芋の皮が剥けません
エリアスと別れて厨房に戻ると、そこにはパウラの他にも数名のメイドが目を輝かせて待っていた。
ニヤニヤという形容がぴったりの笑顔は、王城のメイドがしていい顔ではないと思う。
「エンロート公爵令息とお話したんでしょう? いいなあ」
「さすがは『紺碧の歌姫』。顔が広いわねえ」
「私も歌を歌おうかしら」
矢継ぎ早に色々言っているが、八割野次馬、二割嫉妬という表情だ。
正直、女性の嫉妬は面倒臭いのに、何ということだろう。
ノーラはスヴェンに少しばかりの恨みを抱いた。
「それで、何のお話だったの?」
どうやらこの一行の代表らしいパウラが、興味津々という顔で問いかけてきた。
恐らくはパウラがスヴェンの話に乗って、ノーラを誘い出す片棒を担いだはずだ。
だが、この面子の中でそれを問いただすと、スヴェンがノーラに会いたくて仕方ないように聞こえるかもしれない。
原因はもうわかっているのだから、今後はこんなことをしないように後でパウラに釘を刺さなくては。
「……ご挨拶ですね」
当たり障りのない言葉を返しつつ、ノーラは木箱に腰を下ろす。
途中まで剥いていた芋を手に取ると、ナイフを持った。
「えー? でも、わざわざ二人で?」
「ノーラに気があるんじゃないの?」
間髪空けずに言葉が返ってくるが、彼女達は仕事の最中ではないのだろうか。
どれだけ興味があるのだ。
しかし正直に答えれば角が立つので、ノーラはできるだけ穏やかな笑みを浮かべた。
「まさか。エンロート公爵令息に失礼ですよ。あちらは公爵家の御令息です。それに、私……恋人がいますし」
こういう時には謙遜しても埒が明かないので、話題を変えた方がいい。
食いつくかは疑問だったが、ノーラの予想に反してメイド達の目の色が変わった。
「そうなの?」
歓声に近い声が上がったと同時に、全員が一気にノーラとの距離を詰めてきた。
まさかの反応にノーラの方が体を引きたくなったが、どうにか我慢しながら芋の皮を剥く。
「どういう人? 貴族?」
「まあ、はい。貴族ですね」
「馴れ初めは?」
「夜会です……かねえ?」
その答えに、一斉にため息がこぼれた。
「いいわねえ、夜会」
「私も貴族だったらなあ」
「でも、それならエンロート公爵令息の方が良くない? 次期公爵よ? しかも、既に議会に出入りしているらしいし」
「いいわね、玉の輿」
ノーラが先程知った情報を、既に持っているとは。
さすが、王城のメイドは情報にも明るいらしい。
「そんなにエンロート公爵令息は、人気なんですか」
ふと気になって尋ねてみると、メイド達が一斉にノーラに鋭い視線を向けた。
「そりゃあもう、当然よ!」
「家柄、容姿、将来性。年頃の貴族の中でも一二を争う有望株よ!」
「でも、私はエンロート公爵令息よりも、騎士団長の御令息派だわ」
「宰相の甥御さんの御令息も、捨てがたいわ」
「私はカルム侯爵令息派!」
衝撃で思わず芋が手からこぼれ落ちたが、メイド達は話に夢中で気付いていない。
「あー、カルム侯爵家の双子は捨てがたいわ」
「美貌の双子で、優秀な上に、名門カルム侯爵家だもんね」
「あれ? でも少し前に双子が何か騒ぎを起こしたって聞いたわよ」
「あー、婚約破棄したんだっけ?」
せっかく拾った芋が、再びノーラの手から飛び出した。
「え? プロポーズしたんじゃなかった?」
芋を拾ったものの心が落ち着かずナイフを持ったままでいると、話は更に不穏になっていく。
「カルムの双子に婚約破棄なんてされたら、悲しくて死んじゃうわ」
「カルムの双子にプロポーズなんてされたら、嬉しくて死んじゃうわ」
ほぼ同時に似て非なる叫びが上がり、ノーラは皮むきを諦めて芋を置く。
何にしてもあの双子は人の命を左右するのかと思うと、何だか急に恐ろしい存在に思えてきた。
「で、誰なの。その不幸な人と幸せな人」
「確か、同じ人よ。カルムの双子に婚約破棄されて、双子の片方にプロポーズされたって」
「何、その愛憎劇」
暫く皮むきはできそうにもないので、ノーラはそっとナイフも置いた。
愛憎劇という言葉が重くのしかかるが、そう言われても仕方がないのかもしれない。
ノーラは疲労感から少し肩を落とすが、メイド達は話に夢中なのでやはり気付かない。
「誰だったかしら。ええと、確か男爵令嬢で」
「あら。ノーラと一緒ね」
ぐさりと何かが胸に刺さった気がする。
「青みがかった黒髪で」
「ノーラと似ているわね」
今度は背中に何かが刺さった気がする。
「あ、確かクランツ男爵令嬢だったわ」
「ノーラ……ノーラって、名前……」
一斉に視線を向けられたが、これはごまかせそうにもない。
既に心が満身創痍のノーラは、観念してうなずいた。
「ノーラ・クランツです」
「――えええ?」
王城の厨房に、メイド達の悲鳴がこだました。





