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私、解雇ですか

「今日も歌が終わったら、一緒に食事しようね。ノーラ」

 ノーラ・クランツは、灰茶色の髪と空色の瞳を持つ美青年に眩い笑顔を向けられた。


 この美青年……エリアス・カルムは、男性だ。

 だが、そこらの美女を軽く拭き飛ばすほどの整った美しい容貌を持っている。

 ただ顔がいいだけなら、目をつぶれば何とかなるのかもしれない。

 だが、エリアスは声まで良かった。

 少し低い声は硬質でありながら甘さを含んでいて、一言で言えば耳が幸せだ。


 その上、名門侯爵家の令息であり、あれこれと優秀らしい。

 天は二物どころか三つも四つも与えているが、ここまで清々しい贔屓だと妬む気も起きない。

 この誰もが振り向く美青年がノーラの恋人だというのだから、世の中はわからないものだ。


「はい……」

 少し上の空になりながら返答すると、美貌の青年の眉が動いた。

「どうしたの、体調が悪い?」

「いいえ、そういうわけではありません」

 慌てて訂正するが、エリアスはまだ信じていないような顔だ。


「何故、エリアス様が私の恋人なのかな、と。……ふと、不思議になりまして」

 正直に答えると、エリアスの眉間の皺が深くなる。

 失言だったかなと思う間もなく、エリアスのため息が耳に届いた。

 美青年は、ため息まで美しい。

 どうでもいい知識が増えたなと思っていると、ノーラは両手をそっと握りしめられた。


「ようやく……本当に、ようやく恋人になれたんだ。そんな悲しいことを言っては駄目だよ」

「すみません……」

 別に、エリアスとの関係に不満があるということではなかったのだが、どうやらそういう意味で伝わったらしい。

 申し訳なくなったノーラが少し俯くと、頬に手が伸び、顔を上げさせられた。


「そんな顔をしないで、ノーラ。悪気がないのはわかっているから」

「はい。すみませんでした」

「ほら、もう謝らない。今日の歌も楽しみにしているよ、『紺碧の歌姫』」

 エリアスは微笑むと、ノーラの頬にそっと口づけた。




 貧乏男爵家の令嬢でしかないノーラがエリアスと出会ってから、それなりの時間が経った。

 当初は顔のいい変質者扱いだったが、友人から仮の恋人を経て、今では恋人である。


 仮の恋人期間にはこれでもかというほどキスしまくってきたエリアスだが、いざ恋人になるとすっかり落ち着いてしまった。

 本人曰くノーラには負担だと理解しつつ、意識してほしくてキスしていたらしいので、恋人になった今はそこまでしなくてもいいということなのだろう。


 それ自体は、ありがたい。

 だが、それまでとのあまりの違いに、多少戸惑ってしまうのは仕方がないと思う。

 決してキスしてほしいわけではないはずだ、と自分を信じたい。



「ノーラ。何なの、その顔は」

 楽屋に入るなりフローラに突っ込まれたが、どんな顔をしているのかノーラ自身にはよくわからない。

「別に、何もないですよ。それで、今日はどの歌にしますか?」

 いつものように荷物を置くと、フローラの手元に並ぶ楽譜を眺める。


「そうねえ。最近は貴族のお客さんも増えたし、そちら好みの歌を入れるのもいいかもしれないわね」

「前にも言っていましたが、そんなに増えたのですか?」

「そうみたい。華美な服装は避けていても、所作や口調や金払いでわかるって店長が言っていたわ」

 なるほど。

 確かに、一般庶民はある程度の予算内で収めて楽しむが、貴族は頓着することなく注文するだろう。


「お店のお料理、美味しいですしね」

 庶民の料理が貴族の口に合うのか疑問だったが、エリアスやアランを見る限り、この店の料理は問題ないようだ。

「上流階級のお屋敷では絶対出ない挑戦的な料理が、結構人気みたいよ。舌が肥えていても、好みが同じ部分はあるのね」


「そう言えば、アラン様も最近は鶏肉の皮をカリカリに揚げた物がお気に入りですよね」

 香ばしくて美味しいが、ああいったものは貴族の食事としては登場しないだろう。

 物珍しくて美味しいとなれば、貴族が食べに来るのもうなずける。


「そ、そうね。それに、ちょっと変装してお忍びで楽しむのがいいんじゃない? 料理は美味しくて、スリルもあって、歌まで楽しめるんだから、なかなかよね」

「お店も安泰ですね」

 このお店のオーナーはコッコ男爵……つまりフローラの父親である。

 だが、将来のオーナーの表情は冴えない。


「うーん。確かに今はそうなんだけど。建国の舞踏会で『紺碧の歌姫』を知った貴族が来ているから。……ノーラが抜けたらどうなるか、まだわからないわね」

 フローラの一言に、ノーラはぱちぱちと目を瞬かせた。



「……え? 私、解雇ですか?」

 すると、今度はフローラが何度か瞬きをし、次いで笑った。


「まさか。何でそうなるのよ。今、お店の売り上げに一番貢献しているのはノーラよ? 解雇なんてあるわけないじゃない」

「じゃあ、何で私が抜けたらって……」


 解雇されないなら、ノーラはこの店を辞めるつもりはない。

 借金がなくなって数多のバイトを整理した後も、このレストランで歌うバイトだけは継続している。

 ノーラにとってここで歌うことは、お金を得るためだけのものではないのだ。


「ノーラがエリアス様と結婚したら、このままでいられるかわからないからに決まっているでしょう?」



「恋人編」連載開始します。

よろしければお付き合いください。

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