誕生日を知りました
しみじみと呟かれると何だか恥ずかしくなり、ノーラは慌てて話題を変える。
「それじゃあ、食べ物はどうですか? 好き嫌いとか、あります?」
「そうだな。あんまり甘すぎるものは苦手そうだが……大体は大丈夫じゃないか?」
嫌いなものが多くないのは朗報だが、これではまったく絞れない。
「では、果物は」
「んー。檸檬とかオレンジとか、柑橘類が好きかな」
そのアランの言葉に、フローラが素早く口元を押さえた。
「やだ。双子の弟の瞳の色の果物が好きとか……」
「妙な言い方をするなよ。それに、俺も柑橘類は好きだし。食の好みは似ているな」
「そうなんですね」
ということは、アランが最近はまっている鳥の皮を揚げた物も、エリアスの好みなのだろうか。
確かに一緒に食事をしていた時に、つまんでいた気もする。
やはりそういうところは双子なのだな、とノーラは感心した。
「まあ、エリアスはノーラがプレゼントする物なら、何でもいいと思うぞ」
「それ、フローラにも言われました。ゴミでも喜ぶって」
「確かに」
アランは笑いながら、お酒に口をつける。
さっきおかわりしたと思ったのに、既に半分以上減っていた。
「さすがに、名門侯爵家の御令息にゴミを贈る勇気はありません」
肩を竦めるノーラを見ながら、アランはお気に入りの鳥皮を口に放り込む。
「要は、ノーラならいいってことだよ。別に無理に高価な物にすることはないと思うぞ」
確かに、高価なものを贈ろうにも予算がないし、そもそもエリアスは何でも持っているだろう。
となれば、物の値段はあまり意味がないとも言える。
「私のできる範囲で、頑張ります」
「それでいいんじゃないか。……これでひと月はエリアスは上機嫌だろうな。せっかくだから、何か無理でも吹っ掛けてみるか」
何がせっかくなのかはよくわからないが、アランは楽しそうだ。
「……そう言えば、アラン様とエリアス様は双子ですよね」
「何だ、今更」
呆れたような声を返され、ノーラは少しばかり怯む。
「あの、誕生日って」
「何だ? 知らないのか?」
驚愕の表情を浮かべるアランに、ノーラはうなずく。
「はい。そもそも興味がなく……あとは、機会がなくて」
「ああ、まあ……そうか。わからないでもないが、それエリアスに言うなよ」
何せ顔のいい変質者から関係性が始まったので、本来知るべきことが軒並み抜けている気がする。
苦笑するアランから告げられた日付は、意外にもすぐだった。
「あとひと月ほどなんですね。じゃあ、せっかくなので、そこを目指そうと思います。……エリアス様には内緒にしてくださいね?」
ノーラのお願いを聞いたアランは、口元を綻ばせるとグラスに残った酒を飲み干す。
「はいはい。馬に蹴られたくはないからな。大人しくするよ」
数日後、雇用が決まったと連絡を貰ったノーラは、王城の中にいた。
「これが制服よ。ここで着替えて、荷物はここ。終わったら、出て右奥の突き当りのお部屋に行って。そこにメイド長がいるから」
「はい、ありがとうございます」
てきぱきと指示を出した女性は、そう言って小部屋を出ていく。
ノーラが渡されたのは、ごく一般的な使用人の服だ。
紺色の丈の長いワンピースに白いエプロンをつけ、髪は邪魔なのでひとつにまとめて、頭にはホワイトブリムをつけた。
鏡の中のノーラは、誰がどう見てもただのメイドである。
「うん。素晴らしい普通さです。見た目だけなら、すぐに溶け込めそうですね」
アンドレアのような上品な美女では、こうはいかない。
こういう服は、十人並みの顔こそ真骨頂と言えるだろう。
妙なところに自信を持ちつつ指示された部屋に向かうと、中には壮年の女性が待っていた。
「あなたが、ノーラ・クランツ様ですね。陛下よりお話は伺っております。私はメイド長……王城で働く使用人の代表のようなものです」
「はじめまして、ノーラ・クランツです。……あの、申し訳ありませんが、私のことは呼び捨てにしていただけますか? これからここで働くのに、様付けではおかしいと思いますので」
「ですが、あなたは男爵の御令嬢だと伺っております」
「一応、名ばかりの貴族ではありますが……何なら、そこらの商人の家よりも貧しくて。今までにも数々のバイトをしてきました。どうぞ、貴族令嬢だとは思わずにご指導ください」
王城で働くのは主に平民出身の人達だろう。
その中で一緒に働くのには、半端な貴族の肩書は却って邪魔だった。
メイド長は暫し考えると、やがてゆっくりとうなずく。
所作が優雅なあたり、ただの使用人とは思えない。
突然アンドレアのような生粋の御令嬢の真似をするのは無謀だし、まずはベテランの使用人達の所作を学ぶのもいいかもしれない。
「わかりました。では、ノーラと呼ばせていただきましょう」
「はい」
厳しそうな雰囲気ではあるが、話の通じる人で良かった。
「まずは王城内の案内をしましょう。位置関係を把握できないと、何もできませんからね」
そう言ってメイド長が手元のベルを鳴らすと、一人の女性がやって来た。





