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逃げっぷりと登りっぷり

「はい。捕まえました」

 ペールの呑気な声が聞こえると、既に男性の腕は縄で縛り上げられていた。


「い、いつの間に?」

「いつも何も……。だいぶ疲れているみたいですけれど、相当姉さんを追い回したんですね?」

 男性が言葉に詰まるのを見て一瞬眉をひそめたエリアスは、そのまま歩いて木箱の下までやってきた。


「ノーラ、もう大丈夫だよ。降りられる? 受け止めようか?」

 手を広げて問われたが、ノーラは首を振る。

 この高さから飛んだノーラを受け止めるなんて、ただの攻撃でしかない。

 何が悲しくて、恋人に本気の飛び蹴りをお見舞いしなくてはいけないのだ。


「大丈夫です。少し離れてもらえますか?」

 エリアスが下がるのを確認すると、ノーラは木箱を蹴って飛び降りる。

 スカートがめくれないように押さえながら地面に着地すると、すぐに裾を叩いて直した。


 どう考えても木箱から飛び降りるなんて、はしたない。

 貴族云々以前に、女性としてかなりはしたない。

 わかってはいたが、既に木箱をよじ登るところを見られているし、今更なので諦めた。

 飛び降りる時には下着が見えないようにしたし、まあ問題ないだろう。



「早かったですね、ペール」

「ちょうどエリアス様がうちに来て、姉さんを探しに出かけたところだったんです」

「そ、そうですか」


 王城の仕事が休みであること自体は、エリアスにも伝えてある。

 夜のバイトの送迎に来るとは聞いていたが、まさか昼間から来るとは思わなかった。

 危うく、ハンカチを染めているところに遭遇する危険があったのか。

 まさに危機一髪である。


「ノーラ、怪我はない? 追い回されたんだろう?」

 心配そうに覗き込んでくるエリアスの顔にドキドキしつつ、うなずく。

「大丈夫です。その人、追いかけては来るけれど、脅したり武器を出したりはしないので」


「へえ。……それで、君は誰に命じられてこんなことをしたのかな」

 一転して冷ややかな眼差しになったエリアスが、男性に視線を移す。

 顔を背けて口を閉ざす男性を見ると、空色の瞳がすっと細められた。


「まあ、大体の予想はつくが。……ペール、こいつは俺がもらっていくよ。ノーラと一緒に帰ってくれる?」

「いいですよ。正直、扱いに困りますし」

 エリアスはうなずくと、再びノーラに視線を戻した。


「ノーラ、夜に迎えに行くから。……無事で、良かった」

 優しい笑みと共に、そっと頬を撫でられる。

 それだけで、心臓が口から飛び出してしまいそうなほどドキドキしてしまう。


「それじゃ、また夜に」

 美しい笑みを浮かべながら男を引きずっていく光景に、クランツ姉弟はため息をつくことしかできなかった。




「……それにしても、見事な逃げっぷりと登りっぷりだったね」

 夜に迎えに来たエリアスといつものように歩いていると、やはり昼間の話題を振られた。

 予想していたとはいえ、できれば見なかったことにしてほしいのだが。

 侯爵家の御令息には、さすがに衝撃的だったのだろう。


「だって、捕まったら面倒じゃないですか。さすがに男性に力で押さえこまれたら、きついですし」

 以前にファンだという男性に手や肩を掴まれたことがあるが、ああなると簡単には逃げられない。

 なので、まずは徹底的な回避や逃走が重要なのだ。


「まさか、目の前で木箱に登る姿を見られるとは思わなかったよ」

「それは……だって、他に逃げる場所がなかったんですよ。私だって、少しは恥ずかしいと思っています」

「少しなんだ」

 エリアスは楽しそうに笑っているところを見ると、ノーラの猿のような動き自体を忌避しているわけではなさそうだ。


「それにしても。ノーラの動きといい、ペールの縄さばきといい、手慣れていたね」

「まあ、それほど珍しくもないことなので。一対一なら、どうにか逃げられます」

「……珍しくないんだ」

 少し低くなったエリアスの声色に自身の失言を悟ったが、もう遅い。

 恐る恐るエリアスを見ると笑みを浮かべているが、それはそれでちょっと怖い。


「あの、ええと。最近ではエリアス様かアラン様が送迎してくださるので、何もありません」

「バイトは、ね。昼間でもああいう輩が出るとなると、少し考え直さないといけないな」

 考え直すって、何をだろう。


 大体、バイトの送迎は『紺碧の歌姫』に悪い噂が出た時に、カルムの双子限定にしたのだ。

 もう噂もほとんど消えているし、元に戻してもいいと思うのだが。

 だが、何となくこの話題を続けると危険な気がする。



「あの。それで、昼間の男性はどうなったんですか?」

 エリアスが連れて行ったのだが、その後どうしたのだろう。

 警備兵に突き出すのかとも思ったが、王城内のことではないし、よくわからない。


「ああ。彼は依頼主のところに送り届けさせたよ」

 さらっと言ったが、そもそもどうやって依頼主を割り出したのだろう。

 あの男性、意外と口が軽かったのだろうか。


「心配しなくても、あいつは二度とノーラに近付かせないから」

「は、はい……?」

「ほら、もう到着するよ。今日も頑張ってね、『紺碧の歌姫』」

 エリアスの笑みは優しいのに、何だか少し怖い。

 詳しく事情を聞くべきなのだろうかと思いつつ、ノーラはお店の扉をくぐった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ストーカー彼氏の追跡力が半端ない件について
2020/10/15 22:59 退会済み
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