歴戦のバイト戦士です
「……ということで、楽しくお仕事しています」
一通り説明したノーラが葡萄ジュースに口をつける頃には、美貌の双子の眉間にはお揃いの皺が寄っていた。
さすがは双子、何だかんだ言ってもこういうところは似ているらしい。
「いやいや。おかしい、おかしいだろう」
「何がですか?」
アランがしきりに首を振っているのを見ながら、魚のパイ包みにナイフを入れた。
さくさくのパイの中から、クリーミーなソースが出てきて食欲をそそる。
「アンドレア様の身の回りの世話をするんじゃなかったの?」
エリアスは眉を顰めたままだが、それでも麗しいので周囲のテーブルに座る女性の視線が集まっている。
「まずは一通りの雑務をこなせるようになってから、だそうです。何でも、アンドレア様の周りに侍るのは、花形らしいので」
ソースを纏って少ししっとりしたパイを口にいれると、濃厚な香りが口いっぱいに広がった。
「もう、雑務を超えているだろう。おまえ、何でジャガイモが詰まった麻袋なんて運んでいるんだよ。そんなの、メイドの仕事じゃないだろう」
「一通りだからじゃないですか? あれはさすがに、一度に二袋しか運べませんでした。これが、現役を退いた衰えでしょうか」
「普通の女はジャガイモの詰まった麻袋なんて、一つも持てない。というか、それ以前に持つ事態に遭遇しない。何なんだよ、現役って」
パンをちぎって食べると、葡萄ジュースを口にする。
今日はクランツ領のジュースを持参しているが、やはり今年の出来はなかなかのものだ。
これなら安心して舞踏会に出せるだろう。
「芋類の収穫時期は、絶好のバイトチャンスです。中腰での作業と芋の詰まった籠の重さに、人手が集まりません。おかげで、割がいいんですよ」
「……おまえ、男爵令嬢だよな?」
「一応は、そうなっています」
ため息と共にお酒を手にするアランの横で、エリアスはじっと何かを考えている様子だ。
「雑務の内容もあれだが、アンドレア様に未だに会っていないというのはおかしいな」
「私は王城で働きたいとお願いしただけですし、別に構いませんよ。今のところそれほど貴族と遭遇することはありませんが、メイドの動きだけでもかなり勉強になります。研ぎのコツも伝授されましたし、実りは多いです」
「実りが、研ぎのコツでいいの? ノーラ」
「……おまえさあ、それって、いわゆる嫌がらせされているんだよ。気が付いていないのか?」
アランがじろりと視線を寄越すのを見て、ノーラはグラスをテーブルに置いた。
「嫌ですね、アラン様。――そんなの、わかっていますよ」
にこりと微笑むノーラを見て、双子が同時に目を瞠った。
「古今東西、新人バイトに絡んでくる先輩というものは存在します。ただ嫌がらせしたいだけの場合を除けば、挨拶と的確な仕事で大抵は関係の改善を望めますよ」
さすがは双子、今度は二人同時に目を瞬いている。
「パウラさんはわざと説明不足にしたり、難易度を上げて指示する傾向がありましたが、決して嘘の指示は出しませんでした。それに、こちらの仕事に対して感情で評価を変えることもしませんし、何だかんだで非があれば謝罪しています。なので、大した害はありませんし、きっと根はいい人なのだと思います」
ノーラの話を聞き終えると、アランが肩を竦めている。
「……おまえ、何というか……凄いな。変な方向で、凄いな」
「変とは何ですか。失礼ですよ」
ノーラは再びナイフとフォークを手に取ると、今度はサラダを口に入れた。
「相手を変えようというのは傲慢ですし、無駄な労力です。自分を変えた方が手っ取り早いですから」
「それって、相手の望むように振舞うってことか?」
アランの問いに、サラダを飲み込んだノーラは首を振った。
「言いなりになれば、つけあがります。それは却って面倒です」
ノーラのような十人並みの顔と、ギリギリで貴族という貴族からも平民からも侮られる身分では、下手に出過ぎるのも良くない。
「じゃあ、対抗するの?」
「正面切って敵対すると、相手も頑なになりますので。それも面倒です」
「完膚なきまでに叩きのめすのは?」
エリアスが何だか恐ろしいことを言っているが、表情は笑顔なので、より怖い。
「エリアス様がやるのなら、効果があると思います。でも、私では恐らく恨みを買って終わります。良くも悪くも、人は身分に弱いですから」
圧倒的な強さを見れば、自身の負けを認めたり、逆に惹かれたりする。
だが、自身と同格や格下だと思っているノーラにそれをされれば、怒りの感情が湧くらしいのだ。
それは嫉妬かもしれないし、侮辱されたと感じるのかもしれない。
詳しくはわからないが、とにかくノーラにとっては悪手でしかないと身に染みてわかっている。
「経験があるの?」
少し心配そうにエリアスに見つめられ、ノーラは苦々しく微笑んだ。
「これでも私は、歴戦のバイト戦士です。……貧乏男爵家の生まれにも、色々あるんですよ」
「……そうか」
「はい。そうです。なので、王城でのバイトは問題ありません。皆さん、概ねいい人ですから」
葡萄ジュースを飲んでグラスを置くと、その手にエリアスが手を重ねてきた。
「――これからは、俺が守るから」
真剣な眼差しに、ノーラは驚いて目を瞠る。
「いえ。バイトに保護者同伴はどうかと思いますので、大丈夫です」
思わずそう答えると、アランが何故かむせて咳き込んでいる。
「そういう意味じゃないよ。……それと、保護者はちょっと違うな」
口元を拭くアランと、苦笑するエリアスを見て、ノーラは己の過ちに気付いた。
「ええと。でも、恋人同伴も、おかしいと思います」
既に恋人になってそれなりの時間が経った気はするが、こうして改めて口にするのは何だか恥ずかしい。
「うーん。そういう意味でもないんだけどな」
ノーラの手を握ったまま、エリアスが困ったように首を傾げている。
「……おまえ、何というか……凄いな。本当に、変な方向で凄いな」
「さっきから変とは何ですか。失礼ですよ」
アランがしみじみと何かを噛みしめるようにうなずいているが、何なのだろう。
それよりも、公衆の面前なので早く手を放してほしいのだが。
じっと視線で訴えると、察したらしいエリアスは手を放して、ノーラの頭を撫でる。
「まあ、とりあえずアンドレア様の件は俺からも確認してみるよ。それ以外もね。ノーラも無理はしないように」





