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どいつもこいつも、何なんだ

「ノーラ・クランツ。話があるわ」


 ある日のこと。

 ノーラが家の扉を開けると、金髪の可愛らしい少女が腰に手を当てて立っていた。



「……どなたですか?」

 どこかで見たことがあるような、ないような。

「未練があるからって、アラン様にちょっかいを出さないでくれる? あなたはもう婚約者でも何でもないのよ」


 どこかで見たと思ったら、アランが夜会で連れていた女の子ではないか。

 あの時は嫌な笑顔を浮かべていたが、それでも可愛らしさが前面に出ていた。

 今は絵に描いたような、わがままお嬢様なオーラが立ち上っている。

「未練も何も。どうでもいいんですが。……ええと」


 名前、何だっけ。


「まあ、しらばっくれるつもり?」

「そう言われても、アラン様に会ったのもあの時が初めてでして。……ええと」

 確か、聞いたことがある。

 ここまで出てるのに、思い出せない。

 こういうのが、一番気になるし気持ち悪い。


「私は騙されないわよ。言いたいことがあるなら言いなさいよ」

「それじゃ、あの。あなたのお名前は?」

「……はあ? ふざけてるの? あなたが侯爵家狙いなのはわかっているのよ」

 言えというから言ったのに、答えてもらえない。

 ノーラのモヤモヤは募るばかりだ。


「ここまで出てるんですけど、ソ、ソ……ソイラ?」

「ソフィアよ! ソフィア・ブラント!」

「惜しい! あー、そんな感じでした。スッキリしました! ……で、何でしたっけ?」

 喉のつかえがとれたように晴れやかな気持ちでソフィアを見ると、美少女にあるまじき怒りの形相だ。


「アラン様と一時でも婚約していたからって、偉そうに。あなたなんて、もう何の関係もない人間なのよ」

「はい。そうですね」

 もうも何も、そもそも無関係だ。


「婚約だって、愛情があったわけではないわ」

「知ってます」

 勿論、こちらも愛情なんて欠片もない。


「婚約は正式に解消されたんだからね!」

「はい。安心しました」

「――ふざけるのもいい加減になさい!」



 ノーラは正直に答えているだけなのだが、どうもソフィアの機嫌を損ねているらしい。

「よくわかりませんが、私は婚約自体を知りませんでしたし。未練も何もありません。……というか、アラン様はあなたに夢中なのだから、何も問題ないのでは?」

「私は侯爵夫人になるの。子爵令嬢なんかで終わる人間じゃないのよ」


 ソフィアは息巻いているが、いまいち話がかみ合っていない。

 貴族って、こんな人ばっかりだな。

 もう少し相手の話を聞いた方がいいと思う。


「そうですか。頑張ってくださいね」

 ノーラなりのエールを送ったのだが、ソフィアに鬼の形相で睨まれる。

「しらばっくれても無駄よ。……今に見てなさい」

 吐き捨てるようにそう言うと、ソフィアは停めてあった馬車に乗り込んで去っていく。

 最近は面倒な人に絡まれることが多い気がする。

 お祓いでもしてもらった方がいいのかもしれない。




 いまだに飽きることなく、エリアスはノーラのもとに通ってくる。

 買い物を手伝ったり、散歩をしたり、バイトの送迎をしたりと、暇さえあればそばにいる気がする。


 貧乏暇なしというが、金持ちは暇で暇で仕方ないのかもしれない。

 うらやましい限りだ。



 最近はノーラも慣れてしまって、買い物の荷物持ちとして重宝しているので少し感謝もしている。

 下町の子供達も『何故かノーラの荷物持ちをする美青年の貴族様』に慣れたらしく、声をかけて近付いてくることも多くなった。


 省略して『お荷物様』と呼びだした時には、ノーラも冷や汗をかいたものだ。

 だが、エリアスは気にならないらしく、笑っていたのでほっとした。


「ノーラは今でも子供達と遊んでいるんだね」

「昔は一緒に遊んでいたし、今も面倒を見ますね。この辺りは路地が複雑なので迷子も多いんです」

 細い路地が入り組んでいて、慣れていなければ大人だって迷うほどだ。


「その度に歌を聴かせているの?」

「え? ……そうですね。あんまり泣いている子には、気を紛らわせるために歌うこともあります」

 エリアスの前で子供に歌を聴かせたことはなかったはずだが、何故歌うとわかったのだろう。

