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美しい圧に耐えかねました

「……働きたいって、また借金とか?」

 バイトからの帰り道、いつものように家まで一緒に歩いていると、エリアスが尋ねてきた。

 エリアスの中でクランツ家はどれだけ借金まみれなのだと思ったが、実際に借金まみれだったのだから仕方がない。


「エリアス様のおかげで借金はなくなりました。でもマイナスがゼロになっただけですから、お金は必要です」

 元々バイト三昧だったので、王城で働くのもノーラからすればそれほど大きな変わりはなかった。


「紳士淑女の振舞いを学ぶというのは?」

「私は、講師をつけて学んだことがありません。最低限を父と母から仕込まれただけです。このままでは、迷惑をかけてしまいますから」


 せめて普通の貴族令嬢から見て浮かない程度になりたいというのが、ノーラの願いだ。

 志が低いのはわかっているが、現実としてそれ以上にノーラのレベルが低いはずなので、どうしようもない。


「迷惑って、誰に?」

 不思議そうに問われ、ノーラは小さなため息をついた。

「私と一緒にいることで、エリアス様の品が落ちるのではと思いまして」


 すると、エリアスは何やら口元に手を当てて、考え込んでいる。

 もしかして、それもそうだと納得しているのだろうか。

 いくらなんでも気付くのが遅いが、その可能性も皆無とは言えない。



「……どうしましたか?」

「いや。品が云々は心配しなくていい。俺がノーラのそばにいたいんだし、他の連中はどうでもいい」

 ここで『俺の品が下がる』という理由で振られたら、それはそれで愉快な事態だ。

 仮にそう言われたら、人間性はさておき確かにそうかもしれないと納得させられるだけの美貌の持ち主。

 つくづく、恐ろしいと思う。


「ただ……」

「ただ?」

 何だかはっきりしない物言いにノーラが首を傾げると、エリアスが口元に当てていた手を外した。


「それって、これからも俺のそばにいる前提だろう? だから、嬉しくて」

「え? あの」

 確かにそういうことになるのかもしれないが、まさかそこに食いつくとは思わず、ノーラはたじろぐ。


「ノーラも一緒にいたいと思ってくれているのは、凄く嬉しい」

 眩い笑顔でそう言われ、何だかどうにも恥ずかしくなり、視線を外す。

 だいぶ慣れてきたとは思うのだが、やはりエリアスの顔がいいので、至近距離の笑顔がつらい。

 すると何かが接近したと思う間もなく、頬に柔らかな感触が訪れる。

 キスされたのだと気付いてエリアスの方を向くと同時に、その腕に抱きこまれた。


「好きだよ、ノーラ」

 そう言って、何度もノーラの頭を撫でている。

 恥ずかしいには恥ずかしいのだが、とりあえず夜道で誰にも見られていないのが救いだ。


「大好きだよ」

 エリアスは結構な頻度で好意を口にするので、さすがにノーラにもしっかりと伝わっている。

 だが、ここまで好き好き言うということは、ノーラの方からの好意は十分に伝わっていないのだろうか。


 エリアスほど重くはないが、それでも今はちゃんと好きだ。

 身分違いだとわかっていても、釣り合う女性になりたいと思うくらいには。

 ここはきちんと、伝えた方がいい気がする。



「あの」

「うん? 何、ノーラ」

 顔を上げると、空色の瞳にノーラが映るほど、エリアスの顔が近い。

 きらきらと輝く瞳が、まっすぐにノーラを見つめている。


 ――言いづらい。

 もの凄く、言いづらい。

 美しい圧に耐えかねたノーラが敗北して俯くと、頭を撫でていた手がそっとノーラを包み込んだ。


「何かな」

「……何でもありません」

「そうか」


 何故かエリアスは楽しそうに笑っている。

 もっと慣れたら、あの顔を見ても平然としていられるようになるのだろうか。

 だが、そのためには飽きるほど見る必要があるわけで……まだまだ先は長そうだった。




「姉さんおかえり」

 家に到着すると、弟のペールが出迎えてくれた。

 黒髪に若草色の瞳で母に似た整った顔立ちは、女性達にも人気があると聞いている。


 ノーラも別に、酷い不細工ではないと思う。

 ただ持って生まれた美貌というものは存在していて、エリアスが圧倒的な高貴な美貌だとすると、ペールは親しみやすい穏やかな美貌という雰囲気だ。


 どちらにしても、そこらの女性よりも余程容姿が優れているのだから、もう笑うしかない。

 色々考えながらじっと顔を見ていると、ペールは不思議そうに瞬きしている。


「俺の顔に何かついていますか?」

「整った目と鼻と口がついています」

「……何かあったんですか?」

 恋人の顔がいいので好意を伝えるのが大変ですと言うわけにもいかず、曖昧に濁す。


「ええと。今度、王城でバイトすることになりそうです」

「王城でバイト? どういうことですか?」

 怪訝な顔をするペールにおおよその事情を伝えると、何故か表情は曇ったままだ。


「王城は使用人の他にも貴族や騎士もウロウロしていますよね。ちょっと心配です」

「さすがに新人バイトに毒を盛るような人はいませんよ、きっと」

 リンデル公爵関連で起きたようなことを心配しているのだろうと思ってなだめると、ペールは小さく首を振った。


「そういう意味じゃありませんよ。変な虫がつかないかと思ったんです」

「虫って……男性ってことですよね? それは大丈夫ですよ」


 それこそペールのような顔立ちだったら、行く先々で見初められて面倒なことになりかねないが、ノーラは立派に十人並みなので問題はない。

 平民に混じっても、何の違和感もなく溶け込める自信だってある。

 だが、ペールはこれみよがしにため息をついた。



「全然わかっていませんね。姉さんの歌声の威力は、結構凄まじいんですよ?」

「歌が凄まじいって何ですか。それに、私は働きに行くのであって、歌いに行くわけじゃありませんよ」


 大体、歌には好みというものがあるので、万人がノーラを歌を気に入ることはない。

 仮に歌を気に入ったとして、それとノーラ自身とは無関係ではないか。

 だが、ペールは不満そうな態度を隠さない。


「とにかく、男と二人きりは駄目ですよ」

「だから、ただのバイトですから心配ありません」

 妙な心配をするようになってしまった弟に、ノーラは小さなため息をついた。

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