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紺碧の歌姫

 ノーラは、友人の父であるコッコ男爵のレストランで歌うバイトをしている。

 侯爵家から見たら庶民的なレストランだろうが、庶民からすればちょっとだけお高めな価格設定。

 お祝いや記念日、自分へのご褒美などで使われることが多い、落ち着いた雰囲気のレストランだ。

 店内はいつでもピアノの演奏を楽しめるが、時々他の楽器も加わって飽きさせない。


 ノーラが歌うのも、その一環だ。

 曲は誰もが知っている童謡や、ノーラの父が教えてくれた地方に伝わる古い歌が多い。

 ピアニストにより大人っぽくアレンジされて、レストランの雰囲気にもよく合っていた。

 そのピアニストがコッコ男爵の娘であり、ノーラの友人でもあるフローラ・コッコだ。




「今日は珍しくゆっくり来たわね、ノーラ」

 楽屋と呼んでいる物置の小部屋で、フローラがおもちゃのピアノを弾いて遊んでいた。

 フローラは肩書こそ同じ男爵令嬢だが、お金があるし品もあるし、ついでに可愛らしい容姿。

 更にピアノまで上手なので、なかなかの人気者なのだ。

「うっとうしいのに絡まれました」

「あら、例のカルム侯爵家の?」


『例の』というのは勿論、夜会での婚約破棄と婚約申し込みのことである。

 あの夜会に行ったのはフローラの誘いだったので、彼女は一部始終を至近距離で見ていた一人だ。


「今日は二人いるんです。面倒だからお店に入ってもらって、私は逃げてきました。……お高い料理を無駄に勧めてやってください」

 侯爵家には痛くもかゆくもない出費なのだろうが、こちらの気持ちの問題である。



「ここに連れてくるのなんて初めてじゃない。少しは心を許したってこと?」

「ついてくるんだから仕方ないです。さっさと帰れって言いたかったですよ、私だって」

 慰謝料が無事に支払われたら、ガツンと言ってやろう。

 勿論、それまでに絡まれなくなっているのが理想だが。


 用意されている水を一気に飲むと、ノーラの口からため息がこぼれる。

「……本当に、何をしに来てるんでしょう、あの人達。賭けだか何だか知らないけど、巻き込まないでほしいです」

「その賭けって、本人が言ってたの?」

「婚約破棄で取り乱して撤回を懇願するか、婚約申し込みに浮かれて承諾するか賭けてます、なんて本人が言うと思いますか?」


「じゃあ、実際はわからないじゃないの」

 フローラが呆れた声を出しながら、水のお代わりを注ぐ。

「わからないって、何がですか?」

「本当に好意からノーラに婚約を申し込んでいるとか」

 ノーラはため息と共に大きく首を振った。


「フローラがそういうロマンチックなお話が好きなのは知ってますが、これは現実の話です。貧乏男爵家の娘に、名門侯爵家のお坊ちゃんが何で婚約を申し込むんですか?」

 これでノーラが絶世の美女だったなら話は変わってくるが、現状でカルム侯爵家には一つも利点がない。


「あら。『紺碧の歌姫』目当てでお店に通っている人も多いのよ?」

「それは歌を聴きながら食事するのが楽しいってことです。勿論、ありがたいことだけれど」

「本当なのに」

 唇を尖らせて拗ねるフローラに、ノーラも苦笑する。

 こういう仕草が嫌味じゃなくて可愛らしいのだから、凄いと思う。


 フローラは知らないかもしれないが、彼女目当ての客はかなり多い。

 ピアノを弾く優雅な姿とのギャップに、夢中になる気持ちもわかるというものだ。


「その歌も、フローラのピアノとアレンジがあってこそです。……今日はどうしますか?」

「そうね……ちょっと待って。こっちの曲に変えるわ」

 弾けるような笑顔で楽譜を取り出して、並べ始めるフローラ。

 ノーラは手伝いながら、双子がさっさと帰っていることを願った。




『紺碧の歌姫』と初めに呼んだのは誰だったのか。

 ノーラの髪が青みがかった黒髪なのと、歌うときの衣装が濃い青のドレスだったせいだと思う。

 上流貴族が好むような正確で上品な歌い方ではない。

 けれどノーラは小さい頃から歌うのが好きだったし、歌うのが楽しかった。

 だから、このバイトはノーラにとってかけがえのないものなのだ。



 今日は、地方に伝わる恋の歌がベースになっている。

 遠くへ行く恋人を想う心が古い言葉で綴られていて、人気のある曲だ。

 ノーラに恋人はいないけれど、親しい人が遠くへ行ったらどうだろうと考える。

 寂しいのだろうか、離れたくないのだろうか。


 この歌には、何故遠くへ行かなければならないかの描写がない。

 遠くへ行くのと残されるのが、それぞれ男性か女性なのかもわからない。

 だからこそ、人は自分に当てはめてこの曲に感情移入するのだと父は言っていた。

 その後、恋人に会いに行くところで歌詞は終わる。

 『私を見つけて、手を差し伸べて』という最後のフレーズを歌い終えると、ノーラは楽屋に戻った。




「ノーラ」

 帰ろうと裏口から通りに出たノーラに、声がかけられる。

 見れば、何故か待っていたらしいエリアスと、これまた何故かまだいるアランの二人。

 さっさと帰ってほしいというノーラの願いは、淡くも崩れ去った。


「……いつも、ああして歌っているのか」

 また文句を言われるのかとげんなりしつつも、仕方ないので二人のそばに近付く。

 店の近くでもめ事を起こすわけにはいかない。

「歌うのは好きだし、お金にもなるのでちょうどいいんです。だから、アラン様との婚約は解消したままで結構です」


 どうせ侯爵家が云々と言い出すのだろうと構えていたが、アランは何も言わずにおとなしい。 

 人は空腹だと怒りっぽくなるというから、食事をして満腹感で落ち着いたのだろうか。



「……また、聴きに来る」

 ポツリとそう言って去っていくアラン。

 何なんだろう。

 上流貴族の考えることは、わからない。

「まあ、お店の売り上げになるならいいか」

 帰ろうと歩き出すノーラ。

 当然のように横に並ぶエリアスを、ちらりと見る。

「アラン様と一緒に帰らないんですか?」

「……聞かせてやるんじゃなかった」

「え?」

「何でもない。もう暗いし、送るよノーラ」




 その後も、相変わらず足繁く通ってくるエリアスに加えて、アランが店に来るようになった。

 また婚約破棄の取り消しとか言い出すのかと警戒していたが、ただ料理を食べて歌を聴いて、バイト終わりのノーラに「気が変わったら早めに言え」と言うだけだった。


「……よっぽど、お料理が気に入ったんですね」

 侯爵家の食事の方が豪勢だろうと思うが、庶民的な味がくせになったのかもしれない。

「わが弟ながら、難儀な奴」

 いつの間にかバイトの送迎をする形になっているエリアスが、憐れむように呟く。


 確かに、アランは『おいしいから食べに来た』と素直に言えそうにない感じだ。

 つまり、ノーラは食事のための都合の良い口実なのだろう。

 買い食いの口実にノーラを使っているのは、エリアスも同じ。

 そういうところは、やはり双子ということか。


 面倒ではあるが、お店の売り上げのために放っておこうとノーラは決めた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 序盤から双子がめちゃくちゃうざくてイラッとしてしまった…。
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