それは、ただの地獄です
「今度お茶会があるのですが、ノーラも参加してくれますか?」
いつものように紅茶を用意していると、アンドレアがそう言って微笑んだ。
「いいのですか?」
ノーラは数回瞬きをすると、アンドレアの前に紅茶を差し出す。
「もちろんですよ」
何と懐の深い女性だろうかと少しばかり感激しながら、ノーラはうなずく。
「ありがとうございます。お茶会の給仕は初めてですが、アンドレア様の期待に応えられるよう、頑張ります」
「――何故、そちらなのですか。参加者の方です」
「それはちょっと……。王妃となるアンドレア様主催のお茶会ですよね? 貧乏男爵令嬢が近付くようなところではありませんし、アンドレア様にご迷惑が掛かってしまいます」
王妃となるアンドレアのお茶会となれば、参加者はそれに準ずる家格の貴婦人だろう。
その中に異物が入れば、主催の品が疑われかねない。
「でも、あなたはエリアスの恋人ではありませんか」
「な、何の関係があるのですか」
確かにエリアスと恋人ではあるが、公に言いふらしているわけではない。
なので、こうして第三者に改めて言われるのは、何だか恥ずかしくなってしまう。
「だって、エリアスは……いえ。――そうです、エリアスも呼べばいいのです」
「突然、男性が一人紛れ込むのですか?」
参加者の年齢層は知らないが、女性であることには間違いない。
美青年の参加は喜ばれるかもしれないし、エリアスなら家格も申し分ない。
とはいえ、女性の中にぽつんと一人男性が混じるというのも、どうなのだろう。
「あら。元々男性も参加予定ですよ」
紅茶に口をつけながら、アンドレアが補足する。
なるほど、それならば浮くこともないか。
「……ちなみに、どなたがいらっしゃるのですか?」
「ええと。騎士団長の令息に、宰相の甥の御令息、公爵令息……」
「あー、駄目です。無理です。嫌です」
王妃となる女性のお茶会に呼ばれるからには、影響力や将来性のある人なのだろう。
そう思って興味本位で聞いてみたのだが、早々に後悔した。
「あら、エリアスなら平気よ」
「エリアス様の格の問題ではありません」
「顔も大丈夫よ。エリアス以上なんて、そうそういないから」
何故そこを問題だと思ったのかわからないが、アンドレアはいい笑顔だ。
「そうではありません。私です。私が無理です。宝石の中に泥団子を混ぜるわけにはいきませんから」
「もう。頑なですね」
少しばかり不貞腐れた様子で紅茶を飲む姿も、上品だ。
所作は頑張れば真似できるかもしれないが、溢れる気品はそうはいかない。
そういうレベルの集まりなど、胃が痛くなるのでお断りである。
「今のうちに顔を売っておいた方がいいと思うのですが。……まあ、無理矢理連れ出したらエリアスが怒りそうですし。今回は諦めましょう」
「ありがとうございます」
顔を売る必要性がまったくわからないが、とにかくアンドレアが諦めてくれたので一安心だ。
「では、給仕として参加すればよろしいですか?」
「うーん。エリアスがいない公の場に出すのは……。あなた、だいぶ名前が売れてきていますから。――今回はやめておきましょう。他の仕事をしていてください」
「はい」
お茶会の給仕の仕事内容には興味があったが、参加者の顔ぶれからしてあまり近寄りたくない。
「でも、私の支度は手伝ってくださいね。あなたに最新のドレスのことも教えたいですから。これも、勉強ですよ」
「はい。ありがとうございます」
アンドレアはこうして色々な所作だけでなく、貴族の女性の嗜みを教えてくれる。
それが目的だったとはいえ、あくまでも盗み見る形で学ぶつもりだったので、本当にありがたいことだ。
ノーラは笑みを浮かべながら、紅茶のおかわりの準備を始めた。
「参加すればいいのに」
お酒を口にしながら、まるで他人事のようにフローラが笑う。
いつもの歌の後の食事だが、今日はフローラも一緒だ。
圧倒的な美貌のカルムの双子ほどではないにしても、フローラも可愛らしい容姿だ。
このテーブルの美的数値をノーラが下げている事実に、申し訳なくなる。
方々からチラチラと送られる視線にもだいぶ慣れてはきたが、決して居心地のいいものではない。
「嫌ですよ。騎士団長の令息とか、公爵令息とかが来るらしいですよ? ただの地獄です」
「世の独身の御令嬢、垂涎のラインナップじゃない。私が行きたいくらいよ」
本気じゃないくせに、そう言ってからかうのはやめてほしい。
「冗談ではありません。それに、テーブルマナーやら何やらで気を張って疲れそうですし」
「えー? ノーラは大丈夫よ。おばさまに叩きこまれているから、ちゃんとしているわ。ねえ、エリアス様」
同じ男爵令嬢でもフローラの家は裕福なので、当然幼少期から講師をつけて淑女の嗜みを学んでいる。
そのフローラに大丈夫と言われると少しは安心できるが、だからと言って国で有数の子息令嬢が集うような場には到底行きたくない。
魚料理に舌鼓を打っていたエリアスは、フォークを置くと渋面のノーラに笑みを向けた。
「そうだね。所作やマナーで気になったことはないよ。場慣れしていないのはあるけれど」
「でも、私が何か失敗して、それで迷惑をかけたくありません」
すると、それを聞いたフローラとアランが顔を見合わせ、にやりと笑った。
「それ、誰に迷惑をかけたくないんだ?」





