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公爵令息に挨拶されました

「メイド長に連れて行かれた時にはもう終わりかと思ったけれど、アンドレア様付きになったんだから、あなたって幸運よね」

 裏庭に集まりつつある使用人達を眺めながら、パウラがため息をつく。


「あの後、どうしてさっさとノーラをアンドレア様のところにお連れしなかったのかって、怒られて大変だったのよ」

「はあ。すみません……?」


 元はと言えば、業務外だったらしい仕事をノーラに割り当てていたパウラのせいのような気もする。

 だが、パウラにアンドレアの所に行きたいか聞かれても結局は行かなかったので、ノーラも悪いと言えば悪いのかもしれない。


「それから、ノーラに馬鹿な嫌がらせをしたこともしっかりバレていたわ。それはもう、事細かにバレていたわ。恐ろしい程に、バレていたわ」

「そうなんですか」

 別にノーラは何も訴えていないが、使用人達からすれば丸見えだったし、誰かがメイド長に伝えたのだろうか。


「私が悪いのはわかっているわよ? でも、あの報告書は何なのよ。細かすぎて震えが来るわ」

「報告書ですか?」

 それはまた随分と丁寧な伝え方だが、一体誰がそんな面倒なことをしたのだろうか。


「おかげで注意され、減給され、メルネス様付きの夢も遠のいたわ。……自分が悪いんだけどさ」

 パウラは深いため息と共に肩を落とすが、すぐに顔を上げる。

「まあ、やってしまったものは仕方がないし。これからまた頑張るわ。とりあえず、ノーラの歌で私を癒してちょうだい」


 パウラの言う通り、今日はアンドレア公認の裏庭ミニコンサート状態である。

 さすがに伴奏の楽器はないし、休憩時間なので二曲程度が限界だ。

 それでも、どこから聞きつけたのか、かなりの数の使用人が裏庭に集まりつつあった。


「それじゃあ、歌いますか」

 何にしても、歌えるのは楽しい。

 ノーラは深呼吸すると、人垣の中に入って行った。



 二曲を歌い終え、残り少ない休憩時間に慌てた使用人達が、蜘蛛の子を散らすように裏庭を出て行く。

 ほとんどの人がいなくなった頃、突然背後から拍手が聞こえた。

 そこにいたのは、深紅の髪、橙色の瞳の美しい容姿の青年。


 どこかで見たことがあるような気もするが、最近美男美女ばかり見ているせいかもしれない。

 仕立てのよさそうな服装からして貴族と思われるが、何故こんなところにいるのだろう。

 拍手をしているからには歌を聴いていたのだろうが、何にしても特に関わらない方が良さそうだ。

 ノーラは頭を下げると、そのまま立ち去ろうと踵を返す。


「君は、『紺碧の歌姫』だろう?」

 明らかに身分が上の青年に声をかけられた以上、使用人として働くノーラが無視するのは難しい。

 面倒ではあるが仕方なく向き直すと、青年は笑みを浮かべている。


「俺は君のファンなんだ。こんなところで君の歌を聴けるなんて、望外の喜びだよ」

「ありがとうございます」

 大袈裟だなと思いつつ、頭を下げる。


 お店にも貴族の客が増えているようだからその関係か、あるいは建国の舞踏会で見かけたので声をかけてくれたのかもしれない。

 一声かけて立ち去るのかと思いきや、青年はそのままノーラを見つめている。

 力強い橙色の瞳に何となく気まずい思いをしながらも、無視して立ち去るわけにもいかないのでじっと待つ。


「麗しの『紺碧の歌姫』。三千年草(みちとせぐさ)の君。――会えて嬉しいよ」

 青年は近付いて来たと思うや否やノーラの手を取り、その甲に触れるか触れないかの口づけを落とした。

 びっくりして危うく手を振り払いそうになるのを、ぐっと堪える。


『紺碧の歌姫』と呼んだからには、ノーラが一応は貴族令嬢だと知っているのだろう。

 ならば、これはただの貴族としての社交辞令なので、過剰反応してはおかしい。

 そうは思うのだが、なにぶん慣れていないので鼓動が速まっていく。

 何も言えずに固まっているノーラを見ると、青年は橙色の瞳を細めて微笑んだ。


「……また、会おう」

 立去る青年の後ろ姿を見送ると、ノーラは深いため息をついた。

 よくわからないが、あれは挨拶だったのだろう。


 エリアスを筆頭に、顔がいい人は基本的に圧が強い。

 そのあたりを自覚して、適切な距離を保っていただきたいものだ。

 疲労感から肩を回していると、どこからかパウラが駆け寄ってきた。



「――ちょっと、ノーラ! あなた公爵令息と知り合いなの?」

 興奮気味のパウラはそう言うと、青年が立ち去った方角に熱い視線を送っている。

「今の人ですか?」

 確かに服装と態度からして上位の貴族っぽい感じではあったが、公爵令息だったのか。


「そうよ。エンロート公爵令息。素敵よね。あの深紅の髪も情熱的な雰囲気で……」

 うっとりとした表情で語るパウラとは対照的に、ノーラは眉間に皺を寄せた。

 エンロート公爵令息ということは、ヴィオラ・エンロートの兄弟か。


 ヴィオラはエリアスへの思慕の情がこじれてノーラに毒を盛ろうとしたが、もしかすると、妹の復讐だろうか。

 だが、父親のエンロート公爵はノーラに謝罪してくれたし、リンデル公爵の件ではエリアスに協力していた。


 よくわからないが、一応エリアスに報告をするべきか。

 特に何もされていないどころか、歌を褒められただけなので、心配をかけるくらいなら言わない方がいいのだろうか。

 ……いや、言っておけば良かったと後悔するよりは、報告しておいた方がいい。


 きっと、ヴィオラの件か建国の舞踏会で『紺碧の歌姫』を知って、一声かけてみただけだろう。

 相手は容姿の整った公爵令息だし、ノーラごときに構っているほど暇ではないはずだ。

 自意識過剰だとエリアスに笑い飛ばしてもらって、終わりにすればいい。

 結論が出てスッキリすると、熱弁を振るうパウラをかわしながら、仕事に戻った。

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[良い点] ストーカーきたああああああ!
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