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侯爵令息も参戦しました

「そういえば。先程ノーラ嬢が体調を崩したそうだな、エリアス。何でも、マルティナから勧められたワインを飲んだ後だったとか」

「はい、陛下。目の前で開封して一緒に飲んだというので、マルティナ様の身も危険だと思い、陛下にご報告いたしました。ですが、マルティナ様は何ともないそうです。ご無事で何よりです」


 急な話題の変化に驚いたが、とりあえずマルティナは無事とわかり、安堵する。

 ちょっと嫌な言い回しをされた気はするが、全部事実だったし、何にしても被害者がこれ以上いなくて良かった。

 だが、エリアスの報告を聞いたトールヴァルドは、難しい顔をして腕を組んで顎を撫でている。


「王家の舞踏会で質の悪いワインが紛れたとも思えんが、どういうことだろうな。……そう言えば昔、私もワインで危ない目に遭ったことがあるのだが。懐かしいな」

「存じております。陛下の客人である歌姫どころか、王妃候補にまで危険が及んだとなれば、原因の究明が急務。既に調べたのですが、毒が仕込まれていたようです。それも、睡眠薬を混ぜた遅効性の毒で、すぐにはわからないように細工してありました」

 エリアスの言葉に、エンロート公爵とリンデル公爵の眉間に皺が寄ったが、両者の顔色は正反対と言っていい。


「ほう。それは悪質だな。だが、同じワインを飲んだのだろう? 何故、マルティナは無事なのだ」

「そうですね。ボトルを開けて注ぐところはノーラが確認しております。なので、ワインを注いだ使用人に()()()()話を聞きました。彼はマルティナ様がグラスに液体を入れていたと証言しています」

 では、毒を盛ったのはマルティナということなのだろうか。

 皆がリンデル公爵に視線を移すと、彼は目を瞠った。



「――そんなはずがない、嘘に決まっている!」

 リンデル公爵の叫びを穏やかな表情で聞くと、エリアスはゆっくりとうなずく。

「もちろん。王妃候補である公爵の妹君が、そんなことをする理由がありません」


「そ、そうだ。勘違いだ」

「私もそう思います」

 そう言ってエリアスが視線を動かすと、トレイにグラスとワインをのせた使用人がやって来た。

 エリアスが手にしたグラスには、最初から透明の液体が少しだけ入っているのが見える。


「こんなことで王妃候補であるマルティナ様に嫌疑がかけられるなど、由々しき問題です。公爵家の威信にも関わります」

 エリアスはグラスに赤ワインを注ぐ。

 元々入っていたのは透明の液体だったので、赤ワインに飲み込まれて何の痕跡もなくなった。


「ですからリンデル公爵閣下に、この荒唐無稽な嫌疑を晴らしていただきたいのです」

「……は?」

 それまで自分と妹を擁護していたエリアスの突然の言葉に、リンデル公爵が間の抜けた声を出した。



「これはマルティナ様とノーラが飲んだワインです。これを飲んで、何ともないなら、ノーラが体調を崩したのはワインのせいではないと証明されます。その場合には、他の食事を調べる必要があります」

「なるほど。ではリンデル公、それを飲んでみろ。食事に何かあるとすれば、他の者も危ない。早急に手を打たねばならん。早く飲め」

 トールヴァルドに促されるが、リンデル公爵は何やら躊躇している。


「こ、この中身は?」

「先程透明の液体が入っているのを、ご覧になりましたね? あれはマルティナ様の部屋にあった瓶の中身です」

「は?」


「本人は美肌のための薬と言っていました。肌の調子が整って潤うだけですので、どうぞお気になさらず」

 麗しい笑顔を浮かべたエリアスがグラスを手渡すが、リンデル公爵は受け取ったまま動かない。

 何だか顔色がさっきよりも悪いのは、気のせいではないだろう。


「一口で()()()ですよ。……ちなみに、ノーラに盛られたのは数日かけて意識が朦朧としていき、やがて昏睡状態になる。そういう毒でした。睡眠薬が入っていて、寝ている間に解毒が間に合わなくなるという、気の利いた一品です」

 エリアスが、この上ない程の極上の笑みを浮かべる。

 誰もが見惚れる眩い笑顔を見たリンデル公爵は、小さく悲鳴を上げた。


「どうした、リンデル公爵。手が震えているぞ?」

 トールヴァルドに指摘された瞬間、リンデル公爵はグラスを勢いよく床に叩きつけた。

 ガラスとワインが飛び散り、美しい床に赤い液体が広がっていく。

 数名の使用人が慌てて片付ける中、リンデル公爵は肩で呼吸をしながらエリアスを睨みつけた。



「――こんな茶番に付き合えるか!」

 公爵の怒りの形相に、周囲を取り囲む貴族達が一歩後退るが、エリアスは変わらず笑みを湛えたままだ。

 それをじっと見ていたトールヴァルドが、冷ややかな視線を送る。


「……何だ、飲めないのか? それではマルティナの疑いが晴れぬ。……仕方がないな。念のため、マルティナにもそのあたりの()()を聞こう」

「そんな」

 先程まで興奮で赤かったリンデル公爵の顔色が、あっという間に青くなる。

 見つめ合う形の国王と公爵に構わず、エリアスが片付けられていくワインを見てため息をついた。


「……ああ。隣国から取り寄せた、美肌に効くという高価な薬でしたのに。もったいないですね」

 ぽつりとこぼされた呟きに真っ先に反応したのは、リンデル公爵だった。

「――何? だが、さっきマルティナの部屋にあった瓶の中身だと」

「はい。ですから、美肌の薬だそうです。女性は色々と大変ですね」

 笑顔のエリアスを見ていたリンデル公爵の眉が、どんどんと吊り上がっていく。


「……おまえ、カルム。――謀ったのか」

 低い、地を這うような声に、ノーラはぞっとして肩が震えてしまう。


「何の話でしょうか? 私は始めから美肌の薬だ、と申し上げましたが。……閣下は一体、マルティナ様が持つ瓶に、何が入っていると思っておられたのですか?」

 完全に言葉に詰まったリンデル公爵を見て、トールヴァルドがため息をついた。



「……どうやら、こちらの件でもおまえの話を聞く必要がありそうだな、リンデル公。――連れていけ」

 短い命令と共に、どこからともなくやって来た兵がリンデル公爵とレベッカを連れて会場を出ていく。

 呆気に取られていた貴族達も、トールヴァルドの視線一つでゆっくりと舞踏会の賑やかさを取り戻し始めた。

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