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ノーラの望み

 ノーラの言葉を聞いたトールヴァルドは、ちらりとエリアスに視線を移す。

 すると、エリアスは苦笑しながらうなずいた。

「分不相応なものはいらない、ということらしいよ。俺も()()断わられた」

 色々の部分を強調するものだから、何かを察したらしいトールヴァルドも口元に笑みを浮かべた。


「そうか。ならば無理強いはしないよ。……となると、何がいいかな。領地では駄目なら、金銭か、宝飾品、あるいは……」

 いけない、このままでは領地に匹敵する金銀財宝を提示されかねない。

 ノーラは必死に頭を回転させた。


「――あの。いずれ王家主催の舞踏会がありますよね?」

「うん? そりゃあ、あるね」

「では、そこでクランツ領の葡萄ジュースも提供してもらえませんか?」

 葡萄ジュースの販路を広げるには、手っ取り早く知名度と価値を上げるのが早い。

 王家主催の舞踏会で扱われたとなれば、十分に箔がつくだろう。


「それはいいけれど。……それだけ? 一時的にならすぐに王家御用達にもできるよ」

 王家御用達は、つまり王家が贔屓にしているという最高の権威だ。

 もちろんそうなれば嬉しいが、こんな風にズルをしてもらう称号ではない。


「ありがたい申し出ですが、それでは他の方々に失礼です。それに、王家にご迷惑をおかけしてもいけません。……いつか王家の方から打診されるような品にしたい、とは思いますが」

 王家御用達の名をいただくまでには、相応の努力も苦労もしているはずだ。

 それを一時的とはいえ、気軽に名乗るわけにはいかない。

 すると、トールヴァルドが堪えきれないという様子で笑い出した。


「やっぱり、ノーラに腹芸は無理だな。――わかった。では、次の舞踏会ではクランツ領のジュースを用意させよう。その上で評判が良ければ、また注文する。……それでいいかな?」

「はい」

 これで少しはクランツ領の葡萄ジュースの名が知られるだろうと思うと、気分が明るくなった。



「で、これはクランツ男爵家への埋め合わせだとして。ノーラ自身は何を望む?」

「私自身、ですか?」

 てっきりこれで終わりだと思ったのに、まだあるのか。

 ノーラとしては王家の舞踏会でジュースを提供されるだけでも、かなり嬉しいのだが。


「リンデル公爵とレベッカをけしかけたのは俺だ。結果的には無事とはいえ、命の危険もあった。すべて俺の指示だし、反対していたエリアスにも従うよう命じた。……君達にも埋め合わせくらいしないと、さすがに駄目だろう」

 トールヴァルドがそう言うと、静かにお酒を飲んでいたエリアスがグラスを置いた。


「あれ。俺にも埋め合わせしてくれるの?」

「まあ、一応()()だしな。迷惑をかけたら謝るのは当然だ」

 真剣な様子のトールヴァルドを見ると、エリアスは苦笑して再びグラスに口をつける。


「長年リンデル公爵が尻尾を出すのを待っていたのは知っていたから、そこまで気にしなくてもいいけれどね。……でも、せっかくだから貰っておこう。何がいいかな」

「おまえは少し控えめに請求してくれよ。国庫にも限りがある」

「酷いな。俺を何だと思っているの。アンドレア様のドレス代くらいは残してあげるよ」

 軽口を叩いて笑い合う姿は、年相応の青年同士だ。

 国王であるトールヴァルドにとって、エリアスは気の置けない存在なのだろうと思うと、何だか嬉しかった。



「それで。ノーラは何を望む?」

「急に言われても……」

 ノーラとしては葡萄ジュースの件だけで、十分ありがたいのだが。


「金でも宝石でも、ドレスでも、何でもいいよ。もちろん、物以外でも構わない。王妃の座以外なら、何でもあげるよ」

「王妃……アンドレア様はお元気ですか?」

「ああ。アンドレアは既に王城で暮らしているよ」


 ノーラの記憶の中のアンドレアは、美しくて、優しくて、胸も大きい、上品で魅力的な侯爵令嬢。

 あんな女性だったならば、きっとノーラも自分に自信を持てただろう。

 そこまで考えて、ふと閃いた。


「少しの間で構いませんので、アンドレア様の身の回りのお世話……いえ、王城の下働きとして雇っていただくというのは、駄目でしょうか」

 突然のノーラの提案に、トールヴァルドは不思議そうに首を傾げている。

「何故か、聞いてもいいかな」


「紳士淑女の振舞いを身近で学べますし、お金も稼げて一石二鳥かと思いまして」

「学びたいというのなら、講師をつけるよ?」

「いえ、それではもったいないです。それに、のんびりと勉強だけする時間もありませんし」

 普通の貴族令嬢ならば、そうして様々なことを学ぶのだろうが、それでは家事ができない上にお金にならないので困る。

 借金はなくなったとはいえ、クランツ家が貧乏であることは変わりないのだ。


「なら、アンドレアの話し相手として招こうか」

「いえ。それではアンドレア様に申し訳ありませんし、せっかくなら働きたいのです」

 高貴な女性の話し相手というのは、貴族女性の憧れの立場でもある。

 それに相応しいものを何も持たないノーラが、ホイホイと貰える仕事ではない。


「意外とノーラは頑固だな。わかったよ。アンドレアに伝えておこう。エリアスを射止めたノーラともっと話がしたいと言っていたし、ちょうどいい。メイド長にも話を通しておくよ」

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