 ノーラのバイト姿を見たからだろうか。

「そうか」

 うなずくと、エリアスは『お荷物様』への声援に手を振って応えた。




「それは何、ノーラ」


 エリアスが、訝しげに尋ねてくる。

 何、と言いながらも視線はノーラの手元の花にいっている。

 見ていたのだから、事情は分かっているだろうに。



 バイトの帰りに店の前で、ファンだと名乗る男性に声をかけられた。

『紺碧の歌姫』の歌声に魅了されているとか、あの歌が特に素晴らしいとか色々話した男性は、応援していると言って小さな花束を渡してきたのだ。

「……俺の花は受け取ってくれないのに」


 まるで拗ねているような口ぶりに、ノーラも呆れる。

「これはあくまで歌に対する評価です。持って帰れと言うわけにもいかないでしょう」

「俺には、いらないって言ったのに」

 どうやら、本当に拗ねているらしい。


 侯爵家のご令息は、自分よりも庶民が優先されたとご不満らしい。

 子供みたいな理屈である。

「その花、どうするの?」

「家に飾ることもあれば、お店に飾ってもらうこともあります」


「……俺が花を贈ったら、受け取ってくれる?」

「いりません」

 エリアスはがっくりとうなだれた。




「おい、そこのお姉ちゃん。『紺碧の歌姫』ってのは、あんただろう?」

 いつものようにバイトに来て、歌を歌い終えた時のことだった、

 店の裏に下がろうとするノーラに、一人の男が声をかけてきた。


 見るからに酔っぱらっているその男は、そばまで来るとジロジロと舐めまわすようにノーラを眺める。

 吐息はお酒臭いし正直気持ち悪かったが、相手はお店のお客様。

 ノーラは、しがないバイト。

 穏便に事を収めようと、ぐっと我慢する。



「私には過ぎた名ですが、確かにそうも呼ばれています。何か御用ですか?」

「……まあ、悪くはない。ちょっとお酌でもしてもらおうか」

 ノーラは歌を歌うだけのバイトであって、接客はしていない。

 そもそも、このお店はお酌をしたりテーブルに侍るような接客などない。

 歌や演奏を聴きながら食事をする場なのだ。

 どうも、男は何か勘違いをしているようだった。


「申し訳ありませんが、私は」

「いいから、こっちに来い!」

 男はそう言ってノーラの腕を掴もうと手を伸ばした。

 ノーラが反射的に手を引っ込めるのと同時に、目の前に人影が現れる。


「いきなり何をするつもりだ。失礼だろう」

 エリアスが男の手を掴んで立っていた。

 聞き慣れた声に怒りの色がにじんでいる。

「なんだと、この野郎」

「――お客様、どうされましたか」


 男が騒ぐ前に、店長が軽やかに滑り込んでくる。

 ちらりと見てみれば、フローラが裏から手を振っている。

 どうやら、彼女が店長を呼んできたらしい。

 こういう時は女性よりも男性、それも、より立場のある人間が相手をした方が収まりやすい。

 海千山千の店長になだめられながら、男は席に戻っていく。

 それと同時に、店内に食事の喧騒が戻ってきた。



「あの、ありがとうございました」

 かばってくれたエリアスに礼を言うと、いつになく表情が硬い。

「こんな目に遭うなんて、危険だ。ここで歌うのは考えた方がいいかもしれない」

「そんな」


 確かに、酔っ払いに絡まれたのは怖かった。

 だが、そうそうあることではないし、お店自体が良くないというような言い方は嫌だった。

 まるで、ノーラ自身を否定されたような気持ちになる。

 エリアスにどう思われようと構わないはずだが、何だか納得がいかない。


「私にとっては歌うのが楽しい上にお金にもなる、大切な場所です」

 灰茶色の髪の美青年を正面から見据える。

 賭けのためにそばにいるというのもおかしい話だ。

 もともと住む世界が違うのだから、エリアスとは関わらない方がいい。

 すっかりそばにいるのに慣れてしまっていたが、簡単な話なのだ。

 なのに何故、こんなに心がモヤモヤするのだろう。


「それを否定するのなら、『お友達から』も無理だと思います」

「……ノーラ」

 エリアスは何か続けようとして口をつぐむと、静かに店を出て行った。

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