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メリとハリの問題です

「今日はお出かけですか、姉さん」

「今度、舞踏会で歌うので。ドレスを作る予定です」

 出掛ける支度を済ませてソファーに座っていると、ペールが何やら書類を抱えながらやって来て向かいに腰かけた。


「それは、領地の資料ですか?」

「今度、葡萄ジュースを王城の舞踏会に提供しますからね。そのための書類と、今年の収穫量と……色々ですね」

「お父様はどうしたんですか?」


「もちろん、見ますよ。まずは俺が確認して、必要な書類と資料を用意しています。まあ、将来のための勉強ですね」

 ペールはクランツ男爵を継ぐために、少しずつこうして準備をしている。

 頑張る弟を見ていると、将来について考えなければいけないなと、あらためて思う。


「ペールは偉いですね」

「何を言っているんですか。姉さんはこの手の書類は一通りわかるでしょう? その上、家事をしながらバイトもしていたじゃないですか。そちらの方が余程凄いですよ」

 呆れた様子でテーブルに書類を置いたペールは、肩を竦めて見せた。



「それよりも、今日はドレスを作るんでしょう? いいですね。存分にいちゃいちゃしてきてください」

「話を聞いていました? ドレスを作るだけですよ?」

「だから、わかっていますよ。エリアス様好みの、色っぽいドレスにしたらどうですか?」

 ペールの意味のわからない提案に、ノーラはため息をついた。


「いいですか、ペール。色っぽいドレスというものは、可愛いドレス以上に着る人を選びます。メリハリのある体に、艶っぽい顔立ちが欲しいところです。私には無理です」

 大体、エリアスの好みがどんなドレスなのかも知らないのだから、どうしようもない。


「メリハリ、ですか……」

 ペールはそう呟くと、意味深な眼差しをノーラに向けた。

「……まあ、あれです。減り(メリ)は十分ですよ」

「何も出ていないということですか」

 確かに、ノーラは長年の貧乏生活のおかげで、細身というよりは必要な肉が足りない。


「私は減り張り(メリハリ)というよりは減り減り(メリメリ)ですが。これでも一応女ですよ」

「大丈夫です。世の中には減り張り(メリハリ)よりも減り減り(メリメリ)を好む層もいますから」

「何ですか、それ」

 じろりと睨むと、ペールは肩を竦めて黙った。


「まあ、姉さんの場合は食の関係で肉感が乏しいだけですから。そこまでの貧乳というわけでもありませんしね」

「待ってください。何故、そんなことがわかるんですか」

「家では薄着ですし、嫌でもわかりますよ。大丈夫です。平均値にはギリギリ入っていますから。俺が保証します」

 整った顔立ちからの清々しい物言いに、怒りが芽生えるのは自然なことだと思う。


「……汚れてしまった弟を、ひっぱたきたいです」

 優しくていい子だと思っていたのに、何ということを口にするのか。

 ノーラは再び睨みつけるが、ペールはあまり気にしていない様子だ。


「エリアス様は別に、胸が大きいのが好みというわけでもないんでしょう?」

「聞いたことありませんよ、そんなもの!」

「聞いてあげましょうか?」

「いりません!」


 思わず叫んだところに、扉を叩く音が聞こえる。

 睨むノーラから逃げるようにペールが玄関に向かったかと思うと、灰茶色の髪の美青年を連れて帰ってきた。



「こんにちは、ノーラ。……何だか大きな声が聞こえたけど。揉めごと?」

「いえ、ちょっとした――」

 ペールが要らぬことを言わぬよう睨むと、さすがに言葉尻が弱くなる。


「……好みの違いです。――さあ、二人共。いってらっしゃい!」

 押し出されるように家から出たノーラは、深いため息をついた。

 まったく、いつからあんなことを言うようになったのだろう。


「……何の好みの話?」

 不思議そうに首を傾げるエリアスが無駄な麗しさを振りまくものだから、ノーラの怒りも徐々に静まってくる。

 だが、正直にペールとかわした胸の大小の話をする気にはなれない。


「ちょっとした……肉の分量です」

「肉?」

 更に首を傾げられたが、これ以上この話を突き詰められても困る。

「それよりも、行きましょう。エリアス様」

 どうにか笑顔を取り繕うと、ノーラは足早に家から離れた。




 以前と同じカルム侯爵家御用達の仕立て屋に到着すると、店員の女性が満面の笑みで出迎えてくれた。

「『紺碧の歌姫』の知名度がかなり上がっていますね。おかげさまでクランツ様のドレスをご覧になった方から問い合わせもいただいております」

「そう、なんですね」


 案内された部屋で紅茶に口をつけると、ノーラはとりあえず相槌を打つ。

 ドレス自体はこの仕立て屋の素晴らしい質の物なので、問い合わせが来るのは納得である。

 ただ、それとノーラはあまり関係ないような気がするので、感謝の眼差しを向けるのはやめてほしい。


「何よりも、エリアス坊ちゃんの大切な大切な恋人ですから。今回も職人一同、気合を入れて仕立てさせていただきます」

 気合はありがたいが、あまり大切とか恋人とかを強調しないでもらいたい。

 聞いているだけで、何だかノーラの方が恥ずかしくなってしまう。

 何よりも、それを見て微笑むエリアスの視線が、一番恥ずかしい。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ノーラが、家計、家事や家業(領地の経営)に力量があって、弟がそれを認めている描写。 [気になる点] 経済的な理由と本人の気質から貴族社会に縁遠かったノーラが、その方面に疎いのはやむを得ない…
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