車が来る予定だから、それに俺とノーラが乗るよ」
「わ、私とアラン様ですか?」
フローラの頬が明らかに赤く染まるが、アランは気付くどころか、怪訝そうにエリアスを見た。
「それなら、少し待てばいいだろう。それに、何で俺とフローラが先なんだ?」
空気。
空気を読んでほしい。
ノーラは思わず心の中で叫んだが、アランは不思議そうに首を傾げている。
だがエリアスはまったく動じることもなく、笑顔のままだ。
「クランツ邸の前に馬車を二台停めたら、邪魔だろう? それにうちの馬車にノーラとフローラだけ乗せて送るのもおかしい。……大体、おまえ俺と二人で乗りたいのか?」
「――それは嫌だ。それじゃあ、フローラ。行こうか」
「え、ええ」
アランが差し出した手を取ったフローラは、少し俯きながらうなずいた。
「先に行っているぞー」
二人の姿が扉の向こうに消えると、ノーラの口からため息がこぼれた。
「……エリアス様。焚きつけましたね?」
「うん? まあ、アランはわかりやすいだろう?」
普段からこの調子で、エリアスの手のひらの上でアランは踊っているのかもしれない。
そう思うと何だか呆れてしまうというか、微笑ましいというか。
「いいですね。エリアス様の自然なアシスト」
「お褒めにあずかり、光栄だよ」
拍手するペールに、エリアスが笑みを返す。
「アシスト?」
フローラと一緒に馬車に乗るよう誘導したことだろうか。
すると、ノーラの反応を見たペールが、大袈裟に肩を竦めた。
「名門侯爵家の馬車が、出掛ける直前にそう都合良く壊れないでしょう。それに、新しい馬車の手配くらい、いくらでもできるはずです。となれば、わざとでしょう。……フローラさんのためですか?」
「俺は、ノーラと二人きりになりたいだけだよ」
いや、多分さっきの様子からして、フローラとアランを一緒に馬車に乗せるのが目的だろう。
ノーラと二人きりを狙っていないという保証もないが。
じっとエリアスを見ていると、美貌の青年は少し困ったように頭を掻いた。
「まあ、ちょっと後押しはあるかな。アランは、だいぶ鈍いからね」
それは、何となく察することができる。
「……エリアス様は、フローラとアラン様の仲を応援しているのですか?」
フローラの淡い好意を何故知っているのかという疑問はあるが、何せエリアスだ。
知っていても不思議ではないし、フローラの態度もわかりやすいのですぐにばれるだろう。
「アランは悪い子じゃないよ。ただ、視野が狭いのと、馬鹿正直なところと、妙なところで人がいいというか……疑わないからね。ソフィアに押された時も、簡単に信じて、アレだ。少しは疑ったり計算できる子がいいと思うよ」
「それは、フローラの評価が高い……のでしょうか」
暗にフローラが計算高いと言われているようで、少し納得できない。
……まあ、計算高くないかと言われれば、完全否定もできないが。
「もちろんだよ。男爵の跡継ぎとして学んでいるし、経営手腕もなかなかのようだし。……それに、どうせならアランを好いてくれている子がいいからね」
「エリアス様。何だか、視点が兄というよりも、母ですね」
この調子で構ってくる兄がいて、それが自身よりもいちいち優秀な双子とか。
アランがコンプレックスをこじらせたのも、何だかわかる気がした。
「せめて、父にしてくれる? さあ、もう馬車も来る。俺達も行こうか、ノーラ」





