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大切なのは、挨拶です

「テーブルの色が、戻っているわ」

「埃が固まって取れにくかったですね。恐らく油汚れのせいだと思います」

 ざらざらとして薄汚れていたテーブルは、すっかり元の木目の美しさを取り戻している。


「椅子の座面の布も、色褪せていたのに」

「あれは色褪せではなくて、埃と汚れが蓄積されていたようです。布で叩いて汚れを落としました」

 ピンク色の生地に白と紫の花の柄が、今は鮮やかに見て取れた。


「窓枠は、塗料が剥げていたと思ったけれど」

「はい。なので、塗料をいただいて塗り直しました。もう乾いたと思いますが、気を付けてくださいね」

 真っ白ではなくて少し黄味を加えたことで、元の色と違和感なく馴染んでいると思う。


「カーテンが白いわ。取り替えたの?」

「いえ。埃まみれで灰色になっていたので、洗いました。こちらはまだ少し濡れているかもしれません」

 一応干したとはいえ、大きな布だ。

 完全に乾ききってはいないかもしれない。


「部屋も、埃っぽい匂いがなくなっているわね」

「換気をした上で、庭師さんからお花を分けていただきました。ヒヤシンスの香りです」

 椅子の座面に合わせて、白と紫のヒヤシンスを分けてもらったので、統一感があるのではないかと思う。

 ノーラなりに一生懸命頑張ったつもりだが、何故かパウラは頭を抱えてしまった。



「あの、問題がありましたか?」

「問題よりも、疑問があるわ。あり余るわ。……まず、カーテンを洗ったということは、井戸の位置はわかっているのね? でもここから一番近い井戸は、洗い物は禁止よ」

 鋭い眼差しで見つめるパウラに、ノーラは素直にうなずいた。


「はい。そう伺ったので、厨房のそばの井戸ではなく、裏口のそばの井戸に向かいました。あちらは洗い物をしてもいいのですよね」

「お、憶えていたの? それに裏口って、あんなに遠いところまで行ったの?」


「案内された道順では遠いですが、厨房を通り抜けると近道なので、そちらを使いました」

「近道って。私はそんなもの、教えていないわよ」

「はい。でも、王城内を巡る前に見取り図を見せてくださいましたよね。あの図で二つの井戸の真ん中に厨房があると分かっていたので。……一応、厨房の方には声をかけたのですが、問題でしたか?」


 働く人にはそれぞれの範囲というものがあり、いわゆる縄張りのようなものだ。

 新参者が訳もわからず踏み荒らすようなことがあっては、迷惑をかけてしまう。

 なので、ノーラは厨房を始め、花の手入れをしていた庭師や、通りすがりの騎士にもすすんで挨拶をしていた。


 新しいバイト先でまず大切なのは、挨拶。

 歴戦のバイト戦士であるノーラは、身に染みてそれを理解していた。

 おかげでお花を分けてもらったり、カーテンを運ぶのを手伝ってもらったりしたので、挨拶というものは偉大である。



「問題はないわ。……それで、ペンキはどこから持って来たの?」

「庭師さんが、修繕係に声をかけてくださいまして。色の調合は私の独断ですが、真っ白に塗り直すよりも、元の色と塗りを活かして周囲に合わせた方が良いと判断しました」

 さっきからパウラの目がどんどんと細められていて、もうすぐ完全に目を閉じそうだ。


「……あの、もしかして全部真っ白に塗り直した方が良かったでしょうか」

 すると、パウラはヒヤシンスの花弁が散りそうな程の、深い深いため息をついた。

「そんなわけないでしょう。大体、ペンキを塗り直す必要なんてないの。私が命じたのは、この部屋のお掃除よ」


「すみません、出しゃばった真似をしました。では、元に戻しましょう。タワシで擦れば、新しいペンキを削ぎ落せると思います」

「そんなことしなくていいわよ。せっかく綺麗になったんだから」

 パウラは吐き捨てるようにそう言うと、何故か慌てて口元を手で覆っている。


「わかりました。……あの、それで。お掃除はこれで問題ありませんか?」

 おずおずと尋ねると、パウラは再び目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。

「……問題ないわ。今日はここまで。また明日、来てちょうだい」


「――はい。ありがとうございました」

 にこりと微笑むノーラに、パウラは再び目を閉じて息を吐いた。




 翌日、指定された時間よりも少し早くに到着したノーラは、素早く着替えを済ませると集合場所である使用人の出入り口で待っていた。

 メイドの他にも厨房の人間や食品の納入業者なども出入りして、意外と賑わっている。

 それらに挨拶をしていると、時間の少し前にパウラがやって来た。


「なるほど。そうやって顔を売って手伝わせているのね。市井ではそれで良くても、王城ではそうはいかないわ。気を引き締めてちょうだい」


 今日も朝からパウラはノーラのためにこうして指導してくれる。

 何とありがたいことだろう。

 確かに助け合いは大切だが、半人前以下のノーラが手を借りていては、いつまでたっても成長できない。

 ここはパウラの言う通り、気を引き締めて全力で仕事に向き合わねばならない。


「はい。今日もよろしくお願いします」

 元気に返事をするノーラを見て、パウラの眉が少しだけ顰められた。

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