プレゼントと花言葉
妙な噂を立てられた頃から、カルムの双子がノーラのバイトの送迎をしてくれている。
それは建国の舞踏会が終わっても続いていて、双子が揃っている時もあれば、一人の時もあった。
エリアスが送迎の時には必ず一緒に食事をしてから帰るのだが、最近ではアランが送迎の日も食事をすることが多い。
今日も最近お気に入りの鳥の皮を油で揚げた物を既に注文していたアランは、ノーラと共にフローラが着席しても特に気にする様子はなかった。
「何だ。今日はフローラも食事していくのか?」
「ええ。ところで、名門侯爵家の御令息は、何を貰うと嬉しいものなの?」
「は?」
フローラの突然の質問に、アランが食事の手を止めた。
「……それは、プレゼントってことか?」
「そうよ。女性から何を貰うと嬉しいものか、教えてくれない?」
「そうだな……」
何故こんな質問をされているのか聞くこともなく、アランは考え始めた。
こういう人をあまり疑わない所が、エリアスとアランの違いかもしれない。
「例えばお花とかは、違うわよね?」
「女は喜んでも、男はどうかな。もちろん、好きな人に貰うのなら別だろうが。絵面がな……」
「あら。アラン様なら似合いそうですよ」
エリアス同様、アランもまた女性が逃げ出すほどの整った容姿だ。
寧ろ、花に囲まれても遜色ないと言っていい。
一輪の花にも負けそうなノーラとは、土台からして違う。
「アラン様に似合うとなると、黄色い瞳だから向日葵とかかしら。時季が限定されるけれど」
「そうすると、エリアス様は青い花でしょうか」
瞳の色に合わせるというのは、なかなかいい案かもしれない。
すると、フローラは店員を呼んで何やら指示を出した。
「どうかしましたか?」
「ちょっと、店長を呼んでもらったの」
「店長?」
顔を見合わせるノーラとアランを見ると、フローラはにこりと微笑んだ。
「どうかしたのかい、フローラちゃん」
「ちょっと聞きたいことがあるの」
程なくしてやって来た店長にフローラは椅子に座るように促す。
「青色で、エリアス様に似合うお花ってないかしら」
「花、ねえ」
恰幅のいい体を椅子に押し込むと、店長は口元に手を当てて考え始めた。
「おい。何で店長に聞いているんだ?」
「店長はこう見えて花言葉に詳しいのよ。せっかくなら、いい意味のお花にしたいじゃない」
「花言葉ぁ?」
アランが胡散臭いものを見るように、店長に視線を移した。
確かにぱっと見では恰幅のいいおじさんなので、とてもそんな風には見えないだろう。
だが海千山千の店長は花言葉にも詳しく、以前にノーラも青い薔薇の花言葉を教えてもらったことがあった。
「ちなみに、最近ノーラちゃんに頻繁に届く桃は、『私はあなたの虜』だよ」
「うわあ、やっぱり熱心なファンねえ」
店長の言葉を聞いたフローラは、楽しそうに手を叩いている。
「偶然ですよ。きっと」
「あの桃はそうだとしても。ノーラがエリアス様にあげたら、鼻血でも出すんじゃない?」
「……似合いませんね、鼻血」
麗しい顔と鼻血が、どうやっても結びつかない。
いっそ鼻血まみれでも麗しいままなのではないかとさえ思ってしまうのだから、美青年というものは恐ろしい。
「いいな。どうせなら、もっと酷いのにしてやれ」
アランは笑いながら、注文していたらしいお酒のおかわりを受け取った。
「酷い、ねえ。それじゃあアスターはどうだい? 『信頼』と『あなたを信じているけど、心配』だよ」
「いいな、それ」
店長とアランが謎の意気投合をし、いつの間にか乾杯をしている。
「でも心配なんて言ったら、ノーラが色々と大変な気がするわ」
「……そうだな。そんなに心配なら、って更に距離を詰めてくるだろうな」
「だ、駄目です。アスターは、無しで!」
仮の恋人の時点で十分に距離を詰められて苦労しているのに、これ以上は辛すぎる。
せめてもう少し、ゆっくりと時間をかけてほしいものだ。
「じゃあ、アガパンサスはどうかな。『恋の訪れ』『誠実な愛』『愛しい人』だよ」
「それもちょっと、無しで」
好意を伝えるのは、いい。
だが、あまり誇張してしまうと、色々と弊害が起きそうで怖かった。
「……というか、花は微妙なのでしょう? 物、物は何かありませんか」
女性ならばアクセサリーなどが定番だろうが、男性の場合はどうなるのだろう。
「何かしらね。カフリンクスとか帽子とか……?」
「でも、好みがあるだろう」
「それ以前に、予算超過の気配しかしません」
「色々あっていいねえ。それじゃ、私は仕事に戻るよ」
去り際の店長と再び乾杯するアランを見ながら、ノーラはため息をつく。
すると、アランが何かに気付いたらしく、何度か目を瞬かせている。
「ん? ノーラがプレゼントするのか?」
今更、何故そんな質問をするのだろう。
散々プレゼントの話をして、エリアスの名前を出しているのだから、わかるような気もするのだが。
「何の確認ですか」
「いや、意外だなと思って」
それはつまり、ノーラは何もプレゼントなどしそうにないということだろうか。
「私、そんなに薄情に見えますか」
「いや、そういう意味じゃなくて。……まあ、そうか。もう仮の恋人じゃないもんな」





