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仮の恋人の終わり

「とりあえず、顔を上げてください。ワインを飲んだのは私のせいですし、助けていただいたことは感謝しています」


 エリアスの顔は珍しく翳っていて、不安の色が強い。

 これは、黙っていた負い目からか、それとも糾弾されるという恐れからなのだろうか。

 どちらにしても、あまりエリアスに似合わない表情だな、と思った。


 確かにノーラからすると大変なとばっちりだ。

 だが、国王の命令である以上、エリアスがすべてをなかったことにするのは不可能だろう。

 ノーラを危険に晒した原因に関わっているとしても、彼が助けてくれたのもまた事実。

 一方的に怒る気にはなれなかった。



「……アンドレア様の部屋に解毒剤を用意したのは、何故ですか?」

 予想していた言葉と違ったのだろう。

 エリアスは一瞬驚いた表情を浮かべ、すぐにいつもの穏やかな顔に戻った。


「もしも毒を盛られたら、時間との勝負だ。できるだけ近い場所に安全な部屋が欲しかった。リンデル公爵が使いそうな毒の解毒剤や一般的なものを用意すると、鞄ひとつではとても足りない。調合や計量の道具も必要だ。だが、侯爵令息でしかない俺のために部屋を用意してはあまりにも目立つ。だから会場の近くにアンドレア様の部屋を用意して、そこを使わせてもらったんだ」


「陛下はご存知ですよね」

「もちろん」

「自分の妃候補の部屋に男性が入るのに、よく許可が出ましたね」

 トールヴァルドもそうだが、アンドレアもよく許したものだ。

 高貴な女性、しかも王妃候補になるような女性が、未婚の男性を部屋に入れるのを認めるなど、考えにくかった。


「普通ならありえないね、確かに。だが、今回解毒剤を用意しなければいけないきっかけを作ったのは陛下だし、アンドレア様と俺は元々知人だからね」

 ……知人。

 どういう種類の知人かによって、ノーラの今後が決まる。

 聞きたくない気もするが、ここを避けては先に進めない。

 ノーラは意を決すると、思い切って口を開いた。


「どういうお知り合いですか」

「そうだな、毒友達だね」

「……毒?」

 さらっと答えられたが、よくわからない。

 だが、誤魔化しているようにも見えなくて、困惑する。



「アンドレア様は、ずっと昔から陛下を慕っているんだ。陛下のために毒を覚えたいと言って、俺に毒を習っている。弟子に近いかもしれないね」

「はあ」

 意味がわからない。

 侯爵令嬢が毒を覚えたいというのもわからないが、突然エリアスに習うというのも解せない。

 混乱が深まるばかりのノーラを見て、エリアスが苦笑する。


「トールが当時のリンデル公爵令息に毒入りワインを飲まされるところを止めたのが、俺だ。その時の夜会の主催がメルネス侯爵家。……その時から、俺はトールに可愛がってもらっているし、アンドレア様とは毒を通じて友人だ。だから今回用意した解毒薬も、半分は彼女が持参したものだよ。おかげで、運ぶ荷物が減って助かった」


「陛下が言っていた、『昔、ワインで危ない目に遭ったことがある』って、そのことですか?」

「そう。リンデル公爵の方は、俺の事なんて覚えていないだろうけどね」

 ということは、その時点で既にエリアスは毒見が趣味ということか。

 呆れてしまうが、気になることはもう一つある。


「運ぶって、王城にですよね? ……最近、よく王城に来ていましたか?」

「まあ、トールと打ち合わせや報告もあるし、解毒剤を運ぶのにもちょくちょく来たけれど。何故?」

 やはりか。

 それを、皆が見ていたわけだ。

 いよいよ核心に迫る質問に、少し緊張してきた。



「……カルム侯爵令息は王城に足繁く通っていて、どうやら王城に秘密の恋人がいるらしい、と聞きました」

「へえ? それはまた、適当な噂だね」

 予想に反して、エリアスにあっさりと軽く受け流された。


「違うんですか?」

「違うね。秘密も何も、俺には仮の恋人しかいない」

「……そう、ですか」


 ノーラが寝ていたのはアンドレアのための部屋で、それは解毒薬を用意するための部屋。

 ……ということは、エリアスは解毒薬を届けるか確認でもしたのだろうか。

 考え込むノーラの隣に、エリアスが座る。 


「ノーラはその噂を信じたの?」

「は、半分くらいは」

 咄嗟に正直に答えると、エリアスは大きなため息をついた。


「俺は、こんなにノーラが好きだと言っているのに。まだ伝わらないのかな。どうしたら君に全部伝わるんだろう」 

「そう言われましても。……すみません」

 何だか考えがまとまらなくて、困ってしまう。

「じゃあ、何が問題かな。教えてくれる?」

 そう言って、ノーラの顔を覗き込んできた。


「――か」

「か?」

「……顔が、いいです」

 どうにか絞り出した本音で、エリアスの眉間に皺が寄った。


「……それ、褒めてるの? 問題なの?」

「両方です。エリアス様に好意を持つ御令嬢に囲まれて、あれこれ聞きました。秘密の恋人の話もですが。……まとめると、私はエリアス様に相応しくないそうです」


「へえ。無関係な人間が勝手なことを言ってくれる。それ、誰だったか、わかる?」

 笑顔になったのはいいが、その笑顔が怖い。

 絶対に言ってはいけない気がする。


「わ、わからないです」

「……まあ、調べるからいいよ」

 調べるらしい。

 大変に怖いのだが、あの御令嬢達は無事でいられるのだろうか。



「――それから?」

「え? あ、あとは。身分が違います」

「うちの家族はノーラを知っているし、認めている。外野は放って置けばいい」


「はあ」

 その外野の方からやってくるのだが、どうしたらいいのだろう。

 でもエリアスに言うとそれはそれで危険な気がするので、やめておこう。


「それから?」

「ええと、私は美人でもないし、貧乏男爵家の娘だし、いいところがないです」

「そんなことない。ノーラは魅力的だよ」


「はあ」

 これに関しては、エリアスの目が綺麗な節穴なのだろうとしか思えない。

 だが、ここもあまり深追いすると危険な気がするのでやめておく。


「それから?」

「え、ええと」

「……ねえ、ノーラ。何だか一生懸命、否定的な意見を出そうとしていない? 肝心なことが抜けているんだけど」

「肝心、ですか?」

 きょとんとするノーラを、エリアスが真剣な眼差しで見つめる。



「……ノーラは俺を、どう思っているの?」

「どう、って」

「仮の恋人を始めてしばらく経つけど。ノーラはこれからどうしたい?」


 これはきっと、最後通牒なのだろう。

 ノーラはゆっくり深呼吸をすると、エリアスに向かい合った。



「私は――仮の恋人を、やめたいです」

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