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埋め合わせしてくれるそうです

 薄暗い店内に、ピアノの音が響く。

 建国の舞踏会のように、皆が注目する中で歌うのも嫌いではない。

 だが、沢山の客が料理を食べて話をする喧騒の中で歌うのも、ノーラは好きだった。



 今日歌うのは、白い雪に憧れる黄色い花の歌。

 春の訪れと共に咲いた花が、名残の雪を見て心を奪われる。

 その白さと輝きには自分にはないもので、とても羨ましいと思う。


 だが雪もまた、暖かい春を象徴するような黄色い花の美しさに見惚れていた。

 互いに羨ましいと思いながら、そっとそばにいる雪と花。

 慎ましい想いが人気の曲だ。



 歌い終わり、ピアノの音が響き終わると、優しい拍手がノーラを包み込む。

 やはり、歌うのが好きだ。

 エリアスと一緒にいると、歌を諦めなければいけないのだろうか。

 だとしたら、ノーラはどちらを選ぶのか。

 自分でもよくわからなかった。




 歌を終えると、いつものように着替えて店内に戻る。

 だが、今日は灰茶色の髪の美青年の隣に、もう一人座っているのが見えた。

 黒髪に朱色の瞳のエリアスにも劣らぬ美青年は、ノーラの姿を見つけると笑顔で手を振っている。

 トールヴァルド・ナーヴェル……この国の王は、上機嫌で鳥の皮を揚げた物を食べていた。


「ええと……トール、様」

 まさか陛下と呼ぶわけにもいかず、以前にトールヴァルドが使っていた偽名で呼びかける。

 エリアスの隣に座ったノーラを見ると、黒髪の美青年は食事の手を止めた。


「やあ、久しぶりだね、ノーラ。今日の歌も素晴らしかったよ」

「ありがとうございます。……それで、トール様は何故こちらに?」

「もちろん、『紺碧の歌姫』の歌を聴きに来た。それと、ここの食事も恋しくなってね。王城ではなかなか自由に食べるのは難しいんだ」

 トールヴァルドの前にある鳥の皮を揚げた物は、既に半分以上なくなっている。

 それなりの量だったと思うのだが、一人で食べたのだろうか。


「それ、お好きなんですか?」

「酒に合うんだよ。香ばしさとカリカリした歯ごたえがいい」

 国王が命じれば、最高の材料で同じような料理を出してもらえる気もするが、こういうものは雰囲気が大事ということだろうか。


「アラン様も、そんなことを言っていました」

「ああ。俺が教えたら、すっかりはまったみたいだね」

 この国王は、侯爵令息に何を教えているのだ。

 結構な頻度でお店に来ているようだが、お忍びが大好きな国王だなんて、周囲の苦労が偲ばれる。



「さて。今日はノーラに埋め合わせの件で話をしに来たのもあるんだ」

「埋め合わせ、ですか?」

 もしかして、建国の舞踏会で言っていたことだろうか。

 ノーラはトールヴァルドの企みに巻き込まれる形で毒まで盛られたわけだが、どうにか無事だったこともあり、あまり気にしていなかった。


「あの件に関しては、俺が全面的に悪い。もっと早くに話をしようと思っていたんだが、宰相が体調不良で調整がなかなかつかなくてね。……迷惑をかけて、悪かった」

 国王その人の頭を下げられ、ノーラは慌てて首を振った。


「いいえ、事情は伺いましたし、無事でしたから。頭を上げてください」

「公の場では正面から謝罪するわけにもいかないからね。エリアスに、ちゃんと謝るようにと怒られたよ」


 国王を怒るとは何事だろうと驚くが、怒ったというエリアスも、怒られたというトールヴァルドも特に気にする様子はない。

 間違いなく国王と臣下ではあるが、本当に親しく近しい友人なのだろうというのが何となく伝わってきた。


「それで、宰相の体調不良というのは大丈夫なのですか?」

「まあ、過労だな。リンデル公爵の件の後始末が予想以上に激務だった。……とはいえ、老齢というのも大きいね」

「そうなんですね。ゆっくり休めるといいのですが」


 リンデル公爵は、昔トールヴァルドに毒を盛ったと聞いた。

 それに今回だけでも王妃候補への横槍、クランツ領への法外な通行料など色々な嫌疑がかけられている。

 そのすべてを調査して裁くとなると、相当忙しいのだろうとノーラにすら察することができた。

 宰相が一体何歳なのかは知らないが、若者でも疲れて当然だ。



「ということで、ノーラへの埋め合わせは何にしようか。……何なら、リンデル公爵領の街道付近を丸ごとクランツ男爵領に入れてもいいよ」

「――ええ?」


 思わず大声を出してしまい、慌てて口に手を当てる。

 トールヴァルドは余った林檎を配るような口ぶりだが、街道付近と言ってもかなりの広さの土地だ。

 それも通行料を徴収できるほどの、有益な土地である。


「どうする?」

 悪戯っぽい眼差しでトールヴァルドが尋ねてきたが、ノーラはゆっくりと首を振った。

「いえ。それは遠慮しておきます」

 すると、トールヴァルドは目を瞬かせた。


「いいの? 結構、いい土地だと思うけれど」

「結構も何も、相当いい土地です。葡萄が特産以外に取り柄のないクランツ領とは比べるべくもありません」

「じゃあ、何故?」


 いくら謝罪の意味があるとはいえ、破格の申し出だ。

 そもそも国王であるトールヴァルドに命じられれば、エリアスもノーラも従うしかない。

 それをわざわざ謝罪するというのだから、意外と律儀である。



「トール様は私に害意があってのことではありませんでしたし、これで領地をいただくというのはさすがにどうかと思います。それに……こう言っては何ですが、正直、管理しきれません」


 街道の通行料が入ると聞くと、何もしなくてもお金が来るように聞こえるが、現実は甘くはない。

 道路自体の整備や、街道沿いの安全の確保など、出費もかなりのものだろう。

 そして、葡萄づくりとバイトに明け暮れていたクランツ家では、その維持管理のための資金も術もない。


「王都へ続く重要な街道を、みすみす荒らすわけにはいきません。お断りします」

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