弟の育て方を間違えました
「フローラさん、最近色っぽいですよね。好きな人でもできました?」
「あら、目敏いわねペール君」
「わあ、直球の返しですね。さすがフローラさん」
何度も会っているので、フローラとペールも姉弟のように気安い。
普通ならば失礼だと怒られるかもしれないこんな会話も、信頼があるので笑って交わせる。
「そうでもないわよ。ノーラのほうが強いわ」
少し苦笑するフローラを見て、何かを察したらしく、ペールもまた眉を下げる。
「姉さんは……まあ、妙なところが強いですね。真冬の川に入って染め物とか、真夏の焼き物工房で火の番とか。根性があります」
「ノーラ。あなた、どんなバイトをしているのよ」
呆れたというよりは少し引き気味のフローラに、ノーラはない胸を張った。
「割がいいんですよ、人がやらない仕事は」
「ようやく、歌だけに集中してもらえるようになりましたからね。俺も頑張りますよ」
確かに、借金が消えたことで掛け持ちに掛け持ちを重ねていたバイトも、ようやく落ち着いた。
あとは領地の特産品が軌道に乗れば、かなり楽になるだろう。
「ペール君は姉思いねえ」
「フローラさんのことも姉だと思っていますよ?」
「あら、ありがとう」
「フローラさんも頑張ってくださいね」
「……何のこと?」
ペールの意味深な言葉に、フローラが首を傾げた。
「俺は、お似合いだと思いますよ」
「ちょっと、誰のこと?」
フローラの問いに、ペールはきょとんをして瞬く。
「え? 言ってもいいんですか?」
にやり、という形容がふさわしい笑みに、フローラがノーラを睨んだ。
「わ、私は何も言っていませんよ?」
「だって!」
「フローラさんはしっかり者のようで、その方面は乙女ですよね。見ていれば、わかります」
ペールの言葉に、フローラの顔色がみるみる青くなっていく。
「嘘でしょ? じゃあ、まさか」
「ああ、あちらは気付いていないと思いますよ」
「だから、何でわかるのよ!」
取り乱すフローラを気にすることもなく、ペールは笑みを浮かべている。
「あそこは兄は兄で、顔が良くて押せ押せに見えて間が悪いですし。弟は弟で、オラオラに見えて人を見る目のない鈍感ですよね」
「ペール……」
何だかとんでもない評価に、ノーラはため息をつくしかない。
「まあ、俺が見る限り、フローラさんの勝率は八割です。あとはタイミングですね。人気商品ですから、遅すぎると売り切れますよ?」
「……もう、ペール君。何なの……?」
すっかり疲れ切った様子のフローラに対して、ペールは何だか楽しそうだ。
「俺、巷で恋愛相談で小銭を稼いでいます」
弟の衝撃発言に、ノーラも驚きを隠せない。
「そうなんですか? やめてくださいよ。女性に刺されますよ?」
ただでさえ、整った容姿のおかげで女性が群がるのだ。
この上相談を聞いてくれたとなれば、勘違いからの修羅場だって考えられるではないか。
「嫌ですね。大丈夫、男性限定ですよ。女の子が集うと、揉めますし。それに、放っておいても来ますから。いい情報源ですよ」
「どこで育て方を間違えたのでしょう……」
がっくりとうなだれるノーラに苦笑すると、ペールは紅茶に口をつけた。
「姉さんにろくでもない噂を流されたりしましたからね。情報収集も必要だと思ったまでですよ。それに、相応に影響力を持っておくのも、悪くありません」
「あなた、何になるつもりですか」
呆れながら問いかけると、ペールはにこりと微笑んだ。
「俺は、しがない貧乏男爵を継ぎますよ。だからこそ、情報は早めに手に入れないといけません。家族と領民を守れませんからね」
「……何でしょう。立派になったと言っていいのか、どうなのか」
志はいいと思うのだが、もう少し方法は検討してほしい。
「人は、変わりますよ。姉さんもそうでしょう?」
「まあ、確かにそうですが」
エリアスのことを顔のいい不審者だと思っていたのに、今や恋人だ。
人は変わるし、変わらないものはないのかもしれない。
その時、扉をノックする音が響いた。
「ノーラ、とても綺麗だよ。フローラも素敵だね」
「あら、ありがとう。エリアス様」
エリアスは黒を基調にした装いで、胸元には青い薔薇が飾られている。
アランも同じデザインだが、こちらは灰色が基調で、胸元には黄色の薔薇が飾られていた。
「珍しいですね。お二人、お揃いですか?」
何気なく聞いたのだが、すぐにアランの眉間に皺が寄った。
「お揃いとか言うな、気持ち悪い。……仕立て屋に、謀られたんだ」
「ああ……」
あの店員ならば、やりかねない。
そう思うと、思わず笑みがこぼれる。
「笑っている場合じゃないよ? ノーラもお揃いだから」
エリアスはそう言うと、ノーラの胸元に青い薔薇を着けた。
可愛いけれど、改めてお揃いとか言われると、少し恥ずかしい。
「あら。良かったじゃない、ノーラ。似合っているわよ?」
「フローラも他人事じゃないぞ」
アランはそう言うと、フローラに黄色の薔薇を差し出した。