プレゼントしましょう
「……その、まさかよ」
不満そうに唇を尖らせたフローラが、小さい声で呟いた。
「ノーラが、アラン様にお試しで『好き』って言われたって聞いて……ちょっと、嫉妬したわ」
そう言えばそんな話もしたが、まさかそこに食いついていたとは思わなかった。
「……冗談かと思ったのに、本当なんですね」
「私だって、そう思いたいわよ」
およそ恋心を吐露しているとは思えない皺を眉間に抱えながら、フローラはため息をついた。
「でも、何で……顔? 顔ですか?」
「違うと言いきれないのが、つらい……」
今度はがっくりと頭を垂れてしまった。
気持ちが痛い程にわかるノーラは、何度もうなずいてしまう。
「あの顔、もう本当に、アレですよねえ」
「ノーラの言っていたことが、ようやくわかったわ。顔がいいのよ……。無駄にいいのよ……」
恐らくは褒め言葉なのだろうが、どう見てもどう聞いても恨み言のような言いっぷりに、ノーラも苦笑してしまう。
「顔で言ったら、エリアス様も同じですよ?」
「嫌よ。私は、美しい猛獣に興味はないの」
その評価もどうかと思うが、つまりはあの顔なら誰でもいいというわけではないようだ。
「さすがに、現実を見据えるフローラが、顔だけに敗北したとは思えませんけれど」
フローラはロマンチックな話が好きとはいえ、コッコ男爵の跡継ぎとして将来をしっかりと考えている。
ちょっと顔がいいだけなら、そんなに引きずることはないはずだ。
「まあね。条件的にも悪くないのよ。領地経営にも関わっている優秀な次男なんて、そうそういないし。……でもさあ、何だか悔しいじゃない」
「あ、わかります。顔に負けたであろう自分に、イラっとします」
「そうなの、そうなのよ!」
拳を握りしめて訴えると、大きなため息をついたフローラが、ゆっくりと顔を上げた。
「それで、言ったんですか?」
「言わないわ。悔しいから」
ふてくされた様子のフローラは、一気にコップの水を飲み干す。
「でも。私が言うのもあれですが……競争率が高そうですよ? ソフィア様の件で、女性はもういい、領地経営を手伝うって言っていましたけれど」
アラン本人は跡を継がないと言っていたが、決定事項ではないようなので狙っている御令嬢も多いだろう。
仮に跡を継がないと決定して宣言したとしても、優秀かつ見目麗しい侯爵家の令息となれば、結局は御令嬢が群がるのが目に見えている。
「知っているわ」
「……どうするんですか?」
ノーラの問いに、フローラは手にしていたコップをテーブルに置く。
「どうと言ってもね。相手の都合や気持ちもあるし。私は跡継ぎだし。年齢的にのんびりしてもいられなくなってくるわ。顔に惑わされてうつつを抜かしている場合じゃないし……」
ぶつぶつと言い訳を並べるあたり、本当にフローラらしくない。
それはつまり、本当に本気なのだろうと察することができた。
「……何のお花にしましょうか」
「え?」
何を言われたのかわからないらしいフローラは、きょとんとしてノーラを見つめている。
「フローラみたいな可愛い女の子にお花を貰ったら、嬉しいですよ。誕生日という口実もありますし。私に付き合わされて買ったことにしてもいいですから。……アラン様に、プレゼントしましょう」
「で、でも。男は花を貰ってもどうかなって言っていたじゃない」
「好きな人に貰うのなら別、とも言っていました。さすがに、女性からの花を叩きつけて踏みにじるような人でもないでしょうし。気楽に渡しましょう」
婚約破棄を宣言した頃のアランならば、それくらいの暴挙もあり得たかもしれないが、今やすっかり丸くなっている。
普通に受け取るくらいのことはするだろう。
「でも」
「そうでもしないと、フローラはこのまま見るだけで終わりにしますよね?」
普段は勝気な印象のフローラだが、中身はロマンチックな話を好む乙女だ。
無理だから、迷惑だろうからと引いてしまうのは目に見えている。
「そんなことは」
「ないですか?」
「……なくもないわ」
言葉に詰まるフローラに、ノーラはにこりと微笑む。
「なら、渡しましょう。何もしないで諦めるのはもったいないですよ。フローラは可愛いし、いい子です。アラン様もわかっていますよ、きっと。――やらない後悔より、やって後悔しましょう。ね?」
フローラの手を包み込むように握って訴えると、何度も瞬きをしながら見つめられる。
「……ノーラって、押されると弱いのに。こういうところは強いわよね」
「そうですか?」
「大体、仮の恋人とか。普通、自分から提案できないわよ。嫌われたらどうしようとか、心配で」
「それで嫌うのなら、どのみち無理ですから」
ノーラの答えを聞いたフローラの眉間には、盛大に皺が寄っている。
「何なのかしら。……あれだわ。甘さがないのよ。妙なところが強いわ」
「借金とバイトで鍛えられたのかもしれませんね」
「かもね」
フローラはため息をつくと、ノーラの手をそっと外して握り返す。
「……わかったわ。私もお花を渡す。それで、あんまり酷い反応なら、すっぱり諦めてお見合いでも始めるわ」
「それじゃあ、何のお花にしましょうね」
二人で視線をかわすと、自然と笑みがこぼれた。





